第26話 脱依存とお馴染みの展開
アヴルスとゾネリオのスマホから“Toxee”を消して、二週間。
スマホの使用時間は強制的に制限。
そのぶん、食事・睡眠・運動の改善に全振りしてもらった。
一週間を過ぎたあたりから、二人の表情は目に見えて変わり始めていた。
『ピーーー!』
タイマーが鳴り、アヴルスがジャンプから着地する。
枯れた灰色の大地にドンと足がめり込み、亀裂がさらに広がった。
「フシュウゥーーー!!」
赤黒い炎は、以前よりもずっと鮮やかだ。
見ただけで分かる。体調が、明らかに良くなっている。
「初めてのHIITだというのに、四分完走とはな。さすがだ」
「当たり前だ。あと一回はいけるぜ」
汗を拭うアヴルスの顔は、眩しいくらい爽やかだ。
つられてこっちまで笑ってしまう。
「無理はよくない。運動は“休むこと”までセットだ」
「分かってるって。ちょっと強がってみただけで、二セット目は正直ムリだ」
「やる気があるのはいいことだ」
「それにしても、このHIITってやつは効くな。体の中から力が湧いてくるし、何か頭もスッキリする」
アヴルスは、見た目に反して身体の変化に敏感だ。
健康的な生活を送る上で、かなり重要な感覚だ。
加えて、このフィジカル。
現実世界なら余裕でプロアスリート枠だろう。
「なかなかやりますねぇ。ワタシほどではありませんが♪」
ゾネリオが、奇妙な踊りをしながらペアラSSで配信している。
“Toxee”に上げていた動画と同じノリだ。
音楽管理長:『ヒュ〜♪ さすが魔族! 体力オバケ!』
神界行事統括官:『あはは! このピエロ撮影だけは無駄に上手い!』
備蓄倉庫管理長:『たまにアップで自撮り挟むのウザいけどね』
俺が何より驚いたのは——
ピエロもきっちり四分完走したことだ。
(正直、一セットでギブアップすると思ってたんだが)
「だからピエロ言うな!!!」
地の文への感度高いな?!
「でも、いい意味で裏切ってくれたのは事実だ。
二人ともポテンシャルが高い。教え甲斐がある」
「これでも三飽魔ですからねぇ。この程度のルーティンなど、子供の遊びですよ」
「よし。じゃあもう一セットいってみようか」
「……遠慮します」
ゾネリオはニタァと笑って、掌をこちらに向けたまま、即答で断った。
ベルトのスマイルマークだけ、ピカッと光る。
ノリだけは良いな、こいつ。
「それはそうと、何か気づかないか?」
そう聞くと、二人は同時に首をかしげてしばらく考え込む。
やがて、ハッとしたように目を見開き——
「スマホを見てねぇ!!」
「スマホを見ていません!!」
声を揃えて叫んだ。
互いに顔を見合わせ、目を丸くする。
「マジか……! あんなに気になってた“Toxee”を見たいと思わねぇ!」
「リアクタンス・ノートもです! あの香りがないと落ち着かなかったのに!」
SNSは、無意識のうちに承認欲求を煽る。
本人にその自覚がなくても、
頭のどこかで“他人の動向”が常に気になってしまう。
そんな毎日を続ければ、心が疲れるのは当然だ。
そこへ、感情を揺さぶる香水——リアクタンス・ノート。
依存を加速させるには、組み合わせが良すぎた。
「無駄なストレスを抱えないってのは、それだけで体にいいんだ。
今の君たちの顔が、それを証明してる」
二人の表情は晴れ晴れとしていて、目の奥の濁りが消えていた。
「すぐみんなにも教えねぇとな!」
「それがいい。この街にも、きっとすぐ活気が戻るはずだ」
アヴルスが、ふと思い出したように指を伸ばす。
「おい、あいつは大丈夫なのか?」
「……あぁ、彼女なら問題ない。そのうち戻る」
少し離れた場所で、ジャージ姿のセラが大の字で倒れていた。
「む〜り〜……む〜り〜……む〜り〜……」
よく分からない呪文を唱えている。
口から抜けかかった魂が、俺に向かってお淑やかに手を振ってきた。
元気そうで何よりだ。
「そういえば、前から気になっていたんだが。
三飽魔って、具体的には何なんだ?」
「てめぇ、本当に何も知らねぇんだな」
「俺は異世界転生者だからな」
「普通はもうちょい勉強するだろ……」
アヴルスが肩をすくめる。
「三飽魔ってのは、魔王グラト様が認めた三人の魔族だ。
言うなりゃ近衛兵。一番近くで仕える連中ってこった」
なるほど。
道理で規格外の身体能力なわけだ。
「魔族は、感情を魔力に変換する。
それを仲間同士で共鳴させることで、単独以上の力も出せる」
「ヒーロー戦隊の合体技みたいなものか」
「まあ、そんな感じだ。
その中でも三飽魔は別格。
俺は“怒獣王”、怒りを魔力に変えるのが専門だ。
このピエロは“歓笑破”、楽しみを——」
「違う! “歓喜”です!! あと勝手に人の能力を紹介しないでくださいよ!」
ゾネリオの頭から、蒸気機関車みたいに煙が立ち上った。
「どっちだっていいだろ」
「よくないです! 設定は大事なんですから!!」
気にするところ、そこなのか。
「ん? てことは、もう一人いるのか?」
「……まあな」
二人の表情が、わずかに曇る。
(喧嘩でもしたか?)
アヴルスが顎で遠くを示した。
その先には、明らかにこのあたりとは別格の住宅街が広がっていた。
黒や灰色を基調とした、重厚な洋館が整然と並んでいる。
周囲の建物と比べると、造りも雰囲気も一段上だ。
現実世界なら、完全に“高級住宅街”だな。
リオナやアヴルスと出会ってから、ずっとバタバタしていたせいで全然気付いていなかった。
「涙麗姫メルミナは、魔族でも格式高い“モルヴィネール一族”の令嬢だ。
あいつがバズルダムを治めてんだよ」
アヴルスは諦めたように肩をすくめる。
ゾネリオはやれやれ、と首を振った。
「治めていた、ですね。
今の彼女はすっかり落ちぶれてしまいましたから」
「それでも、魔界貴族でありながら三飽魔って席を勝ち取った力は、本物だ」
「まあ、それは否定しませんがねぇ」
二人の視線の先には、住宅街の中でもひときわ高くそびえる屋敷があった。
その目は、どこか寂しげで——
今ではなく、もっと昔の何かを見ているように見えた。
アヴルスの大きな手が、俺の肩に置かれる。
「なぁ、メルミナを救ってやってくれねぇか」
「……え?」
あまりに唐突で、思考が止まる。
「ちょっと待て。話が一気に飛びすぎだろ」
アヴルスは、俺の言葉を遮るようにパンッと手を叩いた。
「頼む!!
てめぇは俺たちを救ってくれた。だから——あいつのことも頼みてぇ!」
「い、いや……俺はただ、自分のルーティンを——」
言い訳を探そうとした瞬間、横からセラが割り込んできた。
いつの間にか、すっかり元気に復活している。
「お客さん、困りますよ〜。私を通してもらわないと」
「そうなのか!なら頼む、同志!」
「任せるのだ同志!」
「おい待て」
話が一気に進んでいく。
「いーじゃんいーじゃん。どうせヒマでしょ?」
「ヒマなのは君だ。俺は自分のルーティンを磨くのに忙しいんだよ」
「なぬっ?! わ、私だって実績作ってランク戻さなきゃいけないんだから!」
配信するだけでランク上がるなら苦労はない。
「頼む! この通りだ!!」
アヴルスが土下座までしてきた。
あの怒獣王が、頭を地面に擦り付けてまで頼み込む姿は、さすがに無視できない。
ついでに、セラも一緒に土下座している。
理由は全く分からない。
はぁ……。
(結局、こういう流れになるのか)
「……あまり期待はするなよ?」
そう言うと、アヴルスとセラはガバッと顔を上げ、同時に笑顔になった。
「ああ!! 本当に感謝するぜ!!」
こうして俺は、
“困っている人を見たら結局助けに行く”という、
自分でもうすうす気づいていたパターンに、また乗ることになった。
隣で棚ぼたラッキーをかっさらっている女神だけは、どうしても納得いかないが——。
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