第25話 比べるなら過去の自分
チリン……チリン……。
不気味な鈴の音を鳴らしながら、道化師はゆっくりこちらへ歩いてくる。
真っ白な顔は笑っている。
だが、目はまったく笑っていなかった。
そのギャップが恐ろしくて、むしろ笑顔が一番怖いタイプの存在だ。
リオナは震え、青ざめた表情で見上げる。
「はぁ〜い、お嬢さん♪」
「ひゃあああああっ!! おばけぇぇぇぇーー!!」
某世界的アニメのように高速で足を回転させ、リオナはその場から逃亡していった。
……速すぎじゃないか?
だが、そんなことは気にも留めず、道化師はアヴルスのスマホ画面を覗き込む。
「おやおや? ワタシの動画なんか見て、勉強熱心ですねぇ〜♪」
「うるせぇ。そんなんじゃねぇよ」
「そうやって強がるところ、可愛らしいですよ? 顔に似合わず。
まあ、せいぜい無駄な努力でも続けてください♪」
「言ってろよ。てめぇみたいなピエロ野郎の低クオリティ動画なんざ、すぐ追い抜いてやるからよ」
ピエロの顔が、一瞬で怒りに染まった。
「ピエロ言うな!!!」
いや、どう見てもピエロだろ……。
「お前も、さっきからピエロピエロ言ってるな?」
(地の文まで読まれた!?)
ゾネリオは俺を細長い指で指し、そしてその指を自分へ向けた。
「あんな道化と一緒にしないでください。このゾネリオ、ただ笑顔を貼り付けてるだけの不気味な存在とは格が違います」
目が笑ってない君の方がよっぽど不気味だと思うんだが。
あと、そのバックルの笑顔マークが怖いんだよ。
「喧嘩売ってんなら買ってやるぜ。てめぇの顔見てると腹立ってくんだよ」
「いいですねぇ。そろそろ決着、つけましょうか。
どちらが三飽魔の頂点なのか♪」
アヴルスの赤黒い炎と、ゾネリオの異様に冷たいオーラがぶつかり合い、空気がバチバチと揺らぐ。
(まずい……この二人が本気でやり合えば、町ごと吹き飛ぶ)
どう止める?
ふと視界の端で、二人が手に持っている“あるもの”が目についた。
——これだな。
「ちょっと拝借するぞ」
俺は素早く二人のスマホを奪い取った。
「おいテメェ!!」
「返しなさいッ!!」
鬼と道化師に詰め寄られるの、シンプルに怖いな。
だが言うべきことは言う。
「原因はこれだ。正確には、SNSだ。
君たちが意味なくイライラしたり、落ち込んだりするのも全部こいつのせいだ」
アヴルスの炎がボッと強まる。
「ふざけんじゃねぇ! これがねぇと張り合えねぇだろ!!」
「張り合う必要がないんだ。
むしろ張り合うから、ずっと怒りや不安から抜け出せなくなる」
今度はゾネリオの鈴が大きく揺れた。
「なにを言ってるんです? 相手より“いいね”が多いほどやる気が出るんですよ?」
「残念だが、実際は逆だ」
「な……なんですって……?」
「人生で一番不幸に近づく方法、教えてやろうか?」
二人はごくりと唾を飲んだ。
「——人と比べることだ」
「人と……比べる……?」
「そうだ。他人基準で自分を測る限り、永遠に終わりはない。
一度勝って安心したとしても、それは一瞬の快感に過ぎない。
すぐに誰かに追い抜かれて、また不安になる。そしてまた比べる」
アヴルスもゾネリオも、目を見開いたまま固まっている。
「一生、競争から抜け出せなくなる。
そして最後には、多くが精神をすり減らしてドロップアウトだ」
重い沈黙が流れた。
俺はアヴルスのスマホを操作した。
「てめぇ……まさかッ!」
画面を覗いたアヴルスは、顔面蒼白になり、そのまま崩れ落ちた。
「がーーーーーーん!!」
天を仰ぐその口から、タバコのように白い煙が上がっている。
「何をしたのです?!」
ゾネリオがスマホを覗き込んだ瞬間、真っ白な顔が真っ青になった。
「アプリを全部アンストした」
「ひっ……ひぃ!!」
セラがスマホを見て、汗が吹き出した。
「お、お前はそれでも主人公か?! 悪魔だ!!」
泣きながら俺を責めるセラ。
君はどっちの味方なんだ。
セラは自分のペアラSSを母親のように抱きしめた。
「大丈夫……あなたは絶対守る……!
この人からは絶対に守り抜くから!!」
どんな敵を見る目だよ。
——だが、俺自身も昔は似たような沼にハマっていた。
“他人と比べる地獄”に。
だからこそ分かる。
「アヴルスの白米動画も、ゾネリオのエンタメ動画も、方向性が全然違う。
そもそも比べる必要がない」
二人のスマホを返しながら続ける。
「二週間でいい。SNSから距離を取れ。それだけで、世界が変わる」
「に、二週間も……? その間、俺たちは何をすりゃいいんだ……」
ショックの反動で、二人はすっかり弱っている。
だったら——与えるべきだな。
「生活を整えるんだ。
君たちの精神状態は、今かなり限界に近い。
まずは身体から整えろ。
人と比べるくらいなら、過去の自分と比べろ。
その方がはるかに健全だ」
するとセラがテレビディレクターのように大きなバツ印を作った。
(何のジェスチャーだ?)
アヴルスは彼女の意図をどうやら正しく受け取ったらしい。
ニヤリと笑い、大きな牙を覗かせる。
「おもしれぇ。動画アプリより熱中できるもんがあるなら示してみろよ」
「ワタシとしても、この赤ダルマと張り合うのは飽きていたところですしねぇ〜」
よし、乗ってきたな。
——さて、始めるか。
「ほほほ本当にやるの!? 新しいアプリ探して、その沼にハマる方向じゃダメ?!」
おい。
せっかく抜け出そうとしてるのに、沼に戻すな。
「これを機に鍛えるんだ。
ちょうど君らには運動不足の傾向もあるしな」
「う、運動不足……?」
「安心しろ、セラ」
「えっ」
「君には特別バージョンを考えてある」
「やっぱりぃぃぃーーーーー!!
優しさゼロなのなんでぇぇぇぇ!!」
逃げようとするセラの襟をつかむ。
「さあ、同志たちと一緒に成長しようじゃないか」
「いーーーーーーやーーーーーーッ!!」
こうして、一人逃げ腰のセラを巻き込みつつ、
アヴルスとゾネリオの肉体改造を開始するのだった——。
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