第24話 謎の以心伝心と忍び寄るスマイル
フシュウゥゥーー。
赤黒い炎をまとった大男が、まるで溜息のように白い息を吐き出した。
空気は重く、息を吸うだけで胸が圧迫される。
——やるしかないのか。
俺は脈打つ心臓を押さえながら身構えた。
隙間風が、緊張で固まった俺たちの間をすり抜けていく。
『ぽよん♪』
(来るっ……!!)
反射で目を閉じ、腕で頭を覆う。
………。
………ぽよん?
おそるおそる目を開けると、大男は手元のスマホに夢中になっていた。
「クソッ!! また抜かれた!!」
怒り任せに、地面へスマホを叩きつける。
転がってきた画面には、ピエロのような奇怪な男が踊る“Toxee”のショート動画。
某SNSアプリ風のやつだ。
(この出来で十万いいね!?)
数値に思わず二度見した。
「ゾネリオの野郎……! よりによって投稿タイミング被せてくるかよ!!」
相当イラついている。
魔族もSNSメンタルに左右されるんだな……。
「君、物は大事に扱った方がいいぞ」
スマホを拾って差し出すと、即座に奪い取られた。
「君じゃねぇ。アヴルスだ」
アヴルスは再び画面を見たと思ったら、地面へ振り下ろす。
「あーー!! ムカつく!!」
赤黒い炎が勢いを増した。
「十万いいねなら相手は上級者だ。張り合うのは無謀じゃないか?」
「俺の動画も負けちゃいねぇんだよ!!」
画面を俺に押し付けてくる。
映っていたのは、エプロン姿のアヴルスが炊飯器の前で仁王立ちする動画だった。
『米は……命だ!!』
大男 × エプロン × 白米
情報量が渋滞している。
だが、カメラアングルはいい。
意外と人気は出そうだ。
「うわぁ〜! 美味しそう!!」
セラが真っ先に食いついた。
「そういえば、俺は青葉聖司だ。よろしく」
自己紹介すると、アヴルスはギロリと睨んできた。
「てめぇ……俺が何者か知らねぇのか?」
「さっきアヴルスだと」
「嘘だろ!! 三飽魔の怒獣王アヴルス様を知らねぇってのか?!」
そんなに驚くことか?
アヴルスはドスンと膝をつき、地面が小さく震えた。
炎がしゅるしゅると萎んでいく。
「俺は怒りを司る。怒りが強いほど、力が増すんだよ…」
地面に指で落書きを始めるその姿は、巨大な駄々っ子にしか見えない。
「なるほど。だからあんなに怒ってたのか」
──それ、力の無駄遣いでは?
するとセラがアヴルスの肩をつかみ、叫んだ。
「分かるよ!!!!」
分かるのか。
「私だってフォロワー増えないしPV伸びないし、何回この世界滅ぼそうと思ったか!!」
「滅ぼすな!!」
何気なく言うな、世界終わるぞ。
「ふ……てめぇも同じ痛みを抱えた同志か」
「ったりめぇよ。G-tubeもSNSもクソ喰らえだ」
なぜか意気投合し、力強い握手を交わす二人。
「この勢いで全部滅ぼすか!」
「悪くねぇ……ダチが腹括るなら私も——」
「はいストップ」
俺はセラの頭を軽く叩いた。
「痛いってば!!」
「物語がバッドエンド一直線だろうが」
「え〜〜、ゲームって何回もバッドエンド見て学んでいくんだよ?」
「現実とゲームを混同するな。中二病か」
「え、中二病はセージの方じゃん?」
ほっぺをつまんでやる。
「いだだだだ!!」
「真面目に言うが、命は一度きりだ。人間も、魔界も」
セラはしゅんとなる。
「……はい」
そこへアヴルスが舌打ちした。
「まったく、興が削がれちまったぜ……」
そう言いながら、突然リオナに飛びつく。
「おい、それ……リアクタンス・ノートじゃねぇか!!」
「ひゃっ?!」
返事を待たず、小瓶を一つ奪って蓋を開けた。
「ちょ、待——」
間に合わなかった。
「くぅ〜〜……効くわ〜〜……」
さっきまで怒り狂っていた大男が、一瞬で“癒し系アヴルス”に変貌した。
(数秒でこれか……効果強すぎるだろ)
香水の成分は本当に危険だ。
「これ、魔界中で使ってるのか?」
「あぁ。今や誰でも持ってるぜ。疲れが一発で吹き飛ぶからな」
街中の魔族が虚ろだった理由が分かった。
魔力上昇。精神安定。
その裏にある、感情制御低下と依存促進。
完全に“使わせるための設計”だ。
このまま放置すれば、魔界は一瞬で破綻する。
そう思った瞬間——
チリン……チリン……
鈴のような音が空気を震わせた。
「あれぇ〜? どこの赤ダルマかと思えば、アヴルス君じゃありませんかぁ♪」
ぞわっ。
背筋を氷柱で撫でられたような感覚に襲われる。
振り向くと、そこに立っていたのは——
魔界とは真逆の色彩をまとった道化師だった。
パステルカラー。
白い肌。
星と涙の頬マーク。
曲がった帽子。
つま先の反った靴。
そして——
腰のバックルに輝く、ネオンの“スマイルマーク”。
笑っているのに、どこか寒気のする“笑顔”。
「……ピエロ」
頭が現実を処理できず、俺の口から出たのはその一言だけだった。
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