第23話 魔界のスラムと怪しい影
パカパカと軽快に響く馬蹄。
木の匂いと砂埃が混ざる荷台に、幌の隙間から差し込む朝日が刺さる。
車のサスペンションとは違う、骨にくる“生の揺れ”がなんとも心地いい。
——ああ、これぞ中世。これぞ異世界。
『ぽよん♪』
ペアラSSが虹色に光り、馬車の中を容赦なく照らす。
「ハロ〜! 『Zランクだけど心はSランク♡』チャンネルで〜す♪ 今日はついに魔界突入! セージの筋肉が魔界を救っちゃったりして〜? 乞うご期待〜!」
どこから出したのか分からない配信フルセットを装備したセラが、テンションMAXで配信開始。
神界行事統括官:『いぇーい! 今日も盛り上がってこー!』
音楽管理長:『重低音、響かせていけよ! 魔界は低音が似合うぜ♪』
備蓄倉庫管理長:『魔界が平和になったら休み増える? ねぇ増える? ていうかAFDAの在庫リストどこいった』
異世界の空気、神々に壊されてる…。憧れてた側からすると地味にショックだ。
「待て。なんか魔王と戦う流れになってないか?」
セラは親指を立て、キラッと笑った。
「大丈夫大丈夫。私は実況担当だから!」
この世界の管理人のセリフじゃない。
「私はね、戦わなくても魔界は何とかなると思うのよ」
「Zランク女神の謎理論か?」
「ふふん。私が本気出せば、この世界なんて一瞬で吹き飛ぶけど?」
「言い方!」
この子なら本当にやりかねないのが怖い。
「でもねセージ。あなたって結局、誰か困ってたら助けちゃうじゃない。エクレールも、修道院のみんなも、リオナちゃんも」
まるで「ついでに魔界もよろしく」みたいな雑な扱い。相手は元凶だぞ。
「俺はただ自分の健康を守りたいだけだ」
セラはふわっと微笑む。
曇りがひとつもない、どこまでも優しい笑顔。
「それ以上に、困ってる人を放っておけないんでしょ?」
その笑顔に、母さんの面影が重なった。
『聖司は優しい子だからね』
もう戻らない、大切な記憶。
俺は、誰かが健康で苦しんでいたら気になってしまう。
それが、自分の過去の罪滅ぼしみたいなものだとしても。
「……そう思ってるの?」
セラの声に顔を上げると、空はもう曇りへ変わっていた。
木々はねじれ、地面は焦げたようにひび割れている。
空気はどこか重く、沈んでいた。
「おお〜! なんかジャンクフードみたいな景色! ジャンクゾールだけに!」
いやうまくない!…けど少しだけ空気が軽くなったのはありがたい。
馬車が止まり、行商人が声をかけた。
「着いたよ」
外へ出ると、黒い雲が押し寄せ、怪しい街灯だけが薄暗い家屋を照らしていた。
噴水は干上がり、魔族たちは虚ろな目でスマホを見ながら歩いている。
欧米の治安悪い地区のスラムを、そのまま魔界に輸入した感じだ。
そして遠くには、雷鳴を従えた漆黒の巨大城。
デザインがいちいち刺々しい。魔界、期待を裏切らない。
「それじゃ探索しようよ!」
「君はどこでもテンション一定だな」
「私だからね♪」
むだに深い。
と、その時。
鼻をくすぐる爽やかな香りが漂ってきた。
「なぁセラ。なんか匂わないか?」
「ふむ……これは——事件の匂いね!」
「ちがう!」
ラベンダーの香りだ。
「私は毎晩、枕にラベンダーオイル付けて寝てるからね。馴染みすぎて気付かなかっただけ♪」
奇跡的に科学的に正しい睡眠導入方!
「ねぇセージ、あの子」
噴水前に、荷車を引く黒紫髪の少女——リオナがいた。
そして三人の怪しい大人と話している。
銀髪メッシュの中性的な美形営業マン。
メガネをかけた中年の七三分け黒髪ダンディ。
白衣にゴーグルの技術者風の女。
見るからに怪しい。
「元気そうだな」
「あ! セージ!」
リオナは笑顔で手を振る。
三人はリオナと短く言葉を交わし、町の外へ去っていった。
「あの人たち、何者だ?」
「ん〜…よく分かんないけど、香水作ってるんだって!」
荷車には小瓶がぎっしり並んでいた。
小瓶を手に取り、鼻を近づける。
やはりラベンダーの香りが漂う。
裏には、はっきりと「AFDA」と書かれていた。
『体組織成分解析』を起動する。
・名称:リアクタンス・ノート
・分類:AFDA製芳香型情動誘導アイテム(SNS連動)
・主成分:フラグメンタ/アフェクタール/エセリア香核油/リプラフィン
・効果:魔力上昇/精神安定/SNS投稿頻度上昇/感情閾値変動/依存促進(魔力量比例)
これは…。
「リオナ。この香水、配らない方がいい」
リオナは不安そうに眉をひそめた。
「……どうして?」
「みんなが疲れてる理由は、おそらく——」
俺の言葉を遮るように、リオナの目が鋭く細められた。
「違うよ! これは皆んなを助けるためのものなの!」
「だが——」
「わたしが助けないといけないの。お母さんのために……」
その瞬間。
地面に濃い影が落ちた。
何か巨大なものが、俺たちの前に降り立つ。
空気が揺れる。
「……うるせぇな。SNSに集中できねぇだろ」
轟音のような声。
見上げると、赤黒い魔炎を纏う巨躯。
身長二メートル超。
折れた角。
鎧の隙間に刻まれた無数の傷。
怒気そのものの魔力。
「人間が魔界で何してやがる。喧嘩売りにきたなら、喜んで買ってやるぜ」
圧倒的で、吐き気がするほど濃い“殺気”に、俺は声すら出せなかったーーー。
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