第21話 神界告知と女神の放つ二つの矢
時空監視官長ルーミスは、相変わらず大岩の上であぐらをかいていた。
クリスタルのように透き通った釣竿を草原の先へと垂らし、
ブルーグレーの長髪をそよ風に揺らしながら、じっと前だけを見据えている。
転げ回っているセラを除いた俺たち三人は、
ただならぬ空気をひしひしと感じつつ、その口が開くのを待っていた。
『アスファレイアにおいて、歪みを検知した』
「歪み……?」
思わず声が漏れる。
『セージ、といったな』
「あ、ああ」
『お前は、人間にしておくにはあまりに勿体ない素質の持ち主だ。その並外れた自制心と身体性能があれば、魔王グラトに届くだろう』
急にハードルを上げてくるな。
——やっぱり、最終的にはセラと同じく「世界を救え」ルートに持って行きたいわけか。
しかし——。
「悪いが俺は——」
そう言いかけた瞬間、映像の端から見覚えのないシルエットが二つ、ぬっと顔を出した。
『ほらほらウトリス〜! 生セージ君だよ〜! うわ〜イケオジ〜♪』
『ふわぁ……。あたし達の方が年上だよ、モグリナ』
のそのそとルーミスのそばに歩み寄っていく二人。
ルーミスが心底うんざりした声を出した。
『お前たちが来ると途端にうるさくなる。すぐに消えろ、モグリナ、ウトリス』
『そんなこと言わないでよ〜。私たちの仲じゃな〜い♪』
『ふわぁ……。うるさいのはモグリナだけだよ』
ベージュの巻き髪をふわふわ揺らす女性モグリナは、
豊満なボディと、ずっと舐め続けている巨大キャンディーがひときわ目を引く。
銀髪の癖っ毛少女ウトリスは、
デフォルメされたユニコーンのぬいぐるみを抱えたまま、こっくりこっくりしている。
目の下のクマがエグい。
それぞれの足元には、半透明の文字が浮かんでいた。
『食材管理長』
『記録管理長』
——セラの配信で高確率でコメントしてる、神界チャット常連コンビじゃないか。
突然、モグリナの顔がドアップで映し出された。
画面との距離感を完全に見失っているタイプだ。
『やっほ〜セラちゃ〜ん! いつも楽しく見てるよ〜♪』
「はぁ〜〜〜……」
満開の笑顔のモグリナとは対照的に、
セラは肩をガックリ落とし、まとわりつくようなため息を漏らす。
「モグリナはいいよね〜。神界トップクラスのフォロワー保持者だし」
『信仰心は私たちの生命線だもんね〜。三度の飯より大事かも〜。
それがないと、私たちが存在してる意味がないというか〜』
笑顔で言ってる内容がわりと重い。
「どうせ私なんて、存在する価値なんてないですよーだ」
いじけモードに入るセラ。
『お、落ち込まないでセラちゃん! セラちゃんにはセラちゃんの良さがあるの、私は知ってるよ!』
ピクッ、とセラの耳が反応した。
「ほんと?! 例えば?!」
『誰も必要としてないのに、ちゃんと記録を残しているところ!』
………。
俺たちの間を、冷たい風がスーッと吹き抜けた。
健司とシル・ゼンは、見なかったことにしようとでもいうように、天井を見上げている。
『あ! あとね〜、最低のZランクまで落ちたり、フォロワーが0なのに諦めないところとか!
私なら絶対、心折れちゃうもん〜』
パキッ。
何かが折れる音が、はっきり聞こえた気がした。
セラはその場にへなへなと座り込む。
「アハハ。ワタシガ、フォロワーゼロニンノ、Zランクメガミデース」
笑っている。
泣きながら。
目の焦点は完全に逝っている。
『ふわぁ……。えぐいね』
『ええ〜?! 私、何か酷いこと言っちゃった〜?!』
モグリナ、おそるべし。
『……いいから、お前たちはさっさと持ち場に戻れ。勤務中だぞ』
ルーミスがぴしゃりと言い放つ。
『は〜い! それじゃ、またねセラちゃ〜ん! 配信楽しみにしてるからね〜♪』
『ふわぁ……。ばいば〜い』
嵐のように現れて、嵐のように去っていく二人。
セラは、魂の抜けた笑顔のまま、かろうじて手を振っていた。
『すっかり腑抜けた面だが……。伝えるべきことは伝えた。あとはお前次第だ、セラ』
聞こえていないのか、
あるいはモグリナの言葉のダメージがデカすぎるのか。
彼女は何もない空間に向かって、ぼんやり手を振り続けている。
ルーミスは、俺たちに背を向けたまま、静かに口を開いた。
『セージ。こいつの面倒を見るのは骨が折れるだろうが——よろしく頼む』
「君たちがサポートしてあげれば、すぐ解決する話じゃないのか?」
一瞬、沈黙。
やばい。怒らせたか——?
『何を言っている。俺たちはGtube視聴で忙しい。
セラにかまけていたら、動画を見る時間が減るだろう?』
セラ<動画、という不等式が、神界公式で確立してしまった。
間違いなく今の一言で、彼女のHPはゼロになった。
床を水浸しにしながら泣き崩れる姿が、直視できないほど痛々しい。
『ぽよん♪』
ペアラSSの通知音が鳴る。
『ふむ。“もぐもぐパティシエール”の配信時間か』
釣竿を片手にスマホを操作するルーミス。
——見慣れすぎた光景が、まさか神界でも展開されているとは。
どう見ても、釣り配信見ながらスマホゲームしてる人間にしか見えない。
『そういうわけだ。では、さらばだ』
プツン——。
宙に浮かんでいたペアラSSの光がふっと消え、
端末はゆっくりとセラの手に落ちていく。
何とも言えない沈黙が、小屋を包んだ。
「……結局、何だったんだ?」
「ルーミスは“伝えるべきことは伝えた”と言っていたが……」
「この世界に、何らかの異変が起きている、ということではなかろうか」
俺と健司、シル・ゼンの三人が唸りながら頭を抱えていると——。
「しばらく実家に帰らせていただきます」
ポンッ……!
軽い破裂音と共に、そこには寝そべり人形がポテッと仰向けに転がっていた。
……こっちが本体なのか。
それはひとまず置いておくとして。
ルーミスの言っていた“歪み”とは、一体なんのことだ?
「セラ。君は、ルーミスの言葉の意味が分かっているんだろ? 教えてくれ」
『ナンノコトダカ、ワカリマセーン』
「日本語覚えたての外国人みたいな喋り方やめろ」
人形がふわりと宙に浮かび、
まん丸い白目が俺をじっと見つめた。
『情動が乱高下してる。まもなく、魔王グラトの“暴走”が始まる』
その声色は、いつになく低くて——俺は思わず息を呑んだ。
「それって、まさか……」
『そう。本格的に魔王が動き出すってこと。
そうなれば、シガリア王国と魔王軍の衝突は、もう避けられない』
長年、停滞を続けていた膠着状態が、
ついに崩れようとしている。
よりにもよって、今このタイミングで。
『セージ。もう、わがまま言ってる状況じゃなくなったってことだよ。
何が言いたいか、分かるよね?』
「ああ。分かってる」
寝そべり人形が、くるっと宙返りした。
『よし! そうと決まれば早速——』
「断る」
一瞬で、室温が氷点下まで下がった気がした。
「世界を救えって話なら、断る」
『は、はぁぁぁぁぁぁぁーーーー?!』
人形が音速で迫り、丸い手で俺の頬をフニフニ押してくる。
『嘘でしょ?! この流れで断る主人公いる?!
あんたの心は何色だぁーーーー!!』
どこかで聞いたことあるようなフレーズだな。
「何度も言ってるだろ。俺には世界を救えるほどの力なんてないし、
俺は、俺の健康さえ守れればそれでいいんだ」
『魔王が勝ったら、そんな悠長なこと言ってられないだろうがボケ!!』
ぐっ……それは……否定できない。
人形はへなへなと足元まで下がり、
噴水みたいに涙を撒き散らしながら、俺の足にしがみついてきた。
『お願いだから、魔王討伐してよぉ〜〜〜!
こんなに必死にお願いしてるじゃない〜〜〜!』
そんな顔で懇願されると、さすがに胸が痛い。
それでも——。
『……分かった! じゃあせめて“様子だけ”でも見に行こうよ! セージは何もしなくていいから!』
「君、俺の性格知ってて言ってるだろ。趣味悪いぞ」
『この状況で断るセージほどじゃないよ』
グサッ。
クリティカル。
「仮に魔界域に行ったとしても、本当に俺にできることなんてないぞ。
健司みたいなチートスキルを持ってるわけでもないし」
『だ〜いじょうぶ! あくまで“ふらっと観光”ってことで!』
今、ものすごく嫌な予感がよぎったのは気のせいか。
『だからお願い〜〜〜』
人形の丸い手が、磁石のように張り付いて離れない。
いつもなら割とあっさり引き下がるくせに、今回に限って粘り方が異常だ。
——上から、相当プレッシャーをかけられてるんだろうな。
やれやれ。
これだから真面目な社畜系女神は。
「……本当に“観光に行くだけ”だからな」
ボンッ……!!
白い煙が一瞬立ちのぼり、その中からセラの本体が飛び出してきた。
「わぁぁい!! ありがとーー!!」
いきなり飛びつかれ、思い切り抱きつかれる。
「危なそうだったら、その時点で即撤退だからな」
「OK OK、それでいいよ! セージ大好き!!」
ズキューン……!!
何かが、ものすごい速度で心臓を貫いていった気がした。
なんだ、この妙な感覚。
「……そろそろ離れてくれるか。健司たちの視線が痛い」
「え〜、別に気にしなくてもよくない?」
「俺が気にする」
「あ、そっか。恋愛経験少ないセージには、ちょっと刺激が強かったんだね♪」
グサッ。
さっきとはまた違う何かが胸に突き刺さる。
もうやめてくれ。俺のLPはとっくにゼロだ。
ふと、肩にぽんと手が置かれた。
「次の目的地が決まったようだな」
健司が、どこか楽しそうに笑う。
「自分でもよく分からない展開なんだが……」
「まあ、その気になったら、ついでに世界も救ってくるといい」
「ついで、ってレベルの話じゃないんだけどな……」
とはいえ、行くと決めた以上、準備だけはしておかないといけない。
魔界と言えば、人間界とはまるで違う環境だ。
まともな寝床がある保証も、食料の確保ができる保証もない。
「何が起こるか分からない。今のうちに、ちゃんと休んでおこう」
こうして、急遽ジャンクゾール魔界域へ向かうことになった俺は、
不安とモヤモヤを抱えたまま、静かに目を閉じたのだったーーー。
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