第19話 断食は長ければいいというものではない
小屋の中には、自作らしきキッチン用品や農具がきちんと整頓されていた。
必要最低限、生活に困らないくらいの道具だけ。
埃に少し混ざった木の香りが鼻をくすぐる。
——昔、祖父の家の倉庫で遊んだときの匂いだ。
どこか懐かしくて、妙に落ち着く空間だった。
敷かれた藁の上に、俺たち四人は円になるように腰を下ろした。
「……どこから話そうか」
健司は苦い顔をして、言葉を探している。
その表情だけで、これから語られる話の重さが伝わってくる。
シル・ゼンもごくりと喉を鳴らして、じっと待っていた。
最強のスキル。
最強クラスに鍛え上げられた心身。
それでも魔王に敗北した男。
緊張感が、じわじわと小屋を満たしていく——はずだった。
「どしたの? もしかして魔王に負けたショックで記憶飛んじゃった?」
……この女神は本当に空気という概念を知らない。
「違う。話には順序というものが——」
「ケンジはもう老人なんだから、無理しない!」
君が言うな。
セラはペアラSSを高速でスクロールし始めた。
場の空気は、見事に締まらない方向へと転がっていく。
「こんな時にスマホいじるなって、親に習わなかったのか?」
「う〜ん、たしかこの辺だったと思うんだけどな〜」
聞いてない。
「あ、あった! はいコレ〜♪」
セラはペアラSSを床に向け、投影モードを起動した。
小屋の床に、ゆらりと映像が浮かび上がる。
「こんなこともあろうかと動画を撮っておいたのだ! 私ってやっぱ天才〜♪」
そんな余裕があったなら、少しは助けてやればよかったのでは?
映し出されているのは、自信に満ちた健司と——
それを迎え撃つ、禍々しいオーラを纏った男。
額には黒い双角。
背中には大きな漆黒の翼。
ただ立っているだけで分かる、圧倒的な格。
こいつが……魔王グラト。
ピコン♪
と、変な音と共に画面の隅にテロップが出た。
※部屋を明るくして、画面から離れて見てね♪
「誰向けの安全配慮だよ……」
健司は無言で立ち上がり、小屋の照明をつけた。
律儀すぎる。
『我はグラト・アドレナーリ。ジャンクゾール魔界域を統べる魔族の王なり』
低く太い声が、映像越しでも空気を震わせる。
『魔王! 貴様を倒し、この長き戦いに終止符を打つ!!』
『元気なのは良いことだ。だが——』
グラトはすっと健司を指さした。
『顔色が悪いぞ。ちゃんと栄養摂っているのか?』
魔王に体調を心配されている……だと?
『貴様に心配されずとも、俺は至って健康! 混乱させようとしても無駄だ!』
『無理するな。低血糖の症状が出ている』
映像の健司は、確かに青白くて覇気がない。
……完全に不健康な人の顔だ。
『その余裕、後悔させてやる!!』
健司は足元の石を拾い上げ、魔王に向かって投げつける。
はたから見れば子どもの喧嘩だが、
あの石はさっき大木を貫通させた“必殺弾”だ。
轟音を立て、石が彗星のように一直線に飛んでいく。
バシュゥッ……!!!
魔王の前に、白い霧のような衝撃波が広がった。
次の瞬間、石は——消えていた。
『なにっ……?!』
信じられない。
大木を粉砕した威力を、ため息一つで相殺した……?
『人に向かって石を投げるな。危ないだろう』
魔王が、正論を言っている。
『くっ! 舐めるな!!』
健司は兵士たちから次々に剣を抜き取り、
それらを一斉に投げつけた。
流星群のように光の尾を引きながら、剣が魔王へ殺到——。
爆音。閃光。舞い上がる砂煙。
『全力だ……魔王といえど、角一本残るまい』
だが、煙の中に浮かび上がったのは——。
『一般兵にこれほどの名剣を支給するとは。シガリア王国はホワイト企業だな』
無傷の魔王。
背中の翼に沿うように、剣がずらりと浮いている。
もはや天使のような神々しさだった。
『ば、馬鹿な……』
健司はその場に膝をつき、崩れ落ちる。
魔王はその様子を見下ろし、口角を吊り上げた。
『おまえの勝ちだ。殺せ』
右腕がゆっくり持ち上がる。
やばい——。
俺は思わず映像から目を背けそうになった、その瞬間。
『米を食え。話はそれからだ』
「…………は?」
思わず生声が漏れた。
映像の中で、魔王は健司の肩に手を置き、
まるで子どもに説教する親のような顔をしている。
『貴様、日本人だろう。日本人なら白米だ。
次はちゃんと栄養を整えてから挑め』
おそろしく慈悲深い微笑みだった。
魔王はくるりと背を向け、大笑しながら去っていく。
転生者の人種を特定するだけでなく、それに合った具体的な食材まで指摘するとは。
恐るべき存在だ……。
「……おかしくない?」
セラがヌッと目の前に割り込んできた。
「驚くポイントそこじゃなくない?」
「何を言う。あの一瞬で体調不良を見抜き、原因まで指摘してるんだぞ。
あれは種として完成されすぎている」
「セージって、健康の話になると頭のネジ飛ぶよね。あ、最初からか〜♪」
言わせておけ。
俺は改めて健司を見る。
「君は、相当レベルの高いルーティンを積み上げてきた。それは身体を見れば一目瞭然だ。
なのに、どうして世界の命運を賭ける場面で、体調を崩すような真似をした?」
健司は少し目を伏せ、それから静かに言った。
「人は空腹時に、もっとも集中力を発揮する。
ある時、俺は自分の身体でそれを体感した」
なるほど。
「それはオートファジーだな」
「またセージが、意味不明な呪文唱えたよ」
君のフルネームの方が呪文度高いからな?
健司が首をかしげる。
「オート……何だと?」
「知らないのか? 健司ほどの男なら知ってるかと思ったが」
「俺が転生したのは三十年前だぞ。そんな単語、聞いたこともない」
「簡単に言えば、身体の“掃除機能”だよ」
オートファジー。
十二時間以上食べ物を入れないことで、古くなった細胞を分解・再利用し、
身体のデトックスを促進する仕組み。
十六〜二十四時間断食あたりでよく語られるやつだ。
概念自体は昔からあったが、
本格的に広まり始めたのはここ十年くらい。
三十年前の常識は「一日三食が正義」だ。
そんな時代に、自分の身体を使って“空腹の集中力”に気づいた健司は、
やはり只者じゃない。
「健司の言う通り、オートファジーは集中力もパフォーマンスも上げる。
健康面ではとても優れた方法だ」
……だが。
「健司、聞くが。断食はどれくらい続けてた?」
「大戦が始まる一週間前からだ」
「……は?」
一週間断食。
極端にもほどがある。
「一週間も何も食べなければ、筋肉も分解される。
そりゃあ力も入らんし、パフォーマンスも落ちる」
「そういえば……あの時は、まったく力が入らなかったし、
以前感じた“身体の軽さ”も消えていた……!」
健司は、はっとした顔になる。
「俺は……やり過ぎていたのか!」
今さらの気づきである。天然か。
だが、俺は思わずニヤリとしてしまう。
「世界の命運がかかった場面すら、
“自己実験のチャンス”として使おうとするその姿勢……感服した」
「健康の追究に終わりなどないからな」
俺と健司は、思わずがっしり握手を交わした。
「二人の思想は神にも届く! ワシもまだまだ鍛錬せねばな!」
シル・ゼンもその手の上に重ねてくる。
健康バカ、三人合体。
ペアラSSの画面に、神界チャットが流れる。
記録管理長:『ふわぁ……健康三バカ……』
時空監視官長:『分かったならさっさと救世しに行け』
備蓄倉庫管理長:『1週間断食とかキチク〜』
体育座りで画面をにらむセラを押しのけ、
俺たち三人はやたら熱い情熱を分かち合う。
「……私、もしかして人選ミスってる……?」
部屋の隅で崩れ落ちるセラのつぶやきだけが、
やけに寂しく小屋に響き渡ったのだったーー。
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