第13話 荒ぶる大貫首と女神の悪知恵
真っ黒な外壁に、妙に丸みを帯びた屋根まわり。
先端には金色の彫り物がきらりと光り、全体的にどんよりした気配をまとった巨大寺院が、森の奥に鎮座していた。
あれが、律命修道院の中心——黒醒院らしい。
「修道院」と聞いて想像する、白くて清らかな建物とはだいぶ違う。
どちらかというと、ダーク系テーマパークだ。
門の前には、道着姿の修行僧らしき男が仁王立ちしていた。
「なに奴」
低く太い声。
威圧感のある筋肉ゴリゴリの体格で、立っているだけでそこそこ迫力がある。
……のだが、惜しい。
目の下のクマがとんでもない。
自信に満ちたポーズも、そのだるんとした目元のおかげで、全部台無しだ。
「この辺りに、神聖な薬草があると聞いた。澄神草ってやつだ」
門番の目つきが、すっと鋭くなる。
「貴様、どこでその名を知った」
「シガリア王国だが」
ドンッ!!
次の瞬間、門の柱に拳が叩きつけられた。
屋根にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、足元の地面までわずかに揺れる。
「シガリア王国め……! ついにスパイを送り込んできよったか。何たる失態!」
「城下町ですれ違った修行僧が、普通に教えてくれただけなんだが」
「澄神草の存在は機密事項のはず……。
まさか拷問して吐かせたな!? この悪魔め!!」
いや、むしろ向こうがノリノリだったぞ。
ていうか、最近やたら悪魔呼ばわりされるんだが。
「セージって自分のことしか考えてないもんね〜。悪魔扱いも妥当じゃない?」
「君も大差ないと思うが」
しばらく睨み合いが続いたが、ここで騒いでも埒があかない。
少し声のトーンを落として言った。
「誤解されているようだが、侵略しに来たわけじゃない。
ここの“健康的な生活”を学びたくてな。澄神草も、その一端だと思っただけだ」
門番の男は、顎をさすりながら眉間のシワをゆっくり緩める。
「……外の世界にも、我らの生活が伝わっているとは」
「ああ。知らない知識は、積極的に取り入れたい性質でね」
「勉強熱心なのは好ましい。
よかろう、入門を許す」
なんとか突破できたらしい。
◇ ◇ ◇
中に入ると、黒を基調とした寺院の内装は、想像以上に整っていた。
廊下も床もきれいに磨き上げられ、植え込みの緑は青々としている。
ただ——すれ違う修行僧たちの顔つきが、壊滅的に暗い。
みんな目はうつろで、肩は落ち、歩くたびに、深いため息が漏れている。
黒い建物と、げっそりした修行僧の組み合わせが、余計に地獄感を加速させていた。
「なんか……元気ないね」
「そうだな。少なくとも、糖質依存でハイになってる感じではない。
これはおそらく——」
前を歩いていた門番が立ち止まり、重厚な扉の前で振り返った。
「この先に、大貫首様がおられる。粗相のないようにな」
「了解した」
軽く息を整え、扉を開く。
中は薄暗く、蝋燭の灯りがぽつぽつと床を照らしていた。
奥には、一段高くなった場所がひとつ。
そこに——痩せこけた影が、胡座で座っている。
長い焦げ茶色の髪が顔の半分以上を覆い、骨ばった腕と足が修道着の隙間からのぞいていた。
黒い修道着と、胸元で揺れる数珠。
それだけが、なんとか威厳めいた雰囲気を保っている。
ただ、手は微かに震え、視線もどこか空を泳いでいた。
初老、というより、やつれにやつれた中年といった方が近いか。
その人物——大貫首と思しき男が、ゆっくりと顔を上げた。
「よくぞ参った。新たな同志よ。まずは歓迎の——ゴホッ、ゴホッ、ゴホホッ!!」
唐突な激しい咳。
胸を叩き、呼吸を整えようとしているが、なかなか止まらない。
さっきまでの張り詰めた空気は、一瞬にして吹き飛んだ。
……えーっと。
ここ、健康志向の修道院で合ってるよな?
「肩書き的には、そういうことになってるね〜」
「申し訳ないが、そうは見えないんだが……」
ようやく咳を落ち着かせた大貫首が、しゃがれた声で名乗った。
「ワシはシル・ゼン。この黒醒院を統べる、律命修道院の貫首だ」
「俺は青葉聖司。セージでいい。こっちはセラ」
「ふむふむ。
我らの“健康生活”を学びたい、と聞いておるが」
「そうだ。できる限り、色々教えてもらえると助かる」
シル・ゼンは、どこか落ち着かない様子でヒゲを撫でた。
「そうかそうか。そこまで懇願されては、断るわけにもいかぬな」
成り行きでそうなっただけで、懇願てほどではないが。
「できれば、澄神草についても知りたいんだが」
「うむ。構わぬ。
ただし、澄神草は我らが崇める神聖なる薬草。
試練を乗り越えた者のみが、その葉に触れることを許される」
そこまで言ったところで、セラがペアラSSをいじる手を止め、すっと指を突きつけた。
「あのさー」
「嫌な予感しかしないから、その指をしまってくれ」
「あなた、信頼できそうにない」
思わず、セラの口を後ろから塞ぐ。
「バカ! いきなり何を言い出すんだ!」
「だってさ、さっきから咳ばっかだし、手は震えてるし、目は死んでるし」
「本音でも、言っていいことと悪いことがあるんだ。親に習わなかったのか」
「ふふん。セージもまだ甘いね。
あの老人、どう見ても不健康じゃん。
その澄神草ってのも、本当に効果あるか怪しいよ?」
健康知識ゼロからスタートした女神が、よくもまあそんな自信満々に言えるもんだ。
……が、確かに生き生きはしていない。
というか、あれで「健康の象徴です」と言われても説得力ゼロだ。
そこで、シル・ゼンが突然ガバッと立ち上がった。
「我々は——」
嫌なフラグが立つ音がした。
「我々は、健康だぁーーーーーー!!!」
「うわああああああーーー!!」
条件反射で、思いっきり顔面にワンパンを入れていた。
ドガァッ!!
そのまま勢いよく壁にぶつかり、床にずるずると崩れ落ちる大貫首。
同時に、視界の端が虹色に光った。
ペアラSSの画面が、勝手に空中に浮かび上がる。
映し出されたのは、あの見慣れた神界ダラハラの風景。
隣でセラが肩を震わせている。
神界行事統括官:『ぎゃははは! セージびびりすぎ〜!』
時空監視官長:『この程度で取り乱すとは……鍛え直しが必要だ』
食材管理長:『あわわわわわ!! 痛そう〜!』
「キシシ! いい画が撮れた〜! ほら見て、PV50超えた!」
「こら、勝手に流すな!!」
セラは、くるくる宙で回転しながら、俺の手をひらひらとかわしつつ操作を続ける。
「ふっふ〜ん。
いつでも“おいしい瞬間”が撮れるように、自動録画モードにしておいたのだよ!
我ながら天才的采配〜♪」
どうでもいいところにだけ、頭をフル回転させるな。
しばらくドタバタやっているうちに、ふと場の空気が妙に静かなことに気づいた。
……これは、あれだ。
中学時代、友達と騒ぎすぎて、
教壇の先生が一言も喋らずに、じーっとこっちを見ていた、あの“無言の圧”に似ている。
恐る恐る振り向くと——
さっきまで吹っ飛んでいたはずのシル・ゼンが、何事もなかったかのように元の位置で胡座をかいていた。
「…………」
「…………とりあえず、落ち着こうか」
「はい」
自然と背筋が伸び、俺は正座をした。
つられて、セラも隣でちょこんと座り込む。
なんとも言えない、くすぐったいような恥ずかしさをごまかすように、俺はしばらく口を閉ざしたまま、蝋燭の炎だけをぼんやり眺めていたのだったーーー。
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