第12話 魔族は米がお好き
しばらく農道を歩くと、先に鬱蒼とした森が広がってきた。
遠目には、山々の稜線がうっすらと連なっている。
「ケトス山脈の麓か。ちょうどいいな」
木陰にさっきの少女を横たえ、かき集めた落ち葉で簡易枕を作って頭を少しだけ高くしてやる。
「う〜ん……」
少女が、うっすらとワインレッドの瞳を開いた。
「気分はどうだ」
「力が入らない。眠い……」
典型的な低血糖状態だな。
上半身をそっと支えながら、ゆっくりと起こす。
「食欲は、あるか?」
「う、うん……」
腰の麻袋から、乾燥させておいた木の実を数粒取り出した。
「これはナッツだ。栄養価が高くて、こういう時に便利なんだ。
こんな見た目でも、ほんのり甘くて美味しいぞ」
ぽいっと口に含んだ少女は、しばらくもぐもぐしてから、首をかしげた。
「……味がしないよ。おいしくない」
なるほど。
「ふむ。君の好きな食べ物を当ててやろう」
「おお〜! それ当てたらバズるかも!!」
セラがペアラSSを構えながら、ぐるぐる俺の周りを回り始めた。
……集中できない。
とはいえ、この中世っぽい世界観なら、主食は穀物が一般的だ。
ボロボロのつぎはぎマント。
手入れの行き届いていない、跳ねた毛先。
素材そのものは悪くなさそうだが、身なりから察するに生活は楽ではないだろう。
生活が苦しければ、比較的安価な穀物に手が伸びるのは自然な流れ。
加えて『体組織成分解析』によれば、明らかに糖質過多の傾向あり。
そこまで揃えば、答えは一つだ。
「君の好物はパンだな。
それも、甘いジャムをたっぷり塗ったやつ」
「ううん。あたし米派」
……マジか。
「ホカホカの白米に、海苔とおかか乗せるのが好きなんだ〜♪」
なんて渋いチョイスだ。
いや、それよりも──
どうしてこの世界に、古き良き日本の朝ごはんが再現されているんだ。
「ぎゃはははは!! 盛大に外してる〜! セージださ〜い♪」
「う、うるさい。パンも米も糖質だ。栄養バランス的には大差ない」
「顔真っ赤だよ? あははは!」
……さすがに、魔族が米派だとは思わないだろう。
「ほらほら、神界でもウケてるよ〜」
記録管理長:『ふわぁ……やっちゃったね。ドンマイ』
神界行事統括官:『あはは! これは笑う』
財務管理室長:『バイアスは人を盲目にさせる。いい教材ね』
ぐ……。
神だからって、好き放題言いやがって。
「と、とにかくだ。君の体には“変な糖質”がかなり蓄積している。
そのせいで味覚が狂ってる可能性が高い」
「そうなの?」
「さっき、眠いとかイライラするとか言ってたろ。
あれも糖質過多の典型的な症状だ。
高GI食品をドカ食いしたせいで血糖値が一気に上がって、そのあとインスリンが出すぎて急降下する。
結果、眠気とイライラに襲われて、さっきみたいに倒れていた……というわけだ」
麻の水筒から、きれいな水をコップに注いで渡す。
「俺も昔、同じような倒れ方をしたことがあるからな。辛さはよく分かる」
「ぷは〜っ! 生き返る〜!」
「そんなに一気飲みすると、お腹壊すぞ」
「えへへ、つい〜」
子供らしい無邪気な笑顔に、こっちまで少しだけ肩の力が抜けた。
「少しは元気出てきたみたいだな。良かったよ」
「ありがとう。お兄ちゃん優しいね」
「お、おう……?」
不意打ちで「お兄ちゃん」と呼ばれて、一瞬心臓が変なリズムを刻んだ。
「セージ、まさかそういう趣味が?」
「違うわ!!
この年で“お兄ちゃん”なんて呼ばれることがないから驚いただけだ!」
「あはは! 冗談冗談。
四十なんて、神から見たら子供みたいなもんだよ?」
セラと少女が笑いあっているのを見て、なんとなく疎外感を覚えるのは気のせいだろうか。
「コホン。
それでだ、リオナは、どうしてあんな場所で倒れていたんだ?」
「それは迷子になっちゃったから……って、ちょっと! なんであたしの名前知ってるの!?」
「俺のスキル『体組織成分解析』で、成分を解析した時にな。
名前や種族、年齢なんかも一緒に表示される」
リオナはぽかんと口を開けて、俺の顔を見上げていた。
「にしても、迷子にしては妙だな。この辺り、目印らしい目印もないし、迷う要素が少ない」
「し、しごとで疲れてたの! たぼーなの!!」
多忙、か。
まだあどけない少女が多忙を口にするとは、なかなかのブラックぶりだな魔界。
「お兄ちゃんたちこそ、冒険者?」
「まあ、一応そんなところだ」
そう答えた途端、リオナの目がキラキラと輝いた。
「いいな〜! あちこち旅行できて楽しそう!」
「荷車を見る限り、君は行商人だろう。
それならむしろ、俺たちよりあちこち行けるんじゃないか?」
リオナの表情が、ふっと曇る。
「そんな呑気なもんじゃないよ……」
前髪をかき乱す風が、彼女の視線を隠した。
それ以上は語らない様子だ。
……あまり踏み込みすぎるのも良くないか。
「そうだ! あたしの荷車は?!」
「安心しろ。ちゃんとあそこに運んである」
指差した先には、彼女の荷車が木陰に寄せて置かれていた。
リオナは胸を撫で下ろし、ほっと息を吐く。
「よし。体力も少し戻ったようだし、そろそろ行くとするか」
「お兄ちゃんたち、名前は?」
「俺は青葉聖司。セージでいい。
こっちはセラだ」
リオナの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう、セージ! セラ!」
「礼を言われるほどのことじゃないさ」
……セラに至っては、ほぼ配信してただけだしな。
「お礼に、次会ったときはあたしの町を案内してあげるね!」
「ああ。楽しみにしておくよ」
大量の荷物を載せた荷車を、ひょいっと引きずって歩きだすリオナの背中は、小さいのにどこか頼もしかった。
その姿が見えなくなるまで、俺たちはしばらく黙って見送った。
「さ、俺たちも行くか」
「セージは迷子にならないでよ?」
「君の描いた地図を頼りにしていたら、その可能性は否定できないな」
「ちょっと?! あの超ハイクオリティマップ見て迷うとかあり得ないんだけど!」
何をもって“ハイクオリティ”と呼んでいるのか、本気で問いたい。
山脈の麓に広がる濃い緑の中で、ぽつりと浮かぶ黒い建物が見えた。
周囲の自然から浮いたような、その黒さ。
風に乗って聞こえてきた、重く深い鐘の音。
どこか異様な空気を纏った律命修道院を目指し、俺たちは再び歩を進めたのだったーーー。
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