第10話 信仰心はフォローで表されるらしい
「……まさかここまで、自分の身体に変化が現れるとはな」
ラヴィが胸いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
清々しい、ってこういう顔のことを言うんだろう。
「健康を“実感”できたなら上々だな」
ギルドでの共同ルーティン生活を始めて、一ヶ月。
S級パーティ黒銀の饗宴・ノクターン・ガストロミーの三人は、俺のメニューをこなすうちに、表情まで明るくなってきた。
エクレールが率先して参加したこともあり、
当初はギルド内だけだった健康生活の波は、じわじわと町全体に広がっていった。
夜型だったシガリア王国は、少しずつ“朝”を取り戻しつつある。
早朝の散歩をする人々。
夜九時には店じまいする店も現れ、深夜の街に静寂が戻り始めた。
まだ道半ばだが、最初にここへ来たときと比べれば──天と地の差だ。
「すごいわ……。本当に変わるのね、この国って」
エクレールが、以前よりずっと澄んだ目で城下町を見下ろす。
「君がまず自分の身体と向き合ったからだよ。君が動かなかったら、俺が何を言っても誰も聞かなかっただろうさ」
「ふふ。あなたって、本当に不思議な力を持っているわね」
「人より、ちょっとだけ健康にうるさいだけだ」
──と、その時。
「ゼェッ……! ゼェッ……! ゼェ〜〜ッ……!」
……忘れるところだった。
セラの勇姿を配信しなければ。
神界向けに、一ヶ月の総仕上げとして
「女神も人間メニューをやる」記念ライブをやることにした。
俺の独断で。
ペアラSSなんて触ったこともないが、まあ中身はスマホみたいなものだ。
ホーム画面から“G-tube”のアイコンをタップする。
「エクレール。説明は君に任せる。神界の視聴者にも状況が伝わるように頼む」
「了解♪ いいところは全部私が持ってくわね!」
ラスト四セット、ってところか。
広場の中央。
ジャージ姿のセラが、限界寸前の顔でジャンピングバーピーを繰り返していた。
「腰が浮いてるぞ。ジャンプも低い。あと十秒」
「ハァッ……! ハァッ……! ムリ……! もうムリ〜〜!!」
ピピピピピ──。
タイマーのアラームが鳴り、セット終了。
セラは、その場に崩れ落ちるように大の字になった。
エクレールは、アナウンサー顔負けのテンションでカメラを回す。
「はいっ! 今見ていただいたのが、人間界の高強度インターバルトレーニング、通称HIITで〜す! さあご覧ください、この息も絶え絶えな女神の姿を!」
……説明が若干ひどいが、まあいいか。
「ほら見て、セージ。神界からのコメントも来てるわよ!」
食材管理長:『わぁ〜! 綺麗な女王様だね〜!』
時空監視官長:『ふむ。人間にしておくには惜しいな』
備蓄倉庫管理長:『解説が分かりやすい。今度うちの棚卸しも代わってくれない?』
財務管理室長:『運動の概念、参考になるわね』
……うん。
どう見ても褒められているのはエクレールの方だな。
死にかけてる女神には、誰一人触れていない。
「あ、でもPVは地味に伸びてる」
視聴者数は、最初の頃と比べればちゃんと増えている。……微妙に。
「神なのに全然体力ないんだな」
「ハァッ……! ハァッ……! こ、こんなはずじゃぁ……! 神界では“無限スイーツでも太らない女神”って売りだったのにぃ……!」
「普段から神の座に胡座をかいているから、そうなるんだ。いい勉強になっただろ」
「くっそ〜〜!! いつか、ゼェッ……。いつか苦しんでるセージを見て笑い返してやるんだからぁ……!」
強がる声にも、もはや覇気がない。
『体組織成分解析』でセラの状態を確認してみる。
「ふむ。体脂肪率、ようやく元の数値に戻ったな。よかったじゃないか」
「えっ……ほんと?! やったぁ〜〜!!」
実は、興味本位で何度か寝そべり状態のセラをスキャンしたことがあった。
そして、解析するたびに重さと“ふんわり厚み”が、微妙に増えていたのだ。
その後、女神モードのセラもスキャンしてみたところ、
もれなく本体も太っていたことが判明した。
「これで分かったろ。いくら神でも“無限”じゃない。身体は嘘をつかない」
「おかしいなぁ〜。『神は太らない』って、誰かが言ってたのに〜」
「その“誰か”は君じゃないのか、セラ」
何千年も生きてるくせに、
「今初めて知りました」みたいな顔をするんじゃない。
「人間より寿命が長い分、変化のスピードが遅いだけだ。だからこそ油断が積もり積もって、ある日ドカンと来る」
「うぅ……。神界のみんなへのいい反面教師になっちゃったじゃん……」
「いいじゃないか。神界の連中も、たまには背筋伸ばしてルーティン見直した方がいい」
セラは半泣きになりながら、ペアラSSを睨みつけた。
「ま、まあでも……。PVさえ伸びてくれれば、全部ネタになるし? 私のフォロワーも増えてくれれば……」
「ああ、その点なら安心しろ。ちゃんと増えてる」
「ほんと!? 見せて!!」
言うが早いか、セラはエクレールからペアラSSを奪い取った。
「え〜っと、現在のPVは……」
画面をスクロールしたセラの動きが、そこで止まる。
「……8」
静寂。
「ぜ・ん・ぜ・ん・増えてなーーい!! 二人しか増えてないじゃん!!」
「駆け出し配信者なら上出来だろ。しかも見ているのは、役職持ちの神ばかりだ。PV数のわりに、ファンの密度はかなり高いと思うが?」
「密度とか要らないから数が欲しいの!!」
画面のコメント欄が、さらに更新される。
食材管理長:『セラちゃん〜! 怒ってる顔も可愛いよ〜♪』
時空監視官長:『神の端くれなら、人間メニューごとき軽々こなせ』
備蓄倉庫管理長:『下剋上に命かけてるって噂だったけど、その神らしからぬ生々しさ、嫌いじゃないねぇ〜』
財務管理室長:『自己管理の欠如ね。数字は正直よ』
神々の声が、広場の空気に直接響く。
「あれっ?! 音声出力ボタン、押しちゃってたぁ!?」
「今さら気づくのか」
“G-tube”は、コメントが音声付きで垂れ流される仕様らしい。
「まあいっか。どうせ顔も声もダダ漏れだし〜」
開き直りのスピードだけは一流だな。
「ともあれ、この国もだいぶ落ち着いてきた。よかったな」
「ええ。本当に……ありがとう、セージ、セラ」
「素晴らしいわ! 熱心な“ダラハラ信仰者”には、女神が全力でおもてなしするのがマイルールよ!」
まさかの贔屓宣言。
セラがニヤニヤしながらペアラSSを見つめ始めた。
「崇高な女神様が、いやらしい顔になってきてるぞ。どうした?」
「ふっふっふ。これを見なさ〜い!」
虹色に光る画面を、俺の目の前に突きつけてくる。
「……フォロワー?」
「そう! フォロワーとはつまり、“私への信仰心”!! エクレールみたいな熱心な信仰者が増えれば増えるほど、私の神格ポイントが上がっていくってワケ!」
信仰心=チャンネル登録者数。
この世界、思った以上に現代文化に引っ張られてるな……。
──その時だった。
ペアラSSが淡く光を放ち、
画面から飛び出した小さな光の玉が、ふわりと俺の胸元に吸い込まれた。
「……お?」
「ちょ、ちょっと待っ──えっ!? 私のフォローが、セージに持ってかれたんだけど!!」
セラが、その場にぺたんと座り込む。
「う、そ……。私のフォロワーが、裏切った……」
「裏切りじゃないだろ。向き先が変わっただけだ」
「どっちでもショックなんだけどぉ〜〜!!」
エクレールが、ほんのり頬を染めながら視線を逸らした。
「……ごめんなさい。私が“推す”のはセージだから」
なるほど、そういう仕組みか。
フォローは信頼や尊敬の可視化。
エクレールの“信頼の矢印”が俺に向き、
そのルート上にセラのペアラSSがあったから、信仰ポイントが“中継”されてきた……と。
「びええええぇぇ〜〜〜っ!! セージの裏切り者ぉ〜〜!!」
「落ち着け。俺は何もしてないからな?」
「だってぇ〜〜!!!」
まあでも、結果的には悪くない。
俺としてはただ、ルーティンを守りたかっただけだ。
その副産物として、
この国が少しだけ健康に近づき、
女王からの信頼が“フォロー”という形で可視化された……というだけの話。
「いつか、セラにもフォロワーがつくといいわね」
「この調子だと、しばらく先になりそうだがな」
「ひどくない!? 二人ともひどくない!?」
ギルドハウスの前で子供みたいに泣き喚く女神を見て、
俺とエクレールは、思わず顔を見合わせて笑ってしまうのだったーーー。
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