5.対面
「ひょ、ひょえ.......。」
「お嬢様、こちらお荷物になります。気を付けていってらっしゃいませ。」
御者が渡してくれた鞄を受け取った私は、呆然としていた。私がこうなるのも仕方ないと思う。だって......学園がこんなに大きいとは、思わなかったのだから!
「なぁ、今日の魔法飛行の授業の課題終わってるか?」
「俺が課題をやるように思えるか?」
「......お前に聞いたのが間違いだったよ。」
通り過ぎる生徒たちはそんな話をしながら、大きな建物に入っていく。城や要塞と言われてもおかしくない程の規模である。
正直正門に着いた時点で卵を投げつけられたり魔法で攻撃されたりするかもしれないと構えていたけれど、私の自意識過剰だったようだ。過ぎ行く生徒は私の事なんて気にもしていなければ、目にも留めていない。
『君に捧ぐ王冠』は恋愛といっても、結構ドロドロな展開も多く、学園でヒロインがいじめを受ける描写も多かった。だから、威張った学生が私に詰め寄ってきてもおかしくない、なんて考えて。
(とんでもない、勘違いだったみたいね。)
安心して、微かに微笑む。
すると、周りの視線が一気にこちらを向いた。
「あの子、すげえな。」
「俺マジびっくりしたわ。」
「あんな方、この学園にいたかしら?」
ヒソヒソと注目の的になってしまった事に気が付いた私は、思わず駆け出していた。自分が何をしてしまったのか分からないけれど、注目を集めるのは嫌いだ。誰かの視線を受けて、良かったことなんて一度もない。
『佐藤さん、あと課題を出していないのは貴女だけよ。』
『えと、あの......。』
『せんせー、あいつ、母さんにも父さんにも嫌われてんだよ。だから”家族について”英文で紹介するなんて、出来っこないさ!』
『ぷっ......卓也、そんなこと言ったら佐藤さんが可哀想よ。』
『えー?でもさぁ、ホントの事だろ?あいつは家族からも誰からも、嫌われてるんだし!』
『おいおい、卓也、本当のこと言っちゃ駄目だろ~。』
思い出したくもない、記憶。私の思い出す記憶が全て、シャーロットのような素敵な思い出ならよかった。
高校二年生のある日、家族紹介の英文を課題として出された私は、生年月日や好きなもの、嫌いなもの...沢山項目があって全部は覚えていないけれど、両親に尋ねなければいけなかった。
当然両親は、答えてくれることもなく。面倒だと言って兄と一緒に出掛けて行ってしまった。兄は出来が良くて、要領よくなんでもこなすから、両親に溺愛されていた。兄妹というのは、どうしても比較されてしまう。良い高校に進学できなかった私と、超名門校に合格した兄。両親の愛情が向かう先は、明確だった。
週明けに提出する課題は、結局終えることが出来ず。結果、あんな風に周りから笑われることになったのだ。
あれから私は、コミュニケーションに加えて目立つことが苦手になった。誰かに見られると、きっと笑われている、きっと馬鹿にされている。そんな風に感じてしまって......逃げ出すことしか、出来なかったのだ。
「っはぁ、はぁ.....げほっ......。」
少し走っただけなのに息切れするなんて、どれだけ体力がないんだこの体は。
春の雪解けを感じる暖かさと冷たさを感じる日差しが差す今日は、比較的年内でも過ごしやすい日だと思う。それなのに、こんなに汗だくになるのはどうして?
完璧なスタイルを持っているからかなりストイックな運動をしているのだと思ったけれど......ヴィオラまさか貴女、太らない体質なだけ、とかでは......。
「そこの君。大丈夫か?」
「え?...っげほ、はぁ.......。」
「酷い汗だな、顔色も悪い。......医務室に行こう。」
失礼するよ、と言いながら、助けに駆けつけてくれた人が私を持ち上げた。
いや、ただ私は走って疲れただけなんです。とは言えず。こんなに男の人と近づくのも初めてだから、何だか緊張してしまって体ががちがちだ。
(せっかく逃げてきたのに、結局視線を集めちゃう......。)
せめて顔が見えないように、助けてくれた人の肩に額を押し付ける。初対面で申し訳ないけれど、キャパオーバーで暴れ出すよりましだと思ってほしい。
「......吐きそうか?」
「っいえ...あの......。」
(優しい声......今なら、話せるかな。)
「殿下、その方はどなたですの?」
顔を上げて話そうと思ったその時。甲高い女性の声が聞こえた。明らかに不機嫌そうな、納得がいかないような、そういう声色。視線を落としていても、じっと私を見つめる瞳の力強さと、圧を感じた。
(.......というか、殿下?待って、殿下って。)
「すまない、今この通り立て込んでいてな。用があるなら後で従者を通して知らせてくれ。」
「殿下!」
お待ちください、という甲高い少女の声が遠ざかる。そして抱えられている当人の私は、さっきとは別の意味で大汗をかいていた。
(どうして気づかなかったの。――この人、レオン様だわ!)
何度もゲームを通して聞いた声なのに、何故。後悔してももう遅い。酷い顔色と滝のような汗で対面してしまったのだから、第一印象は最悪だろう。まぁ、ヴィオラ自身とは何度も対面しているわけだから正確には初めてではないけれど。
でも私としては初めてだから。大好きな推しに会うのに、おめかしもせず......恥ずかしくてたまらない。
「失礼する。急病人だ。正門近くの倉庫裏でうずくまっていたから、連れてきた。」
「ででで殿下!?こ、ここには何用で...。」
「......急病人だ。正門近くの倉庫裏で、」
「きゅ、急病人ですか?それは大変だ!」
「顔色が悪いから、早く休ませてやってくれ。」
医務室のベットに座らされた私は、突然のレオン様の登場で大いに戸惑っている医師の診察を受けた。挙動と言動がおかしくなっていたので、余程気が動転していたのだろう。分かるわ、私も今現在進行形で戸惑っているから。
帝国民の事を平等に愛するレオン様は、悪名高き悪女ヴィオラの事も親切に助けてくれた。もはやストーカーと化している私の事なんて放っておけばいいのに、もしくは従者にでも任せればいいのに、こうやって自らの手で助けてくれるのだから、やはり私の大好きなレオン様に違いない。
しかし、コミュ障を極めている私は推しを目の前にして声を発することが出来ず、お医者様の質問に首を振って答える事しか出来ない。てっきりレオン様はここまで送り届けて戻っていくかと思ったのに、隣に座って私を見つめ続けている。
「何かこうなってしまった心当たりはございませんか?」
お医者様が尋ねる。本当の事を答えるか否か迷ったけれど...やはり、嘘は良くない。
「あの、実は......走ったら、息がしづらく...なって。」
「なるほど。――運動不足、という事ですね。」
「あ、はい、多分...そう、です。」
しーんと医務室に静寂が訪れる。こんな大事にしておいて、しかもここまで黙っておいて、今更運動不足などというふざけた理由を言ってしまい......申し訳ない。
お医者様は、ぽかん、と口を開けたまま固まってしまったし、レオン様は動かない。
(は、恥ずかしい...!)
「と、ともかく異常が無いようで良かったです。回復されるまでここで休んでいってください。」
「......あ、ありがとうございます。」
「ああ、それと。一応、誰がどんな理由で医務室に来たか記録をしなくてはいけないので、お名前を教えて頂けますか?簡易的なものですので、お名前だけでも結構です。」
「あ、えっと、ヴィオラです。」
「はい、ヴィオラさまぁぁああ!?」
「っはい!」
「あ、あ、貴女、ヴィオラ・ヴァレンティア様ですか!?」
「は、はい......。」
私に指を差してくる医務官の方を失礼だな、と思いながら見つめる。人を指さしちゃいけないって習わなかったのかしら?ああ、でもここは異世界だから......常識は違うのかも。
それにしても、私がヴィオラだということは知っていると思ったのだけれど。
「ヴィオラ......ヴァレンティア、だと?」
「ええと......ご存じ、ないですか?私、かなり有名だと、思うんですけど。――悪い意味で、ですが。」
「いや..........よく、知っている。だが、雰囲気があまりにも......」
あまりにも...?と、その続きを待っているけれど、レオン様は何も言わない。2人とも驚いているのを見ると、どうやら私がヴィオラ・ヴァレンティアだということに気が付いていなかったらしい。
多分、私の見た目を変えたからだ。縦ロールじゃなくなったし、化粧も薄くしてもらった。制服は誰もが同じものを着ているから、ヴィオラだと気づけなかった。それなら納得がいく。雰囲気があまりにも......、の続きは、”違い過ぎる”だ。
そして、彼が私に優しかった理由も同時に分かった。それは――私が、”ヴィオラじゃない”から。ヴィオラが私だと分かった時、少しの間顔を上げた。彼の瞳には......嫌悪が、滲んでいた。はっきりと顔に出ているわけでは決してなかったが、隠しきれていない。
覚悟していたはずなのに、実際こうやってレオン様に嫌われていると示されると、どうにも辛い気持ちになってしまう。これ以上には、耐えきれそうにない。
「あの......助けて頂いて、ありがとう...ございました。私はもう、平気です。......教室に、戻ってください。」
「そ、そうですね殿下。殿下はお忙しいお方ですし、これ以上は宜しいかと思います。私が彼女をきちんと看ますので、殿下はお戻りください。」
「――――そうだな。」
レオン様は硬い表情のまま医務室を出て行ってしまった。大好きな人を目の前にして、恐れ多いよりも逃げ出したいという気持ちが勝つとは思わなかった。
折角推しを近くで眺められる機会だったけれど、私には身分不相応だったみたい。
やっぱり推しは、遠くから幸せそうな姿を眺めるのが一番ね、と心の中で呟いた。
★★★
「ヴィオラ様。――その、体調がもしですよ?もし、ご回復されたなら......教室にお戻りになってはいかがでしょうか?ああ、違いますよ!決して出ていって欲しいだとか、そういう事を言いたいのではなく、私はですね......ヴィオラ様の勉学の事など総合的に判断した結果こう提案していまして、」
「――大丈夫。悪意がないのは、分かってるわ。貴方の言う通り......戻ろうと、思う。」
「さ、左様ですか!」
明らかに安心した様子の医務官を見て、私がやはりヴィオラであることを自覚する。その場にいるだけで誰かを恐れさせ、不快にさせてしまう。
(私としても、嫌がる相手と一緒にいたくはないし。)
丁度、教室に戻ってここでの授業を受けてみようと思っていたところだったので、素直に医務室を後にした。
★★★
(また......さっきみたいに、嫌がられるかしら。)
教室に近づいていく足取りが、重くなる。顔が見えなかったからレオン様も医務官も気づかなかっただけで、こうやって顔が見える状況だったら私がヴィオラだと分かってしまうだろう。
ゲームでも彼女が廊下を歩くと一般生徒は避けていたし、可能性としては全然ありうる。
「――でも、逃げていたって仕方ないし...。」
思い切って歩いていくと、周りから沢山の視線を感じた。まただ、また、今朝みたいな視線。嫌悪感......という訳ではない。好奇心のような、そんな感じ。
ヒソヒソと話す声が聞こえても、内容までは聞き取れず、どうして自分がこんなに注目を浴びているのか分からなかった。
ヴィオラが通るぞ!っていう雰囲気でないことは確かだ。
「ああっ!貴女!そこの、紫色の髪の色をした!」
「っは、はい!?」
紫色の髪と言えばヴァレンティア公爵家の兄妹。2つ上の兄が私と同じフロアにいるわけもなく、ということは私へのご指名ということだ。
「どこの馬の骨かは知らないけれどっ!わたくしが顔を知らないという事は、それ程身分が低いということ。そんな貴女が、レオンハルト殿下に近づくなんて、わたくし許さないわっ!」
読んでいただきありがとうございます。面白かったら是非いいね、ブックマークを宜しくお願いします!




