4.ネックレス
あの後どうやって部屋まで戻ったのか分からない。とにかくあのネックレスが私には重たくて、ただの宝石だと言えばそうかもしれないけれど...そんなに単純なものでは無く、もっと何か強大で、繊細で...私にはつける資格のないような。そんな風に感じた。
お父さんは最後に、『肌身離さず付けていなさい。』と言っていたが、この家が守ってきた大事なものを、私がつけてもいいものか、迷っている。
「それにしても、本当に、綺麗。」
シャンデリアに反射するトパーズは、まるでレオン様の髪のよう。私の瞳は黄色というか、ハニーブロンドだが、レオン様の髪の毛は、王族特有の金色。この世の光を全て集めたような金色だ。私がこのネックレスを重たく感じるのは、彼を思わせるものだからかもしれない。
ほら、推しは尊くて恐れ多い存在だ、って...そういうの、最近多いじゃない?きっと私も、そういう風に感じている。
個人的には身にまとうのは恐れ多いけど、お父さんが言うのだから仕方がない。付けていくうちに慣れていくかもしれないし、取り敢えず今はこのままにしておこう。
「今日は...疲れたなぁ。」
いつの間にか日が沈んでいて、気がついたら夜になっていた。
異世界に来たことは、別に後悔していない。新しい人生が欲しかったのも本当だし、レオン様という未練もなくなった。この世界にはレオン様が存在している。
ヴィオラに転生したからには、家族から、周りから疎ましがられることは覚悟していた。それ相応のことをしてきただろうし、私は抵抗するつもりもなかった。お金を貯めて、独立すれば良いと考えていた。レオン様は皇族だし、民衆の前に顔を出すことも年に幾らかはあるはずだ。
コミュニケーションがうまく取れなくて、周りの人たちが離れていくことは当たり前だった。それが私だから、仕方ない。でも、この屋敷の人たちは存外優しい人ばかりで...。嫌っていてくれたら、私だって割り切れるのに。
明日になったら、嫌われているかも。
そういう事を考えたくないから、人と距離を取る。
(お願いだから、私の事は放っておいて。)
心の中で、呟いた。
★★★
「お嬢様ーーーっ!朝でございますよーーっ!」
「んぇ?」
「奇妙な声を出している暇はございません!何て言ったって、お嬢様は昨日お風呂にも入らず、眠りこけてしまわれたのですからね!さあ、早く浴室に向かいますよ!」
「ん......。」
よっこいしょ、と侍女に背負われた私は、駆け足で浴室に連れていかれた。だいぶ小柄な侍女なのに、力がある。
頭がぼうっとして何も考えられなかったが、浴槽に浸かっていて思い出した。そういえば、昨日は疲れてそのまま眠ってしまったのだった。起こしてくれても良かったのに、主人を起こさないあたり、良いところの屋敷の娘であることを自覚する。
流石と言うべきか、侍女たちはお風呂のお世話もプロである。頭を洗ってもらうだけでこんなに気持ちいいとは。毎日こんな生活をしていたら、貴族という地位を手放したくなくなることは想像に容易い。
「......お嬢様、また寝てしまったわ。」
「よく眠るわね、それに大人しいし。」
「シャーロットがお嬢様付きになるって聞いたときは貴女を本当に憐れだと思ったわ。泣いてここを出ていくんだとばかり思っていたもの。」
「いいえっ!お嬢様は皆さんが言うような方ではありませんでしたよ。......まるで真逆です。」
「不思議よね、居るだけで恐ろしい思いをしていたのに、今は何も感じないわ。」
うんうん、と他の侍女たちも頷く。侍女たちにとってヴィオラとは、悪魔に等しい存在。無表情の旦那様は表情さえ怖いものの、下働きの者達も平等に扱ってくれる、優しい当主様だった。
それに比べてお嬢様といえば、やることなすこと想像できない癇癪娘。社交界で名高い悪女であるお嬢様は、気に入らない侍女を次々にクビにするだけでは飽き足らず、鞭で打ったり、家を取り潰したりとそのやり方が非情だった。お嬢様付きになった侍女は一人残らず辞めさせられ、持っても一か月、早くて一日で解雇されることもざらにある。
シャーロットという侍女は、屋敷に来て一年の年若い娘で、本来ならもっと下積みを経験してからお嬢様付きの侍女に上がる予定だったのだが、当主からの命令でお嬢様付きになった。シャーロットは愛嬌があり周りの先輩侍女たちから可愛がられていたために、これから彼女に訪れるであろう悲劇を悲しみ、どうにか助けられないか考えていたのだった。
「お嬢様、次は制服に着替えて、お化粧をします。流石に裸のまま歩かせられないので服は着替えてください!」
そうお嬢様に声をかけるシャーロットを見て周りの侍女はヒヤヒヤする。いつものお嬢様なら、『自分でやれですって!?この私に命令しないで!』なんて仰って、その侍女は即クビだろう。
しかしお嬢様は、うん、とだけ仰って自分で服をお着替えになった。あり得ない、お嬢様が?とざわつく周囲の反応は当然だろう。
シャーロットは優しい子だから、お嬢様のことを悪くいえないのかもしれない。もしくは何か脅されているのかもしれない。そんな心配は今のところ杞憂だったようだ。
「お嬢様、お顔を上げて頂けますか?紅を塗りたいので!」
「分かったわ。」
入浴の手伝いを終えて、シャーロットとお嬢様が2人になったのを見計らい、様子を伺いに後をつけた。お嬢様が本当にシャーロットを傷つけていないか気になった。
鞭を打たれていたら…というのはまた無駄な心配になったわけだけど。
この屋敷の一介の端くれの侍女である私は、大人しく仕事に戻る事にした。少しサボっていたのがバレて、侍女長に大目玉を喰らったのは内緒である。
★★★
「本日の髪型はどうなさいますか?」
「サイドで編み込み……とか?いつもは、どんな風なの?」
「普段は縦に大きく巻く形です。」
まだゲームの本編が始まっていないのに、ヴィオラは縦ロールだったのね。せっかく良い顔を持っているのに、もったいないというか….。
『君に捧ぐ王冠』はそこそこなの知れた名作ゲームだったので、攻略用や交流用のサイトが盛んで、ファン同士の語り合いが熱く行われていた。
中にはヴィオラのファンだという特殊な人もいて、ヴィオラファン用の掲示板すらあった。一度興味本位で入って見たのだが、“ヴィオラたん最高”、“愛に歪むヴィオ様、良い”といったコメントが多く見られた。
唯一共感したのは、ヴィオラは素材を台無しにしている、というコメントだ。悪役令嬢としての彼女を嫌いながらも、スタイルも抜群、圧倒的な美貌を持っているのに何故か残念に仕上げる彼女をもどかしく思っていたのだ。
最初、鏡に映る自分を見たときにヴィオラだと気づかなかったのは、顔立ちと姿は似ているものの、あまりにメイクやファッションが思っていたのと違い過ぎたからだ。
「縦巻き、は...しばらく良いわ。シャーロット、だったかしら?」
「は、はい......名前を、覚えていて下さったのですか。」
「他の侍女が、言っていたのを...聞いて...。嫌だったら、」
「いいえっ!嫌じゃないです!とっても...嬉しくて。宜しければ、これからもシャーロットと。」
「そう......。それじゃあ、シャーロット。これからは...貴女の好きな、ように。毎朝仕度を、お願いしたいの。」
「よ、宜しいのですか!?お嬢様は縦巻きしかしないと聞いたのですが...。」
「ええ、良いの。私、気分屋だから。」
ヴィオラらしい事を言うと、シャーロットは飛び跳ねて喜んだ。シャーロット的には縦巻きよりももっと色々なヘアアレンジ・化粧に挑戦したかったらしい。ヴィオラは自分の意見を曲げないから、言い出せないでいたそう。
では、今日はサイドで編み込みをさせて頂きますね!、と大きな笑顔でシャーロットは仕度を始めた。馴染みのないこちらの音楽を口ずさみながら、慣れた手つきで髪を編み込んでいるのを鏡越しで見つめる。
あっという間に私の長い髪は綺麗にまとめられて、結び目には可愛らしいレースのリボンをつけてくれた。お化粧はゲームでよく見た厚化粧ではなく、ナチュラルな仕上がりを意識してくれたようで、ヴィオラに合った施しをしてくれる。
「すごい。上手、ね。」
「私なんかまだまだです。先輩はもっと早く、上手に仕上げられるんですよ。」
照れくさそうにしているシャーロットは可愛い。化粧もヘアアレンジも、同じものはなくて...きっと、一人ひとり違っているはずだ。先輩侍女が上手くても、シャーロットの上手いとは別物。そう言いたかったのに......上手く言葉が出ないばかりに、伝えられなかった。
『よく聞いて、みさちゃん。私はね、みさちゃんが誰かより劣っているなんて一つも思っていないんだよ。人はみんな違って当たり前で、みさちゃんはみさちゃん、誰かは誰かなんだから。確かに上手く話すことが出来ないかもしれないけれど、みさちゃんは誰に対しても優しい心を持ってる。おばあちゃんはね、みさちゃんの事がとっても、誇らしいのよ。』
いつだったか、おばあちゃんが私に言ってくれたこと。周りと比べて自分は何もできないと落ち込んでいる私に、励ましの言葉をかけてくれた。私は悪いところだけじゃなくて、誰かにとって良いところもあるんだ、と気づかせてくれた。
この言葉に心があったかくなって、気持ちが楽になったから。もし同じように悩んでいる誰かがいたなら、同じ言葉をかけてあげたいと思っている。今はまだ、言葉巧みに話せるような状態じゃなくても、いつか。誰かの助けになれたらいい。
★★★
「ああ、そういえば......お父さんから貰った、ネックレス。」
学園にそろそろ向かおうという時に、思い出した。肌身離さず付けているよう言われたネックレスを、つけていない。
「もしかして、昨日眠っていらっしゃるときに握りしめていたものですか?壊れてはいけないと思って、アクセサリールームに置かせて貰いました。今、持ってきます!」
風のような速さで取りに行くシャーロットを見て、笑ってしまう。そんなに急がなくても良いのに。まるで小動物が忙しなく動いているようで、可愛い。
「っはぁ、はぁ、持ってきました!」
「足が、速いのね。」
「私は村一番の俊足娘なんです!近所の子どもたちとの駆けっこで負けたことは一度も無いんですよ。」
ふふん、とあまりに自慢げにしているので、またまた思わず笑ってしまった。村で一番足が速いという彼女の姿が、容易に想像できる。きっと沢山の人たちに愛されて育ったのだろう。そして、彼女自身も同じくらい周りの人たちを大事に思っているはずだ。
「駆けっこ...良いわね。私も、やってみたいわ。」
「学園でご友人ができたら、きっと出来ますよ!子どもの遊びのように思えますが、いくつになっても案外楽しい遊びなんです。」
「友人、ね。」
学校でも家庭でも、私はそういう事をする機会が無かった。――しようとも、思わなかった。
だから楽しかった子供のころの記憶だとか、そういうものが無い。それで良いと思った。
でもシャーロットの話を聞いて......少しだけ、羨ましくなってしまった。大事そうに記憶を語るシャーロットの瞳はとてもキラキラしている。
ヴィオラもきっと、私と同じようにそういう記憶が無いのだろう。私とは違って公爵家という地位を持ちながらも、環境と自身の性格ゆえに子供らしく遊ぶ機会なんて無かったのだ。
でも、ヴィオラにはまだ”学園”がある。勉学に励んで、友達を沢山作って、沢山遊ぶ。そういう機会が、まだ残っているのだ。この子の立場になって、彼女に同情する気持ちを持つようになった。だから、彼女のためにも、そして私の学生生活のやり直しという意味でも...この学園生活を楽しいものにしたい、けど。
「――不安、ですか?」
「そうね。私は、ほら......嫌われて、いるし。」
「そんな事っ.....ない、とは言い切れませんけど.....皆、お嬢様の事を良く知りもせずに言っているだけですよ。だって、本当のお嬢様はこんなにお綺麗で、こんなにお優しい。少なくとも私は、お嬢様の事を好ましく思っています!」
そう言って励ましてくれるシャーロットの言葉に、少しだけ心が軽くなった。環境が変わることを、私は人一倍嫌うから。どこへ行っても馴染めない自分を省みる機会が増えるのが嫌だ。環境が変わるたびに、私は変われていない、何も上手くいかないと悲観的に考えてしまう。
「では、お嬢様。そろそろ馬車が出発します。正面玄関で待機させているので、行きましょう!」
あれこれ考えているうちに、時間は過ぎる。ついに、私の学園生活が、スタートするのだ。ここまでヴィオラが通っていたから、何となく周りからの見られ方は分かっている。私に好印象を持っている人は、ごくわずか、あるいはいないなんてこともあり得るのだ。
それでも、私はヴィオラとして生まれ変わったから。
ちょっとだけ、勇気をだして頑張ろうと思う。見た目もなにも弱々しかった”美咲”ではない自分としての、学園生活のやり直しを。
『見ててね、おばあちゃん。私、頑張るよ。』
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