3.家族
「ひょえって……お前、いい歳して恥ずかしいぞ。」
「………。」
「おい、いくら俺が嫌いだからって無視は酷いだろ。うんでもすんでもとりあえず何か言えよ。」
まずい。侍女ならまだしも、彼女の血縁者と一言でも言葉を交えたら、私がヴィオラでないことがバレてしまうかもしれない。
兄はヴィオラのことを嫌っているのは『君に捧ぐ王冠』のエピソードでたびたび出てきていたから知っているけど、彼はこんなに親しげにヴィオラに話しかけていたかしら?
厄介ごとばかりで、周りにも公爵家にも迷惑をかけるヴィオラを疎ましく思っていたようなのに。ちなみにエドガールートに進むと、ヴィオラは一抹の家族の情から国外追放で許される。
まぁ、何不自由のない暮らしをしてきたお嬢様が突然1人で知らない土地に放り出されて生きていけたとは到底思えないので、死罪に等しいけれど。
(さて……ここをどう切り抜ければ…。さっきの侍女は特に疑問に思ってはいなかったみたいだけど、今の私は明らかに喋り方がおかしいし、別の人間だってことは親しい人ならすぐ分かるはず。)
そうなれば公爵令嬢誘拐事件だとか騒がれて、酷い目に遭うかもしれない。そうなったら、この世界に来たのは死ぬためみたいで悲しい。
「……いいぞ、無理に話さなくても。別にそれで困ることなんてないしな。俺はただ、父さんがお前を呼んでるって言いに来ただけだ。」
「えっ、お父さ…お父様が?」
「なんか用事があるみてーだけど。嫌なら行かなくてもいいんだぞ、父さんはいつも仏頂面で怖いのは俺も分かる。」
私は戸惑った。思ったよりも顔のエドガーという兄は優しい。ぐずぐずしてないでさっさと行け、くらいは言われると思った。無理して話さなくてもいい、とか行かなくてもいい、とか……とても妹を嫌っている兄とは思えない発言だ。
ゲームが始まるのは。2学年に上がってヒロインが入学してきてから。その時点でエドガーはヴィオラを相当嫌っていて、回想のシーンにもよく妹との不仲エピソードが登場するくらいなんだから、この時期はもう取り返しのつかない関係のはず。
「ーーいえ、怖いとかでは、なくて。」
考えても分からないので、取り敢えず適当に返事をする。
「そうか?じゃあ、さっさと行きな。父さんは待たされるの嫌いだから。」
それに、俺も怒られるかもしれないしなー、と言いながら親切にドアを開けてくれる。なんだか違和感を感じてたじろぐと、行かないのか?という目線を受けた。
おそるおそる部屋を出ていくと、後ろからエドガーも部屋を出てきて、特に会話をする事もない。気まずい。
「ーーじゃあ、俺こっちだから。」
やった、気まずい時間が終わる、と思ったと同時に気づいた。
「あ、」
私、お父さんの部屋、わからないや。
「どうした?何か…………あぁ、なるほど。そういえばさ、俺、父さんに用事があったんだったわ。だから、お前と一緒に父さんのとこまで行くよ。」
「そ、そうなのね。」
私が返事をすると、エドガーはなぜか悲しそうに笑った。その笑顔がなんだか泣きそうで、何か声をかけようと思ったのだけど…やっぱり話しかける勇気も出ずに、ただ彼の後をついていく形になった。
(案内......ではない、よね。中身が違う人間で、この屋敷について何も知らないなんて彼が知っているはずないもの。)
よく分からない気まぐれかもしれないけれど、エドガーが先導してくれる形になったのはありがたい。正直私1人でお父さんの執務室を探すというのは、無謀に近いから。さすがは公爵家ともあって、いかんせん家の規模が違う。同じような部屋や廊下が沢山あるせいで、下手にうろつくと迷子になる可能性がある。
「――――なぁ。」
「っはい!?」
エドガーが突然立ち止まって、こちらに振り向いた。
「お前、辛くないのか。」
「はい......?」
「辛くないか?」
「ええと......別に。」
「――そうか。今の質問は、忘れてくれ。」
ええ...?と戸惑う私を置いて、彼は再び歩き始めた。辛くないか、だなんて突然質問されて戸惑わないわけがない。日本だったら、宗教勧誘か疑うところだ。
その真意を聞きたいのに、声を掛けられそうな雰囲気ではない。さっきから、どうしてこの人はそんなに悲しそうなんだろう。何がそんなに悲しいのだろう。
「着いたぞ。」
えっ、と思わず声が出てしまう。考え事をしている間にお父さんの執務室に着いたらしい。さっき声をかけられてからそんなに時間もたっていないように感じる。
「ノック...すれば、いいの?」
「まぁ、ノックしなくても良いと思うが...一応、しとけ。俺は後ででいいから、先に入れよ。」
「一緒じゃないの?」
か弱い女の子を1人で行かせるつもり?冷血なお父さんのことだから、魔法で虐められるかもしれないのよ。例えば氷魔法で凍らされたり。水魔法でびしょぬれにさせられたり。てっきり私はエドガーと一緒に行けると思ったのに......。
しょんぼりしていると、エドガーが赤面していることに気が付いた。額を手で覆っているが、赤いのは誤魔化せていない。今のどこに赤面する要素があったのか少々理解しがたいけど...なにか、私はおかしなことを言ってしまったのかもしれない。
「――っ、お前...覚えておけよ。」
「な、なに?私、殺される?」
「違う。――違うけど...っああもう、面倒くさいな!うじうじしてないでさっさと行け!」
エドガーが叫ぶと同時に、吹くはずのない強い風が屋敷の中を襲う。あっという間にその風に攫われた私は、いつの間にか開いていた執務室のドアを抜け、柔らかいソファに優しく落とされた。
(な、なんなのあの人......普通、人を風で飛ばすなんて事、する!?)
自分の体がコントロールできない程の風に吹かれるのは、はっきり言って恐怖だった。足が地面をつかず、下手に体を動かすと怪我をしそうで...要は、何もできなかったわけだ。
私が何を言ってしまったのかは知らないが、そんなに怒らなくても良いのに。一応たった一人の妹だし、優しくしてくれても良いじゃない――ああ、そうか。ヴィオラにとってもたった一人の兄だったけど、全然優しくしていなかったのだった。
と、そんなことを考えている場合ではなく。私が今対処すべきは、今目の前にいるお父さんだ。突然舞い込んできた娘を見てもぴくりとも動かず、表情も変えないこの父親と...何を話せばいいのかしら?
会話を始めるのも、会話を繋げるのも苦手だ。今日は良い天気ですね、とか、今日は暖かいですね...とか。ろくな言葉が浮かばないのは私の語彙力不足のせい...ではなく、コミュニケーション能力不足ですよね。はい、分かっていますとも。
「――謹慎の事だが。」
「き、謹慎?」
私は謹慎されていたの?知らぬ間に?と思ったいたのが顔に出ていたのだろうか。お父さんは意図をくみ取ってか、説明してくれた。
「......お前は、殿下を負傷させて謹慎中だ。」
と、言ってもこんな感じで簡潔にだけれど。
「で、殿下を負傷......。お怪我は、お怪我は大丈夫、でしょうか。」
「気にすることは無い。かすり傷程度だ。」
かすり傷でも、皇族に怪我をさせた罪は重いのでは?というか、普通に牢屋行きなのでは?という疑問は飲み込んで。取り敢えずお父さんの話していることを聞くことに専念することにする。
「――それで、本題だが。」
来た。と身構えると、お父さんは得体のしれない木箱を持ってきて、私に手渡してきた。なんだか分からないけど、公爵の持ち物なら高いものに違いない。くれるとも言われていないので開けて良いのかも分からず、木箱を持ったまま硬直していると、お父さんは溜息をついた。
「そんなに気負うな。――大したものじゃない。開けてみろ。」
怒られてしまうかも、と思ったけれど。意外なことにお父さんは優しく声をかけてくれた。あの兄にしろ、この父にしろ...私のことが嫌いなはずなのにどうしてこう優しくしてくれるのだろうか。
考えても分からないことは、仕方がない。とりあえず目の前にある木箱を開けてみる。
「............これって。」
「トパーズだ。」
「すごく、綺麗。」
「今日からそれは、お前のものだ。」
「え?わたしの、もの?」
「これはお前の祖母のものだったんだが...お前に必要になるかもしれない。」
木箱を持つお父さんの手の力が、強くなったように感じた。寂しそうな顔をしていたエドガーと何か関係があるのかもしれない。険しい表情で、祖母のネックレスを取り出した。
「――背中をこちらに。」
どうやらネックレスをつけてくれるつもりらしく、慌てて私は後ろを向いた。髪の毛が邪魔かもしれない、と髪をサイドにまとめると、ありがとう、という声が聞こえた。
すぐにネックレスが首に掛かり、くすぐったく感じる。でもこの空間の緊張感の方が高くて、緊張してしまう。ただネックレスをつけてもらっているだけで、こんなに緊張するのはなんでだろう。
首にかけ終わったネックレスは重たくて、時代を感じさせられた。ヴィオラの祖母が持っていたものだというから、相当古い品物だろう。それでも輝きを失わず、これほど綺麗な状態で残っていたのはこの家がそれほどネックレスを大事にしてきた証拠だ。
それを悪娘ヴィオラに渡すなんて考えられないけれど...私に必要かもしれないというお父さんの表情があまりにも真剣で。こんなもの、貰えませんと言うだけの勇気が出なかった。
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