EPILOGUE
あれから、10年。
カマチシティはゆっくりと変わっていった。
終焉の影が消えてもなお、人々はかつての恐怖を語らず、ただ日々を生き続けていた。
その片隅で、小さな修理屋だった「バレンタイン機械店」は、名を変え、姿を変え、やがて外地を開拓し世界を動かす工業集団へと成長した。
そして今日。
バレンタイン・ヒースウェイ、36歳。
かつて孤独に機械を直していた男は、今や「バレンタイン・テクノロジーズ」の代表として、人類の再生を牽引していた。
研究塔の最上階。静寂な白い空間に、三人の姿があった。
中央には、ガラスと金属で構成されたカプセル状の再起動ポッド。
その中に眠るのは、あの時失われたレイのボディ。
整備され、磨かれ、まるであの日の別れがなかったかのように、彼女はそこに横たわっており。
そんな彼女の胸の中央に、ヒースは細密な小さな円形の装置が埋め込んだ。
──いよいよ、だな。
バレンタインテクノロジーズの幹部役員であるメシオンが息をつめて言った。
10年前と変わらぬ、いや、むしろあの頃よりも強く頼もしい眼差しで、彼はヒースと並んでいた。
「この日が本当に来るとは思わなかったぜ」
「来なきゃいけなかったんだ」
「否、すべてはこの日の納得の為に進んできたんだ」
ヒースが低く答えた。
彼の目の奥には、静かな決意と、隠しきれぬ不安が揺れていた。
「準備は整っています。リアクター、臨界安定域に到達。今なら──間に合います」
「信じて」
クロッサー68000の仮想映像のディスプレイを展開し彼らに最終手段のまとめを見せた。
10年の歳月がもたらした最先端の情報処理技術を纏いながらも、彼の声はあの時と同じ、冷静で静かなものだった。
「これが、彼女を取り戻す唯一の手段」
ヒースは、手元の起動キーを握りしめる。
それは、手のひらに乗るくらいの極小エネルギー炉——かつてのとある偉人が生命維持のために開発した、奇跡の装置。
正式名称はない。ただ『リアクター』とだけ呼ばれていた。
「心臓の代わりに魂を灯す。そんな代物だ」
ヒースは小さく呟き、起動キーを挿入した。
装置内のリアクターがゆっくりと回転を始める。
中心部で青白い光が脈動し、静かな呼吸のようにリズムを刻む。
「エネルギー伝導率、安定。神経接続、再構築中……」
クロッサーが淡々と報告する中、メシオンは息をのんだまま見守っていた。
ヒースは、レイの手をそっと握った。
「帰ってこい、レイ」
その瞬間。
彼女の胸元——リアクターが埋め込まれた中心部が、ふっと青く光を放つ。
パルス音。
そして、深く静かな吸気音。
レイの瞼が、ほんのわずかに震えた。
「ヒース……」
彼女の瞳が、ゆっくりと開かれた。
深い青が再びこの世界を映し出す。
微かに漏れた声に、ヒースの肩が震える。
「……おかえり」
ヒースの声に、レイは小さく笑った。
「ただいま」
その笑顔は、あの素晴らしい日々に続きが作られただけで何も変わっていなかった。