6:決断
スクリーンの背後で複数のホログラム映像が立ち上がる。
まるで記憶が息を吹き返すように、鮮明で凄惨な映像が流れる。
灰色の空の下。
鈍重な空中戦艦が都市をなぞるように旋回し、無差別に爆炎を落としていく。
燃え上がる市街地の光が、空に舞い上がった灰に反射し、空を赤黒く染めた。
次の瞬間、雷鳴のような振動と共に、無数の黒鋼の巨人たちが姿を現す。
空中戦艦を睨むように立ち並び、各々が手にした裁きの光。
巨大な高出力ビームが束となって空を貫いた。
ひとつの艦の弾薬庫に命中した光が連鎖爆発を引き起こし、船体が内部から裂けるように崩れていく。
折れた艦体から、人の影が――まるで塵のように、炎の中へと落ちていった。
そして、その頭上。
衛星軌道上に浮かぶ巨大な鏡面体が、ゆっくりと角度を変える。
太陽光を収束させた閃光が、地上と巨人ごと、すべてを焼き払っていった。
このように最終戦争の結果、全世界の通信網と行政機構、そして文化圏が断絶した。
そのとき、人類は存続に絶望し、実験的に“ひとつだけ街を守る計画”を発動した。
──それがカマチシティだ。
ヒースの眉がぴくりと動いた。
「待て、それってつまり、俺たちの住んでる場所が、“実験用の保管施設”だって言うのか?」
クロッサーは頷いた。
「左様」
「記憶の一部を消去し、生活機能を維持した状態で管理された都市圏」
「滅びの恐怖を忘れさせ、人類が罪を償うために新しい命の為に作られた。それがこの街の正体」
「そして宇宙から呼びつけられて来た隕石は、そんな清算のために用意された断頭台なんだ」
「詰まらんことを言うんだな」ヒースが低く呟き顔を伏せる。
「生まれる前の人の罪を貧しい土地で苦しんで生き続けることで清算させようということか」
「やはり俺は人間が大嫌いだ」
ペフカも、静かに顔を伏せたままだった。
まるで、彼女の内部で何かがゆっくりと壊れていくかのように。
そして、クロッサーの声が一段と静かになる。
「……言いわけじゃ無いけどさ」
「正直、僕自身もそれが“正しかった”のかどうかは、いまでもわからない」
「ここに40年居た。記録を保守して、いつか誰かが来るのを待ってた。でも……本当に君たちに、こんな現実を突きつけていいのか、僕にはわからないんだ」
ホログラムの“眼”にあたる場所が、わずかに揺らぐ。
「でもね、ペフカ」
「君が僕の呼びかけに答えてくれた以上、もう僕は、いや、僕たちは選ばなきゃいけない」
「この先を話すか。黙って見送るか」
「そして、これからの人類の運命、それを決めるのは、君の意志だよ」
その言葉を聞きながら、ヒースはゆっくりと視線をレイに向けた。
彼女は、耳を澄ませるかのように、口を閉じたまま震えていた。
その表情は、困惑とも恐怖ともつかない。まるで自分の存在理由が、突然別のものに塗り替えられたとでも言うようだった。
クロッサーのホログラムは、その様子を見つめながら、わずかにトーンを落とした。
「言いたいことがあるなら、今、言うといい」
「僕も全部正しいとは思っていない。けれど……“知る”ことから逃げるのは、もう終わりにしよう」
それを聞いてヒースは首を傾げながら、何か言いかけたようだが怖気づくようにして口を閉じた。
静寂が、ふたたび訪れた。
冷たい空気が、研究室全体に満ちていく。
そしてその中で、クロッサーは決定的な真実を口にする。
「ペフカ、お前は『ネハンジェネレーター』の中核部であり、隕石を呼び寄せる存在だ」
「これは41年前に君と僕が二人、焼けるこの部屋で行った所業だよ」
「だけどね、ネハンジェネレーターは、君に備え付けられた恐ろしくも偉大な動力炉『アーク』を使って隕石を遠ざけることもできるんだ」
クロッサーの言葉は、氷のように冷たかった。
「君の動力源『アーク』は、世界を選べる」
ヒースは息を呑み、言葉を失った。
「世界を……?」
レイの顔が強張り、その瞳に微かな揺れが宿る。
「そうだね」
クロッサーは続けた。
「ただし、それを起動するには、ペフカの持ってるアークを接続して全エネルギーを使う必要があるんだ」
「それは、私の……消失を意味するのね」
レイの声は、震えていた。
「そうだ、アークは消失し、そして意識データの分散四散する」
クロッサーの言葉が、沈黙に重く響く。
「待て、待てよ!」
ヒースの声が、場の空気を打ち破るように響いた。
「レイがそんなことをしなきゃならないなんて、おかしいだろ!」
怒りと混乱が入り混じった声。
「俺たち、そんなためにここまで来たわけじゃない。違うだろ……!」
レイは、静かにヒースの方へ向き直った。
「ヒース……」
その声音は、あまりにも優しかった。
「ヒースは、壊れたものを直してきた。私も、その一つだった」
「だから今度は、私があなたの大切なものを守らないとね」
「これを人は愛って言うのかな」
「そんなことは、言わなくても……さぁ」
ヒースの目には、涙が溢れた。
レイは、そっと彼の手を取った。
「大丈夫。私はヒースと出会えて、本当に幸せだった」
「大事なものも沢山できたんだよ」
その微笑みは、残酷にも穏やかだった。
ゆっくりと、レイは、ターミナル端末へと歩を進める。
ヒースは、必死に腕を伸ばす。
「レイ、やめてくれ」
その叫びも、彼女の背には届かない。
「すべては私の愛する物の為に」
「……ちがうね、私の愛する私の為に」
そう言って、レイは迷いなく端末の前に立った。
まるで、最初からこの場所に辿り着く運命だったかのように。