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5:開示

 朝支度を終えたヒースは、静かに振り返った。

 眼前にそびえるのは、かつて宇宙開発を担ったという巨大な軍事施設の残骸だった。今やその姿は半ば砂に埋もれ、まるで死んだ巨獣の骸が、時を超えてなお人々を見下ろしているようだった。

 無数の亀裂が走るコンクリートの壁面、風に吹かれて軋む金属の骨組み、沈黙の中でなお存在感を放つそれは、まるで文明そのものの終焉を物語っていた。


 ヒースは眉をひそめ、慎重に侵入できそうなルートを探るように目を走らせた。

 「さてと、信号の発信源はこの中か」


 そう呟きながら、ヒースはポケットから手袋を取り出し、ゆっくりと手にはめた。

 さらにゴーグルを装着し、口元には砂避けの布を丁寧に巻きつける。

 「──レイ、ショットガンを」


 レイは無言で頷き、リュックに縛られた革製のガンケースを外して差し出す。

 中から現れたのは、長銃身の散弾銃と弾嚢。ヒースはそれを受け取り、無言で神妙な面持ちのままシェルを4発装填した。

 木製のストックを肩に当て、しっかりとグリップを握る。


 そして、蝶番に銃口を当てると、息を整えてトリガーを引いた。

 破裂音が空気を裂き、金具が爆ぜるような音が続いた。

 「もう一発」

 そう呟きながら、ヒースは問答無用で計4発を撃ち込み、ついにドアを蹴り飛ばした。


 ——これは、ヒースウェイ家に代々伝わる教訓、「開かぬと不平を言うよりも、進んで扉を開きましょう」に則った行動である。

 そして何より、彼は時に暴力的な行動も辞さない性格だった。


 その様子を、レイはニコニコと拍手をして見守っていた。

 それはドアを開いたことへの拍手ではない。ヒースの精神が、彼の行動となって表れたことへの喜びだった。


 ドアの奥には、闇と鉄の匂いが満ちていた。

 二人は無言でその先へと足を踏み入れる。


 


 足元には、風にさらされたケーブルが蛇のように絡まり合い、破れた金属パネルが軋むたび、低く鈍い音を響かせた。

 二人は黙ってその音を足跡に残して前へと進んでいく。

 

  崩れかけた長い通路の果てに、わずかな光が、扉の隙間から差し込んでいた。

 その淡い輝きに、レイはふと目を留めた。


 「この中に、答えがあるはず」

 彼女の声は静かだったが、微かに震えていた。まるで、自身の奥底に眠る記憶を、これから覗き込むかのように。


 「本当にやるのか?」

 ヒースが問いかける。


 レイは小さく頷いた。


 ヒースは彼女の横顔をしばらく見つめていた。

 やがて、ため息をひとつ吐き、彼女の隣に立つと、重く冷たい鉄扉をゆっくりと押し開けた。


 重たい鉄扉がきしみを上げながら開くと、ふたりの前に現れたのは、広大なホールのような空間だった。

 かつて多くの研究者たちが働いていたであろうその場所は、今では瓦礫と埃に埋もれ、沈黙だけが支配している。


 床にはひび割れたタイルと、散乱した記録媒体。

 壁の一部には崩れた配管や焦げたケーブルが垂れ下がり、かつてここが“最先端”であったことの名残を物語っていた。


 壁際には、埃をかぶったホログラム投影機や、破損した観測装置が散乱し、どれも無言のまま過去を語っている。

 天井には大きな亀裂が入り、そこから差し込む外光が、空間の中心、今なお鼓動を保つターミナル端末を、まるで舞台の照明のように照らしていた。

 この部屋だけが、時間の流れから取り残されていたかのようだった。


 そして、その中心部。

 巨大なターミナル端末が鎮座し、薄く点滅する光が、まるで心臓の鼓動のように淡く脈打っている。


 レイがそっと端末に手を伸ばした。

 長い眠りについていたその装置は、まるで呼吸を再開したかのように、低いうなり声を上げて動き始める。

 埃が舞い、古びたスクリーンにちらちらと電光が走った。


 「——データ受信完了。Xrosser68000、スリープモードから復帰します」


 無機質な電子音が、空間の空気を一変させた。

 ヒースの背筋がぞくりと震え、思わず一歩引く。


 「クロッサー……68000……?」


 レイも液晶の瞳を大きく見開き、瞳の輝きがターミナルの方を指示した。

 そして次の瞬間、スクリーンに集まった光が人型のホログラムを形成していく。


 ──P-fca、ようやくこの時が来た。ずうっと待っていたよ。


 その素っ気なくも気の抜けた機械音声には、奇妙な懐かしさが混じっていた。

 けれどレイは、無言のまま動かない。


 「……ペフカ?」と、ヒースが小さく呟いた。


 「そう!『ペフカ』だよ」

 「クロッサーは、待ってたんだ。もうどのくらいになるかな?」

 「カレンダーを参照中……そうだ!40年ぴったりだ」

 「隣の人間はいったい誰かな、ペフカ」

 ホログラムの“クロッサー68000”は、どこか嬉しげに声を跳ねさせた。


 レイ──ペフカは、ゆっくりと口を開いた。

 「……この人は、バレンタイン・ヒースウェイ。私の修理者であり……パートナー」


 ヒースは割り込んで入る。

 「そうだ!パートナーだ!」


 「へぇ、パートナーかぁ。そりゃまた随分と……うん、びっくりだな」

 クロッサーの声は明るいが、言葉の裏にある意味は重かった。


 ヒースは思わず問い返す。

 「お前は……ペフカの知り合いか? 昔のAI仲間ってことか?」


 「仲間っていうよりね……まあ、“同期”って言えば一番近いかな。便宜的にはそうなる。けど実際は、僕が上位プロセッサで、ペフカはそのサブユニット、そんな関係だったんだ」

 「ただし、それは機能上の話であって、上下関係ってわけじゃないよ。ね、ペフカ?」


 その言葉に、レイは言葉を失ったまま、じっと黙っていた。

 ずっと閉ざされていた記憶の扉が、今まさに開こうとしている。

 その重さに、彼女の意識はまだ追いついていなかった。


 そんな彼女を見つめながら、ヒースは戸惑いをにじませて声を上げる。

 「救難信号を送ったのは、お前だろ」

 「なのに、なんでそんな軽々と話してやがる」

 「お前は一体、何のためにここにいるんだ」

 「なぜレイを呼んだ……!」


 声が震える。

 怒りというより、不安だった。

 彼の中で、いま目の前にある現実が、少しずつ形を変え始めていた。


 数秒の沈黙。

 ヒースの声はホール全体に広がり、厚く冷えた壁は反響板の役割をして、何度も何度もその不安を反芻させるようであった。

 

 クロッサーは、淡々とした電子音声で応答を返す。

 「問いを承認。情報を開示する」

 「ペフカ、君も……そろそろ思い出す時だ」


 わずかに、ホログラムが明滅する。

 そして次の瞬間、その場の空気が明確に変わった。

 「――40年前。人類は自らの手で“最終戦争”を引き起こした」


 空間に、低く冷たい電子音が響き渡った。

 

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