2:受信
その夜、静寂を破るかのように、彼女は隣の部屋から作業場のコンクリの床をコツコツとゆっくり鳴らして出てきた。
彼女はいたって冷静だが、狼狽えるように震えていたようにも見えた。
ヒースは彼女の姿に異様さを感じて声をかける。
「何が、どうした?」
「音が……聞こえる」
疑問に対して搾り出したようなサウンドがぼそぼそと流れる。
薄暗い電球が照らす部屋で彼女の瞳は青くかすかに光を放ちまったりと照らしている。
「音? 何の音だ?」
「うん……遠くから、信号が」
ヒースは工具を作業台に置き、彼女を見た。「信号?」
彼女はしばらく沈黙し俯いてじっとりと視線をこちらに向けて、やがてゆっくりと口を開いた。
「たぶん……40年以上前に使われていた型の救難信号」
その言葉に、ヒースは眉をひそめる。
「古い救難信号?」
こんな滅びかけた世界で、誰が今さら助けを求めているというのか。
普通なら、古い遺跡の誤作動や、盗掘者がうっかり起動させた防衛装置のアラート、そういう類いのものだろう。
「位置は分かるか?」
レイは静かに頷いた。
「おそらく……カマチシティのずっと外側。砂漠の向こう。」
「そして、その場所が世界を終わらせられるような強大な力を持つ武器のサイロであるを信号が告げているみたいだ」
ヒースは腕を組み、考え込む。
「……そうか」
どこかの遺跡がまた勝手に動いてるのかもしれない。こんなことは珍しくもない。
だがそのような場所が発見されたなどという記録は無い。
きっと人類未踏の遺跡だろう。しかもこの街を揺るがすような情報すら内包しているだろう。
——いや、無視してもいい。極論、どうせ世界の誰が困ろうが自分には関係ない。
だが。
ちらりと視線を上げると、レイは窓辺に立ち、じっと外を見つめていた。
まるで何かを探すように、静かに、けれど真剣なまなざしで。
彼女がこんなふうに何かに心を動かされるのは珍しい。
普通なら、レイだって軽く街の警備隊に誤作動を連絡して状況を処理する。
なのに、今の彼女は明らかに違っていた。
きっとこれは"本物"だ。
ヒースは長く息を吐き、考え込むこと数分。
「……わかった。行ってみよう」
椅子から立ち上がり、工具を片付けながら言うと、レイが驚いたように目を見開いた。
「……いいの?」
その顔には、まるで『うわ!この人にしては珍しい!』という表情が浮かんでいた。
まるでアンドロイドとは思えないとっても良い顔だ。
「たまにはな。どうせ物を直す他にやることもない。人助けついでに、トレジャーハントといこうか」
手の油をウエスで拭き取り冗談めかして言うと、レイはふっと笑みを浮かべた。
「ありがとう」
その声はどこか嬉しそうで、ヒースは目をそらすように最後の工具を棚に置いた。
ヒースとレイはカマチシティの唯一の友人に挨拶あと、街を後にする計画を立てた。
向かう先は、広大な砂漠の向こう。
何が待ち受けているのかは分からない。
ただ、レイが受信したその謎の信号が、二人を新たな運命へと導いていくことだけは、確かだった。