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1:終末

 太陽の眼が砂の地平線を焦がす。

 焼けるような日差しの下、乾ききった大地が波のようにうねり、どこまでも続き、ところどころではそこに埋もれた旧時代の遺産が顔を覗かせていた。

 風が吹けば砂が巻き上がり、遺された金属片が軋んで悲鳴を上げる。かつてここには文明があったのだと、風化した残骸が囁いているようだった。


 街のはずれへと球関節の彼女は帰ってきた。

 人に頼んで買い付けた旧世代の遺物を、ひとつずつ丁寧に地面へと降ろしていく。その重みに、ジャンクヤードの錆びた柵がわずかに軋んだ。

 仕事を終え、軽く息をついた彼女は、いつもの習慣でブリキのポストから新聞を取り出す。

 そして、ゆっくりと錆びついたドアノブを回し、店の中へと入った。



 広大な砂漠の中、南北に広い大きな要塞がそびえ立つような街。

 

 かつてこの世界には、もっと多くの街が存在したという。だが、今ではこの一枚岩のような街が、ぽつんと砂漠の中心に自身を守るかのように取り残されている。

 40年前に起きた"何か"によって、街以外のすべてが滅び、住人たちはその"何か"に関する記憶すら失った。を待つだけの存在になった。

 カチマシティ──それが街の名である。

 

 空には、常にひとつの巨大な影が浮かんでいる。地平線の先、遠い空にゆっくりと近づく巨大な隕石。

 誰もがそれを知っていた。誰もが、それが落ちることを理解していた。だが、それはあまりに長い時間をかけて迫ってくるせいで、誰の心にも恐怖を生じさせなかった。

 まるで空の背景の一部になってしまったかのように、そこに在り続ける。目を向けなければ気にならず、見上げても、ただそこにあるだけだった。


 世界がどうなっているのか、なぜ自分たちは生き残ったのか。この街だけが存在していられるのか。

 誰も知らない、否、知らなくても、日々は過ぎていく。

 人々は積み重ねた歴史を捨て去り、記憶のないままに営み、賑わい、そして滅びを待っているのである。

 


 バレンタイン・ヒースウェイは、この緩やかに破滅する街の片隅で機械を修理することで生計を立てている。

 「バレンタイン機械店」その名が、彼の営む小さな店の名前だった。

 油と鉄の匂いが充満する古い木造の平屋には、どこかの時代に作られた古びた機械が場所問わず無造作に積まれている。

 用途すら分からない機械もあれば、動力源が枯渇し錆びついたものもある。

 彼の仕事は、それらを修理し、使えるようにすることだった。

 世界が終わるとしても、壊れたものは直せば直るし、手を加えるともっと良くなることだってある。だからヒースは、黙々と修理を続けていた。


 そんな彼のそばには、一人の少女がいた。

 無機質な銀色の髪、青白い肌、そして、どこか人間らしさを感じさせる深い青の瞳。いかにもなメイド服を身にまとっている。

 彼女の名はレイ。

 彼女は5年前にヒースが拾った電子演算機のパーツを、ジャンクヒューマノイドのボディに移植したものだった。彼にとって、最も気に入っている機械のひとつだ。

 見た目は20代の女性のようだが、内部には拾った演算機についていた得体の知れない無限のエネルギー炉が組み込まれており、彼女の時間は決して尽きることがない。


 からくりで動く彼女は新聞を入り口手前のカウンターに置く。

 その様子を見ていた男が、冴えない牛乳瓶の底のようなセルロイド眼鏡の奥から、ぼそりと問いかける。

 

 ──おかえり。街はどうだった?

 

 「ただいま。そして街はどうだっていいよ。ヒース、そろそろ休まない?」

 ノイズ交じりの曇ったAM放送に交じって、レイの声が作業場に響く。

 作業の手を止め、レイの方へ顔を上げると砂に沈みゆく黄昏の光が彼女を染めている。

 

 「あと少しなんだ」

 

 

 ぶっきらぼうな返事にレイは小さくため息をついた。

 「少し、じゃないよ。まったく私が朝に出た時からずっと作業してるでしょ」

 

 手を作業に戻す。

 「あー、この機械は、もう少しで直るんだ。立派な翼があれば空だって飛べるようなの高出力エンジン。みんながこれを欲しがる素敵な物だよ。

 旧世代の発動機はどんなものだって素晴らしい、誰も気にしてなんかいないどんなに小さい排気量の発動機だって良くできてるんだ」

 「なんにせよ、この世界は良くできてるのにブラックボックス的に技術を享受しては他人の存在のありがたさなんて何にも知らないんだよ」

 ヒースは、バラバラになったエンジンの部品を丁寧に組み直している。

 レイはそんな彼を見ながら、やがてそっと腰を下ろした。

 「相変わらずヒースは、古いものが好きだよね」彼女は呆れたように納得したような顔をして言葉を放る。


 「それが一番カネになる、自分の仕事だからな」

 適当に回答を放り投げ返す。

 

 「本当にそれだけ?」

 納得できなかったようだ。

 淡白すぎる回答に、よくできた人工知能は"真面目に答えてもらえなかった"という不快感を感じ取ている。


 手を止め、レイの顔をじっと見つめて彼は問う。

 「……どういう意味だ?」


 「いや、なんでもない」

 レイは微笑んだ。それ以上は言葉を続けなかった。

 

 ヒースは、彼女の言葉を深く考えることなく工具を置いてレイに声をかけた。

 「一杯、紅茶を入れといてくれ、忠告通り少ししたら休憩にする。君は先に部屋で休んでいてくれ」

 

 それを聞いてレイは指示通りお湯を沸かすことにした。

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