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「私が住んでた田舎町の話ね。17歳のときだったから……、もう8年前か」
「8年? もう25ですか」
耀は道理で、などと呟きながら麻の下腹部を撫でた。少し柔らかくなっている。先日抱いた際に気づいたものだった。商品たちは体重や身長までもを厳重に管理されているため、麻は決して太ったわけではなかったが、妙に身体が柔らかくなったその理由に、耀は興味を抱いていたのだ。
「いいじゃない、ちょっとくらい太ったって。0.3キロだったから、許容範囲内でしょ?」
「……まあ」
その人によるが、基本、体重制限は当初から2キロ太ればアウトという仕組みになっている。
「まあ、それはいいとして、私が17歳のときね」
微笑を浮かべつつ、麻が話を始めた。
「17歳のとき通ってた学校の同級生で、物凄く絵の上手い子がいたの。男の子だけどね」
麻の表情は、常に緊張しながらも、奇妙な笑みを浮かべている。だが、今日のそれは違った。遥かに柔らかく、優しい表情だ。
「偶然、隣の席になったとき、彼が無理やり私の絵を描くって言い出したの。私はそりゃあ反対したわよ。普通の絵ならまだしも、私をモデルに花魁を描くなんて言うんだもん」
今の仕事を聞けば納得するかもしれないけど、と麻は付け足し、耀に寄り添った。女性特有の体の柔らかさが、耀を上ずらせた。普段も甘ったるい彼の声は、さらに甘くなっていた。
「……それで?」
「なんだかんだ言って、描いてもらったの。でも、完成品は見せてもらえなかったよ」
きっと、その絵が描かれている最中に、麻は再び売られたのだろう。薄い茶色の髪を揺らしながら、彼女はふわりと耀の腕のなかに、からかうように収まった。彼女にその気がないことを知っている耀もまた、からかうように彼女を抱きしめた。
「あー、もうこうやって抱きしめてくれるの耀だけかもしれない」
「陽は?」
「陽さまは、ね」
俯く麻は綺麗に微笑んでいたが、その表情に色はなかった。奇妙なほどに青白く、紅いところなどまるでない。唇さえも、白くなってしまっていた。気づけば、麻は耀の腕のなかでがたがたと震えている。一際強く彼女を抱きしめ、なおもふらふらとしている陽を横目で睨みながら耀は続きを促した。
「彼はもうきっと結婚してると思う。私はどうして、いつもこんなことになっちゃうんだろう」
麻を溺愛しているのは耀や陽ばかりでない。他の社員、教育係、教官、世話係においても、幾度無理やり抱かれたことか。何か特別なものが、麻にはあった。「愛されすぎて」いるのだ。その重みに耐えられるほど、麻は強くはない。
「……好きだったの、その人が。私が人生で、最初で最後に好きになった人」
「最初で最後、ですか」
「そう。もう二度と、誰かに恋するなんてことはないと思う」
愛することはあってもね、と耀の耳元で麻は囁いた。友達として、世話係として、男として。自分には何ができるのだろう。今にも溢れそうな麻の涙を見つめながら、耀は考えていた。窓の外はすっかり暗くなっている。まもなく夕食の時間がやって来るだろう。遅れることがあれば、麻にしても耀にしてもひどく叱られてしまう。だが、耀にはそのようなことなど何でもなかった。初めて、麻を「愛おしい」と思ったのだ。恐らく、恋愛感情ではないそれは、親子や兄弟に対する愛と同類のものなのだろう。