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「ねえ、耀」
東棟の中のミーティングルームともいえる場所であるロビー。どこかのホテルのように飾り付けられたその大きな空間は、とても人身売買の商品が‘格納’される場所には見えなかった。赤い絨毯に茶色いソファ、間接的な証明やガラスのテーブルがより一層、その部屋を豪華に見せている。麻は、その椅子のなかの一つに腰掛けていた耀の肩を叩いた。
「何ですか?」
「絵実ちゃんが亡くなったの?」
「知ってたんですか」
耀は苦笑いする。絵実が亡くなったという報せは、とうに商品たちの世話係である耀の耳に届いていたのだ。耀の立場は社員の次の次、といったところで、麻にとっては目上のはずだった。だが、耀もはじめは商品候補だった。それも、麻の後輩だ。そのため、麻は耀に難なく接することができていたのだ。苦そうな珈琲を啜る耀をちらりと横目で睨み、その隣に腰掛けた。
「随分と図々しい。晴海さんに知れたら不味いのでは」
晴海とは麻の教官だ。彼女は、商品たちが社員や世話係、教官などに深入りすることをひどく嫌っている。
「大丈夫、今日は社長に呼ばれてるって言っておいたから。それより、陽さんは?」
「嘘は得意なんですね。またあの男の話題ですか?」
「いいでしょ、今日は仕方がないんだから。で、どうなのよ?」
耀はため息を吐き、ソファに座ったまま、入り口のガラス戸の近くでうろついている細身の男を指差した。
「……あ」
耀が指差した男は、陽だったのだ。麻はぽかん、と口を開けたまま、ふらふらとさ迷うようにして歩いている陽を見つめた。
「社長に叱られてから、ずっとあの調子ですよ。馬鹿らしい……」
陽が絵実を絵画のモデルにしていたのは、誰もが知っていた‘秘密’だった。「此処だけの話」はどうやら確実に無限に広がっていくものらしい。麻や耀は、晴海の嫌味な「此処だけの話」に教えられたのだ。
「あんな男に一方的に愛される貴女も災難ですね」
「なんで知ってるのよ」
「言ってましたよ。『好きでやってたわけじゃない』って」
「あ」
耀に横腹を肘で突かれ、麻は抗議の声を上げた。陽は二人の姿にも気づかず、相変わらずふらふらと窓の外を眺めている。
「私が貴女だったらすぐにフりますけどね。絶対に私の方がいいと思いますけど」
耀がニヤリと笑う。
「何言ってんのよ、私たちは『お友達』でしょ」
「そうですね。貴女なんかを恋人にしたら人間が廃れますしね」
そっぽを向いた麻に、耀はさらに嫌味に微笑んだ。麻は陽にも、耀にも恋愛感情などなかったのだ。陽は単に社員であるから、そして、耀は飢えた欲を満たし合うただの「友達」だった。陽のことは分かるまいが、少なくとも、耀も麻に恋愛感情を持っていないはずだ。当初に、二人でどちらかが恋愛感情を持ってしまわぬように、と約束を取り決めたのだ。人身売買という自由のない世界のなかで、限りある快楽をお互いに得るためには仕方がなかった。男と女で交わされ‘友情’契約は、意外にも堅いものである。
「お互い楽しめばいいじゃないですか、貴女は容姿も反応も‘お相手’としては申し分ない」
「そうね、耀も。陽さまには悪いけど、私にだって王子様はいる」
心から微笑む麻に、耀は僅かな戸惑いを覚えた。その笑顔の輝きは、紛れもなくどこかに住む麻の「王子さま」の記憶によるものだろう。彼はより一層、不気味な笑みを深くした。