表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失墜  作者: ゆかこ
6/32

6

「ねえ、耀」


 東棟の中のミーティングルームともいえる場所であるロビー。どこかのホテルのように飾り付けられたその大きな空間は、とても人身売買の商品が‘格納’される場所には見えなかった。赤い絨毯に茶色いソファ、間接的な証明やガラスのテーブルがより一層、その部屋を豪華に見せている。麻は、その椅子のなかの一つに腰掛けていた耀の肩を叩いた。


「何ですか?」

「絵実ちゃんが亡くなったの?」

「知ってたんですか」


 耀は苦笑いする。絵実が亡くなったという報せは、とうに商品たちの世話係である耀の耳に届いていたのだ。耀の立場は社員の次の次、といったところで、麻にとっては目上のはずだった。だが、耀もはじめは商品候補だった。それも、麻の後輩だ。そのため、麻は耀に難なく接することができていたのだ。苦そうな珈琲を啜る耀をちらりと横目で睨み、その隣に腰掛けた。


「随分と図々しい。晴海さんに知れたら不味いのでは」


晴海とは麻の教官だ。彼女は、商品たちが社員や世話係、教官などに深入りすることをひどく嫌っている。


「大丈夫、今日は社長に呼ばれてるって言っておいたから。それより、陽さんは?」

「嘘は得意なんですね。またあの男の話題ですか?」

「いいでしょ、今日は仕方がないんだから。で、どうなのよ?」


耀はため息を吐き、ソファに座ったまま、入り口のガラス戸の近くでうろついている細身の男を指差した。


「……あ」


耀が指差した男は、陽だったのだ。麻はぽかん、と口を開けたまま、ふらふらとさ迷うようにして歩いている陽を見つめた。


「社長に叱られてから、ずっとあの調子ですよ。馬鹿らしい……」


 陽が絵実を絵画のモデルにしていたのは、誰もが知っていた‘秘密’だった。「此処だけの話」はどうやら確実に無限に広がっていくものらしい。麻や耀は、晴海の嫌味な「此処だけの話」に教えられたのだ。


「あんな男に一方的に愛される貴女も災難ですね」

「なんで知ってるのよ」

「言ってましたよ。『好きでやってたわけじゃない』って」

「あ」


 耀に横腹を肘で突かれ、麻は抗議の声を上げた。陽は二人の姿にも気づかず、相変わらずふらふらと窓の外を眺めている。


「私が貴女だったらすぐにフりますけどね。絶対に私の方がいいと思いますけど」


耀がニヤリと笑う。


「何言ってんのよ、私たちは『お友達』でしょ」

「そうですね。貴女なんかを恋人にしたら人間が廃れますしね」


 そっぽを向いた麻に、耀はさらに嫌味に微笑んだ。麻は陽にも、耀にも恋愛感情などなかったのだ。陽は単に社員であるから、そして、耀は飢えた欲を満たし合うただの「友達」だった。陽のことは分かるまいが、少なくとも、耀も麻に恋愛感情を持っていないはずだ。当初に、二人でどちらかが恋愛感情を持ってしまわぬように、と約束を取り決めたのだ。人身売買という自由のない世界のなかで、限りある快楽をお互いに得るためには仕方がなかった。男と女で交わされ‘友情’契約は、意外にも堅いものである。


「お互い楽しめばいいじゃないですか、貴女は容姿も反応も‘お相手’としては申し分ない」

「そうね、耀も。陽さまには悪いけど、私にだって王子様はいる」


 心から微笑む麻に、耀は僅かな戸惑いを覚えた。その笑顔の輝きは、紛れもなくどこかに住む麻の「王子さま」の記憶によるものだろう。彼はより一層、不気味な笑みを深くした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ