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「……ユウコだけは、うちが守って見せるから。何があっても、絶対に」
菊果の呟きに、女将はどこか申し訳なさそうに真剣な表情で声をかけたが、菊果は気付いていたいのか、腕のなかの赤ん坊をきつく抱きしめた。生まれたばかりながら、整ったかたちと分かるその顔はどこか菊果に似ている。特に、目元などそっくりだった。愛しそうにわが子を愛でる今までにない菊果の表情を、奇妙にさえ思いながら女将は見ていた。
「ね、ユウコ。ごめん、ダメなお母さんで。芸者の子になんか産んで」
この子の今は昔のわたし、と菊果は泣きそうな表情で溜息をついた。彼女自身も芸者の娘であったのだ。その重苦しい表情の影には、幼少の頃体験した数々の苦労が見え隠れしていた。
「けど、この子は妾の子なんかと違う、うちが自分の意思でちゃんと産んだ子なんだから」
女将は一生懸命彼女をなだめようとしたが、菊果の怒りと憂いに満ちた目はまだそのままだった。どうやらユウコ、という名前がつけられたらしい赤ん坊は母親の様子になど目もくれずスヤスヤと眠っている。菊果はそのことに、余計に腹が立ったらしかった。少し強くユウコを腕のなかで揺さぶり、彼女は半ば叫んだ。
「だから……守るから、ちゃんとうちの言うこと聞いてよね…」
それだけ言うと、彼女は着物の裾を右手で押さえながらユウコを籠に戻し、足早にどこかへ去っていった。女将はうな垂れながらたたみに座ったままでいたが、月夜の明かりが変わることはなかった。東京、銀座の置屋にはその場所独特の笑い声が満ちていた。そして、そのうち一つは紛れもなく菊果のものであったのだった。危機を感じた女将は小さく溜息をつき、ちょいちょいと手の先で赤ん坊の頬をつついた。女将と赤ん坊のいるその部屋は菊果の化粧部屋で、昼間用の地味な着物やその帯、化粧道具が散らかっている。女将は相変わらず呆れながら、不意に泣き出した赤ん坊を抱き上げた。
「あら、あら。ゴハン? それとも何か?」
赤ん坊特有の声をあげる。
「ああ、そうね、お母さんは今日もお客さんをとってるものね。仕方ないでしょ、本人がそういって聞かないんだから。悠子ちゃん、頑張ろうね…」
赤ん坊は首を傾げる。そして、悠子、と初めて本名で呼ばれた彼女はそれに反応したのか、小さく呻いた。