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従者の間

「玄関」と呼ばれているという空間は、真っ暗だった。なかからは何の音も聞こえてこず、気配も感じられない。埃か砂か黴か、くすんだ空気の匂いがするが、危険はなさそうだった。ダナンが視線を送ると、イネノが心得ているというようにうなずいて、小さな光の球体を発現させた。

 ふよふよと穴の中央に移動したそれは、イネノが指先を下に動かすと暗闇のなかへ沈んでいく。遠く沖へ進む夜の舟のかがり火のようだったそれは、数秒後に大きな灯りになった

「あら、こんな大きな光を出せるなんて、すごいですね」

「いえいえいえ、僕じゃありません!」

 地下の空間を煌々と照らし出した灯りにアゼが感嘆を漏らせば、慌ててイネノが首を振った。

「蓋が開いたことか、僕の魔術に反応してか分かりませんが、内部の灯りが付く仕組みが発動したんだと思います」

「入ろうとすると点灯するようになってるのか。便利だね」

 ふちから覗き込むと、その地下室はほぼ真四角の空間だった。教室の半分ほどの広さだろうか。木の多い図書館の造りとは違って石造りで、家具のたぐいはもちろん壁や床も飾り気はない。扉らしきものは見えないが。

「とりあえず降りてみるか。何かあったらよろしく」

「うん。浮遊する魔術をかけようか?」

「このくらいの高さなら大丈夫」

 階段やはしごなど下に降りられそうな設備もないが、床までは1階と少しくらいのようなので問題はない。ダナンはふちに手をかけてぶら下がり、そこから下へ落下する。床も石でできているようだ。膝を柔らかくまげて、音がしないように着地する。床は埃というよりも、砂で覆われていた。いま入ってきた天井を見上げると、穴の四隅あたりに光を発する何かが見えた。

 空気はやはり淀んだ匂いがするが、数十年締め切りだったわりには呼吸ができる。風が入ってきているのか、と気付き、空気の流れを追ってひとつの壁へ向かった。

「なるほど、これが扉か」

 良く見ると、その壁面だけ、人がふたり並んだくらいの真四角な切れ込みがある。押してみるが、手ごたえはない。良く見ると切れ込みの中央に、鍵穴がふたつあった。

「イネノ。鍵穴を見つけた。ここが開くみたいだ」

「了解。そっちに行くね」

 イネノが何かを唱えて、天井から飛び降りる。ダナンと違い魔術を使った落下は、ゆっくりと綿毛のような緩やかさで地面に着地した。きょろきょろと部屋中を見回しながら近づいてくるイネノに、ダナンが問いかける。

「何か感じる?」

「ううん。この部屋のなかの魔術の気配は、あの照明くらいだなあ」

 ただ、と、イネノが声を潜める。片手を伸ばして指先で鍵穴に触れる。

「この扉のさきには、何かあると思う」

「では開いて進もう」

 声とともにテルが飛び降りてきた。たし、と軽い音を立てて着地する。

「何で来ちゃうの。上で待っててよ」

「危険はなさそうだろう」

「今のところは、という話でしかないよ」

 天井の穴から、カラナシの顔が覗いた。

「ダナン君、すまない。殴れなかった」

 何かあったら殴ってでも止めて下さいといったダナンのことばに対して生真面目な謝罪を受け、ダナンは思わず笑ってしまった。

「いえ。スミに頼むべきでした」

「私だって殴るのはちょっと……」

「殴ってほしいんじゃなくて止めてほしいんだけど」

 ダナンとしては、テルの判断能力も戦闘能力も備えられたすさまじい魔術の数々も分かってはいるが、自分の主人を先頭に立たせたい場面でもない。

「いいから早く開け。図書部員のみなをあまり待たせるのも良くない。明日も授業だ」

「こちらはお気になさらず。図書部員になるようなものは、目の前の文字に心奪われ気付けば朝などということは珍しくはありませんので」

 相変わらず穏やかにアゼが笑う。横の2人も頷いているようだった。イネノとスミが何か目くばせを交わしたのにダナンは気付いた。この前の謎の同室者の一件から、イネノとスミはお互いに念話ができるような新たな魔術を模索していると言っていた。試すのにちょうどいいとか思っていそうだな。

「じゃあとりあえず僕の鍵から」

 イネノが鍵を手にする。どうやら図書部員の3人は待機、ダナンとイネノとテルで突入、で進めるしかないようだ。せめて下がってて、とのダナンのお願いに、テルは不承不承、数歩下がった。

「どっちの鍵穴か分かる?」

「うん。これも、正しい鍵しか入らないようになってるみたい」

 左に鍵が入らなかったらしいイネノは、右の鍵穴に鍵を差し込んだ。左右に数度動かして、少し首を捻る。

「手ごたえがない、ような気がする」

「どれどれ?」

 ダナンが総轄部にあった鍵を試しに右に入れると、確かに入らない。左にいれる。まわすと、部屋中に響き渡るように、ガチャンと開錠の音がした。扉に手を当てると、さきほどまでの壁を押しているような手ごたえのなさからいっぺんして、静かに奥へと開いた。

「開いたね。右は壊れていたんだろうか?」

「右は挿すだけで認証される仕組みなのでは?」

「うーん、それよりも、かかってなかった、ような気がします」

 両開きの扉を完全に開く。中は細長い廊下が続いていた。薄暗いが、先ほどと違って小さな灯が揺れているので、中の様子が分かる。

「これは、外の空気だな」

「方向的にも、外になるね」

 玄関は完全に図書館の床下に位置していたが、こちら途中から前庭の下になる。

「図書館は学校のはじにある。この方法にまっすぐに進めば、学園の外に出るかもしれない」

 ダナンを先頭に、次にテル、最後をイネノが進む。寮の廊下ほどの、さほど広くはない廊下だ。

「10分進んで何もなかったら、今日はいったん引き返す」

「了解」

 用心のためにイネノが光る球体を出していたが、小さな灯は一定間隔で続いている。足元も石造りの平坦なもので、危なげなく歩けた。ダナンの感覚だと、同じ方向にまっすぐ進んでいる。入学試験のことを思えば、自分の方向感覚も完全には信頼できないが。

「部屋に着いたみたいだ」

 玄関の光がまださほど小さく見えないうちに、変化があった。扉はないが、広い空間に出た。天井も廊下より少し高くなっている。1学年が集会をする講堂くらいの広さはありそうだった。手前にはいくつか本棚が並んでいて、書庫のようにも見える。

「はあ、待ちくたびれたよ」

 奥の方から、唐突に声が聞こえた。身構えたダナンたちの視線の先で、灯りと影が揺れる。本棚と本棚のあいだから、ひとつの影が現れた。頭から布をかぶり、魔術によるものではなくて、火のついた蝋燭を持っている。

「やっとこの地を、あきらめる心づもりができたのかい?」

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