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図書部長の備忘録

「お持ちになった鍵がほんとうにこの鍵なのかは、すぐに分かりますよ。見ていてくださいね」

 アゼは並んでいる40の鍵のなかからひとつを手に取ると、空の釘のひとつに掛けた。ように見えたそれは、次の瞬間するりと落ちて、磨きこまれた木の床で音を立てて跳ねていた。

「この釘は、掛けられるべき鍵以外を拒絶します。正しい鍵しか、掛けることができないのです」

 床から鍵を拾いあげてもとの場所に戻してから、どうぞ、というように、アゼが釘を手のひらで指し示す。ダナンとイネノは頷きあうと、それぞれ鍵を持って壁に向かった。少しもずれることなく、同じ高さに打たれたふたつの掛け釘。赤い飾り石のうえに意匠されている穴を、その釘に掛ける。

「掛かった」

 ふたつの鍵が、ゆらり、ゆらりと小さく揺れてから、納まる。まるで、ここ以外のどこにも行ったことがないというように。

「ふ、ふふ」

 アゼが口元を抑えて笑っている。

「確定ですね。なんてことかしら、まさか私の代で、こんなことが起こるなんて。その鍵は、隠し鍵と呼ばれているものです」

 声を弾ませて、ついでに足取りも弾ませて、アゼは奥の戸棚へ向かう。そこから数冊の帳面を取り出すと、机の方へ戻っていく。ダナンとイネノも鍵を回収すると、元の席に腰を下ろした。アゼは古びた帳面を机に置いてその表紙を撫でながら、テルに向かって微笑みかけた。

「これは図書部長の備忘録です。次の代の図書部長以外に、この鍵の話をするには、3つ条件があります。ひとつ。鍵を2本揃えて持ってきた人物であること。ふたつ。その人物が統轄部に所属していること。みっつ。図書部長および図書部員2名以上が信頼する人物であること」

 ひとつめとふたつめは、言うまでもなく満たしている。そして、みっつめ。

 口元に浮かべた笑みをそのままにアゼが、カラナシの方を向く。

「カラナシさん、あなたは彼らを信頼していますか」

「テルホ殿下のことは以前から存じ上げている。もちろん、信頼に値する方であると心より申し上げられる。他の2名は今日初めて会ったが、テルホ殿下が認められている人物であるならば、信頼しうる生徒なのだろうと思う」

 アゼの問いに、訥々とカラナシが答える。アゼはそれに頷いた。

「分かりました、ありがとう。ではスミさん、あなたは彼らを信頼していますか」

「はい。彼らは誠実で賢明で寛容で優秀な、私の友人です」

「分かりました、ありがとう」

 大判の帳面に、アゼは手をかける。前もって準備をしておいたのだろう、いくつかしおりが挟まれている。古い紙の、埃っぽくて少し甘い匂いが漂う。

「私はみなさんとお会いするのは初めてですが、いろいろお話は聞いています。そして、簡潔で丁寧な照会状、お会いしてからの態度には、こういう言い方は失礼かもしれませんが、大変感心しております。そしてなにより、私の信頼している図書部員があなたたちを信頼している。私も、あなたたちを信頼します」

 動作も声は相変わらず穏やかだが、アゼは明らかに生き生きとしはじめていた。重たげなまつげの向こうで、瞳が輝いている。カラナシがとなりでため息をつく。

「きみ、これを見越して、僕とスミを呼んだな?」

「淡い期待が、わずかにあったくらいですよ。照会状に記載されていたのは、統轄部で所持している1本の鍵について、だけでしたから」

 統轄部から発信する書類だったので、当然図書部にも統轄部にも記録が残る。ダナンとイネノが拾った鍵については正確には統轄部のものではないので書面に記載するのはどうだろうか、とためらった末に口頭で確認すると判断したので、テルはそちらの鍵については明文化していなかった。

「これは、図書部長の備忘録です。総轄部にも、受け継がれている記録がありますでしょう。この隠された2本の鍵について書かれたいちばん古い記録が、こちらになります」

 アゼが頁を繰ると、挟まれたしおりが、過たずアゼの目的としている場所を開いた。

「真っ黒?」

 思わずというように、イネノが呟く。縦書きで文字が書かれていたであろうそれは太い筆で塗りつぶされ、帳面は黒い帯が何本も揺れているかのようだった。

「ええ。ここも、ここも、ここも、それに関連する記載でした。すべて墨で塗りつぶされています」

 つぎつぎと見せられる頁は、一部であれ全部であれ、黒く太い線が這いまわっている。これでは何も分からないのでは、という微妙な空気が漂ったところで、くすくすとアゼが笑った。

「これが何故行われたのか、ということが書いてあるのがこちら」

 別の帳面を持ち出して、開く。そこは墨で塗られたあとはなく、流麗な文字が並んでいた。アゼの白い指が、ひとつの段落を指し示す。

「統轄部ヨリ 命アリ 曰ク 隠シ鍵ノ管理ヲ 図書館ヨリ統轄部ニ 移譲スベシ 並ビ二 其レ二纏ワル 現時点マデノ全テノ記録ヲ 廃棄スベシ」

「もともと図書館で管理していた隠し鍵を、統轄部が引き取って、記録もすべて廃棄させた?」

「はい。異議申し立てをし、話し合いを希望したが、どちらも拒絶されたとあります。故に、その時の図書部長は」

 ぺらり。アゼの指が次の頁へ向かっていく

「墨で消された内容をすべて、新しくまとめて書き直しています」

「それは、また」

 ありがたいけど、それっていいのか? という言葉を飲み込んだイネノとダナンに対して、平然としていたのは、図書委員のスミとカラナシだ。

「それはそうでしょうね。私でもそうします。今後も書くな、とは命ぜられていないですもの」

「そうだな。現時点までの記録は破棄して、一字一句過たず書けばいい」

 アゼがそれに頷きながら、相変わらず穏やかに笑う。

「図書館から文字を一字でも奪いたいのであれば、命を奪う以上の強権ともっと細心の注意が必要なんですよ」

 テルが苦笑を返した。

「鍵のことをお話いただく条件が、たいへん腑に落ちました。当時の統轄部の命に従っていただいたことに感謝を。代々の図書部長の行動を私は肯定します。そして、この後のお話次第では、私の権限で2点の命は撤回させていただくことも検討しましょう」

「そう言っていただけると思っていました」

 アゼは帳面を閉じて重ね、抱えた。ゆるゆると立ち上がり、部屋の外を指し示す。

「では、その鍵が閉ざしている扉へご案内しましょう」

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