いろいろおめでとうの会
今日は、僕らでお祝いの夕飯を作っておくよ。そうイネノとスミが張り切ってくれたので、引継ぎを終えたダナンがテルとともに自室に戻ると、食卓はいつもより華やかだった。
「鯛の尾頭付きまで出てくるとは」
「すごいな」
食卓の中心にでんと居座って赤い体を輝かせているのは、小ぶりながら丸々一尾の鯛だった。
「買い物してるときに、今日の夕食はお祝いなんですって店員さんに話したら、良い鯛が入ってますよって勧めてくれたんだ」
「さばけないなって思ったんだけど、鱗とって内臓出して、塩まで振ってくれて、あとは焼けばいい状態にしてくれたの」
「まさか山のなかで、こんな鯛が手に入るなんて」
「この学校は、各地と流通網を作り上げているから」
「それでも、いつもあるわけじゃないらしいので、幸運でした。帝都の方では、これが定番なんでしょう?」
「確かに宮中の祝い膳には必ず出てくる」
他にも、飾り切りをされた根菜を煮たものや、鮮やかな松葉で刺した豆など手が込んでいて、とても数か月前まで料理をしたことがほとんどなかった者たちが作ったとは思えない。料理を教えてきたダナンとしては、その点もとても感慨深い。
「すごいね」
「どれも旨い」
ダナンとテルが口々に褒めながら感謝すると、イネノとスミは嬉しそうに笑った。大満足の食事を終えると、さいごに甘いもの、と出てきたのは、ころころとした白いかたまり。
「これは?」
「おだんごを紐で括ったり、箸で挟んだりして、花のかたちにしてあるの」
「白の女神さまの神殿では、お祝い事にはこのお菓子を作ってみんなで分け合うんだよ」
「例祭では、宮殿の大きな通路いっぱいに竹の細工と一緒に飾って、なかなか壮観」
「へえ、見てみたいなあ」
「おいでおいで! 今度のお祭り、案内するよ」
「私がね。イネノはお勤めでしょ」
「いや、僕だって、ちょっとは一緒に見たいよ」
「はいはい」
中央を食紅で飾られ、なかに餡の入ったそれは、豪華絢爛とは言えないかもしれないが、とにかくかわいらしく、祝いや慶びが込められているのが感じられた。
「海産物だったり甘いものだったり、お祝いのご飯って、地域によってけっこう違うよね」
「デイゲは?」
スミに聞かれて、ダナンは団子を飲み込んでから答える。
「丸い餅を重ねたやつとか。あと誕生日とかで良くあるのは、赤い豆を入れた、甘いお粥かな」
「懐かしいな。いちばん清潔な木の器に盛って、菊の花びらを散らして」
テルも幼いころに食べていたらしい。誕生日には、歳神にその粥とともに1年の感謝と報告をして、お下がりとしてそれをみなで食べる。
「そうそう。祝い事には黄色と白の花」
「菊って食べられるの?」
「うん、デイゲではわりと食べるよ。砂糖漬けにしたり酢漬けにしたりもして」
「宮中では茶に入れたものが良く出る」
他にも旅先の地域で目にしたお祝いの食べ物などの話もしていれば、あっというまに花の団子はさいごのひとつまでなくなった。食器を片付け、机を清め、茶を淹れなおしたところで、スミとイネノが手を祈りのかたちに組んだ。
「改めて、テルホ殿下が正式に統轄部長のお引継ぎされましたこと、誠におめでとうございます。ダナンも、統轄部に入部が叶っておめでとう。そしてふたりが主従の契りを結ばれましたこと、まことに祝着至極に存じます」
「ふたりの行く道にいつも、芳香が満ち清い光がありますように。風はあなたたちを阻まずに新しいものを運び来て、差し出される手は朝開く花弁の白のように和やかでありますように」
ふたりの祝福を、ダナンとテルは恭しく受けた。信じるに足る人を見つけ、その人に認められ、友人たちに寿がれた。
「オレとしてはこれでもうじゅうぶんな気持ちだけど、そうはいかないんだよね」
「いかないな」
「何かあるの?」
「テルの宮で、なにかめんどうな契約のようなものが必要らしいよ」
「それは、そうでしょ、第三皇子の従者決めだよ」
「……はい、ちゃんと勉強します」
「手伝うよ。欲しい資料があれば、探すからね」
スミがふふっと笑う。
「私、図書部員になれたの」
「すごい! おめでとう」
「1年のこの時期に入部とは、素晴らしいな」
「ありがとうございます」
図書部に入りたい、と目を輝かせていたスミが、早々にその目標を叶えたことにダナン達は惜しみのない拍手を送った。
「早く教えてくれればオレも何か用意したのに。このお祝いも改めてしよう」
「僕も言いなって言ったんだけど」
「だって、正式に決まったの昨日だもの。引継ぎ前に言うのはちょっと」
「気にせずともよかったのに」
「そうそう。前の長のことはテルがもうすでに追い込んであって、今日はもう無抵抗で引継ぎを受け取っただけだったからね」
イネノが、うわぁ、という顔をした。言わないのは偉い。
「それにしても、図書部が正式に募集を掛けるのは例年秋以降と聞いていたが。何か特例が?」
「図書部の部長と意気投合したのと、図書委員に偶然知り合いがいて推薦してもらえたので」
「知り合い? 同郷の人?」
ということは、イネノも知り合いなのか? とダナンが顔を向けると、イネノは首を横に振った。
「ランカンじゃなくて、帝都の人らしいよ」
「父さんと、宮中の図書館に研修に行かせてもらったことがあって、その時に司書見習いにいた人が4年生の先輩だったの」
「ああ、カラナシか」
「ご存じなんですね」
「宮中の図書館には私も世話になっている。彼の父はいま司書長だ。カラナシもその跡を継ぐ優秀な司書になるだろうと聞いている」
うんうんと同意しているスミを見ながら、ダナンは部屋の隅に避けていた箱をふたつ、机のうえに置いた。引継ぎで渡された、ふたつの箱だ。
「いやあ、これはおめでたいし、なんとも折がいいな」
「そうだな。日曜の夜に、しかもこんな和やかな夕食のあとに申し訳ないのだが、イネノとスミの意見を聞きたい」
テルとダナンの真剣な様子に、イネノとスミも居住まいを正した。
「僕で出来ることなら、いつでもいくらでも」
「うん、私も力になりたいです」
テルは、ありがとう、と嬉しそうに笑って、箱のふたに手をかける。
「実は、引継ぎのもののなかに、こんなものが入ってたんだ」
テルが取り出してみせた鍵に、イネノとスミは大きく目を瞠った。




