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入部

 翌日。前代の統轄部長と会うまえに打ち合わせをしようと、統轄部のある棟へ向けて、ダナンとテルはゆっくりと歩みを進めていた。授業のない日曜日は、学園内で校舎として使われている棟は閉ざされている。寮や図書館や食堂に利用されているあたりとはちがって、人影はどんどんなくなっていく。ふだんは生徒たちの声や気配で気にならない風が植栽を揺らす音が、妙に大きく聞こえた。

「前の統轄部の長は、5年次に在籍しているココンという生徒だ」

「テルの親戚ってことだよね」

「遠いが、そうなる」

 統轄部のある棟の通用口にまわりながら、テルが頷いた。何か操作をして鍵を開けると、昼でもなかの灯りが勝手に付くようになっている。よく手入れをされたこげ茶色の板廊下がその光で艶やかに光った。ダナンは基本的に草履を愛用しているが、テルは靴を履いている。歩けば小気味の良い音が鳴った。

「ココンは先々代の皇帝のひ孫だ。父親は東方の一部地域の領主をしていて、彼もそこで生まれ育っているから、私は会ったことがない」

 ふつうならば、親族の意識はもう無さそうだ。皇族や王族だとあるのかもしれない。どちらも、捨て子であったダナンにはぴんとこないが。

「そもそもは、私の入学とともに長は私が引継ぎ、彼が副長として支えてくれるという約束だった。昨日の乱杭渡りの整備もそうだが、統轄部には広く明かされていない勤めが多くある。それは引継書としてまとめられて、代々の長に渡されていくんだ。その引き渡しを、ほんとうならば入学前にするはずだったのだが、ココンの体調が悪いからと日程が変更になり、その後そのままのらりくらりと先延ばしにされて、まだ引継ぎがされてない」

「それまたなんで」

「6年間ジュロウ学校統轄部の長を務めた、という実績が欲しいんだろう」

 統治者やそれに関する職をめざす人々にとっては、栄えある称号であることはダナンにも想像が付く。

「それなら逆に何故、いま引継ぎを了承したんだろう」

 ココンは5年生だという。あと2年なんとか長を続けたいと思っていたわりに、白旗をあげるのが早い。

「お前と初めて会った日に追い払った襲撃者」

「うん」

 廊下の壁の転移陣から現れた5人の襲撃者。ちょうどその前を通ったので、思わず壁を撫でてしまう。もう、そこにあった魔術はテルに壊されて跡形もないのだろうけれど。

「あれに関してはココンが差し向けたのだろうと私は思っている」

「えぇ」

 ダナンが呆れのような抗議のような声を思わず漏らすと、テルは笑った。

「私が怪我のひとつでもして療養に入れば、ココンが長を続行できる」

「命を狙ってきてたように思うけど」

「怪我だけさせようと襲い掛かるような甘いことでは、傷なんかつけられないだろう」

「それはまあそうか」

「あのあとすぐに、最後通牒のような文面で通知をした。さすがに観念したのか、明日を引継ぎの日に指定してきたというわけだ」

「あれ、一か月前じゃないか。すぐに動かないのも、なんだかなあ」

「それも思ったのだが、理由もつらつら書いてきていたし、渡しの整備はじめ、それまでにやるべきことは先に知らせてきたから、一応信じることにした」

 全体的に、相手はあまり有効な手を打てていないとダナンは思う。彼らがすべきはテル、つまり彼らよりもずっと皇位継承権の高い人物、の入学を阻止する、もしくは2年遅らせることだった。それをしなかったのか出来なかったのかは分からないが、テルが今年入学した時点で勝負はついていたと言っていい。あとの動きは、自分の首を絞めるばかりの知恵の浅い悪あがきでしかない。割り切って副長の座につき補佐をまっとうする方がずっと、周囲から良い評価を受けられそうだが。

「そんなに、大切なんだな。統轄部の長は」

「そんなに大切なのさ。私とて譲る気はない。若いうちから有能であることを証明しつづければ、希望の地位を手に入れやすくなる。デイゲは北方の要所だ。その城主を務めたいという希望を通すには、6年間つつがなくここを治めるくらいのことはできていなければ」

 テルはゆるぎない未来を求めて、今をおろそかにはしない。ダナンは目を細めてテルを見た。

「さて、まずはダナンの入部届を作成しよう」

 統轄部の部屋へ入ってまず、テルが書類を取り出した。引継ぎに同席するのに、統轄部以外の者が立ち会うわけにもいかないので、ダナン。それにテルが6年間、統轄部長を務めると決めているならば、ダナンとしてももちろんそれを補する位置が欲しい。入学時にも、各部の説明をされたときにも、まさか自分が統轄部に所属することになろうとは思ってもみなかったが、否やはなかった。

 名前や所属している組などのかんたんな事項だけの書類は迷うこともなく記入が終わり、ざっと目を通したテルがそれに印を押せば、ダナンは統括部員になったらしかった。

「そういえば、主従の契約も何かある?」

 お互いに約束をしたので、ダナンとしてはそれで十分だ。ただいちおう組織的に、そして立場的に、正式な何かがあるだろう。案の定、テルは頷いた。

「ある。面倒なのが」

「面倒なのか」

「ここではできない。私の宮で手続きが必要だ。早くて夏休みか」

「分かった」

 どういう立場になって、どういう手続きになるのか。疑問が沸くが、質問してばかりだと気付いてダナンはそれを呑み込んだ。少し自分でも調べてみなければならないなと心のうちに書き留める。確か、15歳以下の皇族に従う職位はそこまで多くない。従者も15歳以下だともっと絞られるだろう。調べてからテルと希望をすり合わせねば。

 とりあえず今は、統轄部の方だ。

「統轄部は他に、何人いるんだっけ?」

「例年10名ほどで構成されているが、いまはココンの従者や関係者が多く所属していた。引継ぎ後、ココンと一緒に辞めるだろう」

「そもそもココンという人も、残らないんだね」

 当初の予定では、彼は副長に収まるという話だったので、ダナンが念を押す。テルは躊躇なくうなずいた。

「ああ。正確に言うと、残ってもらう気はない」

 それでは、ココンに付随する人々は残らないし残れないか。

「残るのは3名だ」

「ひとりは、昨日いらしていたトウカ先輩だね」

「そう、彼女が6年生、残りは3年生だ。彼女をはじめ3名先輩方には、ココンとのことに決着が付くまで基本は静観してもらっている。もちろん、引継ぎのないことで学校や生徒に支障がないように最低限の手助けはしてもらっているが。政争のようなかたちにはしたくなかったからな」

 誰がどちらについた、というのは、のちのち尾を引く。

「あくまでココンとテルのいざこざで、テルが丸く収めました、ってことか。了解」

「いざこざなんて、とんでもない。かるい、行き違いだ」

 組んだ両手にあごを乗せ、テルが微笑む。自分に歯向かう前代をねじ伏せて統轄部長の一歩目を踏み出した、ではなく、前代との行き違いによる混乱を速やかに穏やかに収めて統轄部長に就任した、という筋書きを選ぶということか。ダナンは了承の代わりに肩をすくめて見せた。このあたりの機微は、ちゃんと汲み取って養っていかないとのちのちテルの足を引っ張りそうだ。

「さて、明日までに統轄部について叩き込むぞ。しっかり覚えてくれ」

「そうだね。まずは目の前のやれることからやらなくちゃな」

 まずは? と首を傾げたテルに、ダナンはこっちの話、と笑いながら、机に積まれた資料に手を置いた。

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