友人と従者と
視線の先で、教師にあれこれと指示を受けながら動く生徒たちを、ダナンとテルは少し離れて見ていた。テルはもともと実際の作業に加わる予定はなく、さきほど袴とたもとを河につけてびしょ濡れのダナンもしばらく休んでいていいと言われたからだ。
「少し歩くか」
テルに誘われて、岸辺の小高くなっているところへ昇る。眼下に風と日の光を受けてきびきびと動いていく生徒たちを見るのは気持ちがよかった。なにやら真剣な顔をしたイネノは、先輩から渡された魔術符のようなものについて質問をしているようだ。それから袴の裾をまくり上げ、数歩河に入っていく。
「イネノ、大丈夫かなあ。あんまり筋力ないんだよ」
入学の時は、水流の強さに押し流されることを心配してダナンがイネノをおぶって乱杭渡りを通った。武術が好きで鍛えてきたダナンにとって、イネノの運動能力は若干はらはらさせられることがある。イネノはまじめだから、作業を任されて無茶をしないといいのだが。
「大丈夫だろう。整備の手順は確立されている。本人も楽しそうに見える」
「そりゃ、魔法の符はイネノの興味の対象だからね」
整備って言うからのこぎりやらとんかちやら出てくるかと思ったら、魔法陣だもんなあ、とダナンが呟くと、イネノが笑った。
「あの渡しは古代の技術と魔術の粋を集めて作られていて、基本的に壊れたり流されたりすることはない。定期的な整備というのは、まだ使う、という合図のようなものを送るだけだ」
テルは魔術の符を懐から出した。イネノが手にしているのと同じものだ。魔術を習い始めたダナンには分からない部分も多いが、確かに基本は通信などに使う符に似ている。
「合図がない時は?」
「崩れる」
大河と山に守られた、山のなかの学校。入り口は限られ、こうして秘密裡に整備をされる抜け道がある。符をテルに返しながら、ダナンが呟く。
「砦みたいだ」
大軍を送り込みにくい地形は、守りやすく、攻めにくい。学校の建造にしても、塀には鉄砲狭間や矢狭間に仕える穴が開けられているし、校舎や寮は物見やぐらに転用できる位置に立てられている。
「みたい、ではない。砦だ。……この学校には必ず、皇帝の縁者が在籍する手はずになっている」
テルが少し笑う。あまり人にはみせない、にやりとした笑い方だ。分かるだろう? とその目が言っていた。
「なるほど」
もし。万が一。首都に何かが、例えば外敵からの攻撃があって陥落したとして。そこにいた皇帝や一族が討ち取られるようなことが起こったら。
「ここを最後の砦に、在籍者が皇帝になるのか」
「そうだ。それはお互い困るだろうから、平和であるように祈ってくれ」
「了解。祈る以外にも出来ることはあると思うから、なんかあったらちゃんと相談してよ」
「覚えておこう」
「ちょっと引っ掛かる言い回しだなあ」
そこは素直に分かったで良くないか? と思いながら、ダナンはひとつ伸びをした。
「でも、首都をどうこう出来るような外部勢力なんて、今は思い至らないね」
「今はな」
むかしは今ほど権力が強化されておらず、この国はずっと小さく弱かった。外交が発達せずに外敵も多く、魔物や魔獣に蹂躙されることもあった。そういう頃の話なのだろう。
「そう滅多なことはもう首都に起こらないだろうに、ずっと続けているんだな」
「権力者っていうのは心配性なんだ」
「保険はかけとくにこしたことはないか」
首都をどうこうした勢力に対してここで状況をひっくり返すのは難しいだろうが、希望が残されているのは大切なことだ。学校というかたちにしたことで、維持もしやすい。何もしていないような顔をして、ここだけではなく数多に、そういう仕組みを常に動かしているのが国というものなのだろう。穏やかな表情をしているテルのたもとを、風が揺らした。
「それに古から続くものを繋げておこうとするのを、私は無意味だとは思わないよ」
「確かに」
母の社の人とかもそうだなとダナンは思い出す。季節の祭祀、祭りの手順、祈りの作法。意味が忘れられたように感じられても、悪いものでなければ、受け継いでいくことで守られるもののほうが多い。
「そういう場所と知って送り込まれたから、学生らしく生活するのもどうかと思ったんだが」
ここを統治する王としての役割も、テルは持っていたということだ。それは分かる。でも、とダナンが首を傾げる。
「なんで? 学生でもあるんでしょ?」
「お前ならそう言うと思った」
少し顔を伏せ口元にこぶしをあてて、テルが笑う。
「いいよ」
「ん?」
「お前となら出来そうだってわかったからな。友人と主従と」
唐突だな、とダナンは思わなかった。出会ってからの時間はまだ十分ではないかもしれないが、ダナンはテルを信じるに足ると確信しているし、テルもダナンを信じてくれていると感じていた。土台が整っている。あとはふたりで、自分たちにふさわしいかたちを築き上げていく。主従として、友人として。
「オレはあなたの刀。あなたを守り、助け、道を切り拓くことを誓います」
手を組み、腕をあげ、頭を下げる。水の匂いと水の音がする。水は人を脅かすこともある。それでも人には欠かせない。命を守り、生活を繋ぎ、常に必要とされて、そばにある。ダナンはそういうものとして、テルの隣にありたいと誓う。
「エン・テルホ殿下。あなたに忠誠を」
ひとつ、テルが頷いた。差し出したものを正しく受け取られ、ダナンは微笑む。テルはそれに笑い返さず、川面に目をやった。
「さて、最初の仕事だ。明後日、前代の統轄部の長と会う。同席してくれ」
「仰せのままに」
ダナンは胸に手を当てて命を受けた。




