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いったい彼女は「何」なのか

 いただきます、と4人揃って手を合わせた。ふつうだと、毒見などが必要なのかもしれないが、テルは気にせず箸を進めている。

「かんたんな報告と聞き取りだけするつもりが、こんな爆弾発言を受けるとは思わなかった」

「この学校って面白いよね」

「そのまとめ方はどうなんだ」

「なんかダナン、だいたい雑にそれだよね」

「えぇ。感想に文句言われても」

 ダナンに少し呆れた顔をしてから、テルは正面に座るスミとイネノに顔を向けた。

「伏せておきたい気持ちも良く分かるし、この件については私も口外はしないと約束しよう。総轄部は、学生の自由意志を尊重し、後押しをする。純粋に知見を広げたいという思いは、ここにいる誰とも同じだろう。良く学び良く遊んでくれ、級友」

 スミとイネノは顔を合わせて、それから、ありがとうございますと嬉しそうに笑った。テルが上品な仕草でじゃがいもを割りながら、さて、と話を仕切りなおす。

「スミ君と同室になったイリカという生徒だが、1年の名簿には名前がなかった」

「名簿、ですか?」

「統轄部には、全生徒の名簿がある。名前と、組と、出身学校と、入試と学業の結果が書かれただけのかんたんなものだが」

「かんたんかなあ?」

「かんたんだろう。『学校』に関すること以外は何もない」

 家系も年齢も家族構成も。もともと、学業においては家は関係のないことという方針で、学内では名字は名乗らないのだが、名簿でもそれは踏襲されているようだ。

「出身学校がないものは出身地に置き換わるが」

 なるほど、それで自分の出身地を知っていたのかとダナンは納得する。

「つまり彼女は、偽名だったってこと?」

「だが、授業で出欠をとられていただろう? 学校側が名簿と違う名前で点呼を許可するとは思えない」

 スミが汁椀を丁寧に机に戻しながら、首を軽く振った。

「それなんですけど。呼ばれてないんです。呼ばれていないことがおかしいとその時は思えなくて。ダナンはどう?」

「……あれ、確かにそうだね」

 彼女がやってきてから3日。数回スミとは同じ授業を受けている。特に最後の授業などは様子のおかしいスミを心配して、教室に入って来た時から注意して見ていたはずなのに、点呼のときに彼女が返事をしていないことに違和感を抱けていない。

「それと、これが私のところに届いた同室の依頼書です。ここに、彼女の名前と組が書いてあったはず、なんです」

「読めないが」

「読めないね」

 机の真ん中に置かれた紙は、学校からの配布物に良く使われている少し黄色がかった用紙で、学校指定の縁取りもある。ただ、内容の部分は文字のような記号のような何かが羅列されているだけだ。

「これ自体、ちょっとおかしい。見ていると、ぼんやりさせるような効果があった」

「最初から、いろいろと仕組まれていたのか」

「そんなもの食卓に乗せないでよ」

「無効化はしてるって」

 そういう問題ではない気がする。ごはんがまずくなりそうなので、ダナンはさっさとその紙を畳んで脇に置いた。

「さっき、解呪が終わってから、スミの部屋の様子を見に行ってきたんです」

「危ないなあ。待っててくれたら、オレも行ったのに」

 今回の相手に関しては、ダナンよりもスミやイネノの専門なのだろうが、心配は心配だ。

「いろいろ手を講じていったから、大丈夫。さすがに私も、イネノまで付いてて二度も遅れはとらないよ」

 スミがちょっとむっとしたように言う。これはダナンにではなくて、何かに初手付け込まれていた自分に怒っているようだ。学校からの通達を装われると避けるのは難しいと思うのだが。

「それで、彼女は?」

「いませんでした」

「さっと見てきただけではあるのですが、もうひとり住んでいたという気配が全然なくて」

 3日ほどは、いたはずなのに。教室で見ていた時は、彼女は誰で、何が目的なのか、と考えていたのに、だんだんと、彼女はいったい「何」なんだ? という疑問が強くなってくる。

「そして、殿下がおっしゃった、名簿にない、ということ。これらと、僕の見た彼女とを結び合わせて、現時点での所感なんですが」

「ああ」

「彼女は、ふきだまり、の類ではないかと思いました」

「ああ、なるほど」

「ふきだまり?」

 納得したようなテルと反対に、ダナンは首を傾げた。イネノは彼女を評して、「人でない、わけでもないようだし。妖魔や精霊や霊の類にも見えないし」という奥歯にものの挟まったような言い方をしていたのを思い出す。

「たくさんの人々が生きていると、悪い気や想いが吹き溜まって、人に悪影響を及ぼすかたちをとってしまうことがある。呼ばれ方はさまざまだが」

「僕らのところでは、月にいちどは風を通し日をあてる神事をするし、白の女神様にかぎらず、各地であるお祭りや年中行事は、そういうものを祓う面を持っている。掃除だね。人が集まって過ごすって言うのは、そういうことが必要なんだ」

「なるほど」

「地域によって、吹き溜まり方も対処法も、さまざまなんだよね。この学校は、これだけの人数の青少年が、まとまって過ごしている。大きな街みたいなものだ。彼女に対する方策も取られていそうなものだけど」

 テルが少しだけ、眉を寄せた。

「心当たりが、なくもない」

「今回スミから離したことで、彼女自身がすでに消滅、というのかな、おさまっている可能性もありますが」

 人に悪影響を与えるなにかとしてかたちをもったふきだまりの類は、影響力は強いが対抗されればあっさりと収束する面もあるとイネノが補足する。

「少し調べてみる。そちらも経過を知らせてくれないか」

「はい、ありがとうございます」

 御礼を言ってから、あ、と呟く。

「とりあえず、今夜はスミを部屋に泊めたいんだけど、いいかな? ダナン」

「もちろん」

「ありがとう。お邪魔します」

 彼女に掛けられた呪の類は解除済みで、部屋も変わりなさそうというものの、さすがに彼女の行方がはっきりしない今夜、部屋に戻る気にも戻す気にもなれない。部屋に行った際に身の回りの大切なものや必要なものは持ってきたというので、明け方にイネノが祓えを行って、授業にそのまま向かうということになった。

 授業と言えば。

「テルは何組なの? 授業でも会ったことないと思うけど」

「私はどの組にも籍がない。授業は、いまのところほとんど、個人的に教授をいただいている。騒がれるのは嫌いだし、みなの目に認識されないような魔術もできないこともないのだが、だましているようで気が引ける」

「そんなものもあるのか……」

 そういえば、イネノの魔術で硝子に写されたテルの姿は、白い光のかたまりのようなものだった。あれがそういうものなのだろう。

「人の使う魔法なんてオレはいままでほとんど縁がなかったのに、ここだと当たり前にみんな使うし、設備にもいろいろ施されているから驚くよ」

「ダナンが気にしてなかっただけ。魔法って言うのは身近にひっそり役立っているものだよ。数学の数式や調理器具のようにね」

「私に関しては、ほとんど持たされたもののおかげだ。時間と技術と金と力に糸目をつけなければ、神の御業と見間違うようなことを起こせる魔道具が作れるからな」

 さすが、皇子にはそれなりの備えをさせているようだ。スミがそういえば、と口を開く。

「統轄部に伺ったとき、廊下に何だか不穏な魔術の気配がしました。大丈夫なんでしょうか?」

「気付いていたのか。あれは、私に襲撃者を差し向けるためのものだった。もう壊したから大丈夫だ」

 あ、言ってよかったのか。

「は? 襲撃?」

「それって、大丈夫って言います? お怪我は?」

 わたわたと手を伸ばしたイネノたちが面白かったのか、それとも心配されて嬉しかったのか、テルが笑う。

「ありがとう。ダナンがすべて追い払ったから大事ないよ」

「テルも参戦してたでしょ」

 何を自分だけにしてくれているのだ。ダナンは呆れつつ、ふたつの出来事が重なって起こったことに首を傾げる。

「そういえば、あれは彼女のことに関係しているのかな?」

「いや、私への襲撃は通常のことだから気にする必要はない。皇族あるあるというやつだな」

 そんなあっさり言われると反応に困るのだが。3人とも微妙な顔になる。そんなまわりに気づいているのかいないのか、この煮物旨いな、とテルは感心したように呟いていた。

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