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統轄部

 統轄部。独特の書体でそう刻まれた表札が、扉のうえに金色の螺子で止めてあった。「自治」を目指して作られている各部をまとめる存在、この学校の顔とも頭とも心臓ともいえる部だ。追いつけはしなかったが何とか見失わず、スミたちがここに入っていくのを、ダナンとイネノは見届けていた。

「イネノは外で待ってて」

 スミは、イネノを巻き込むことを恐れている。かんなぎを標的にしているのではないかと、警戒しているのだろう。その気持ちを汲んでイネノも直接乗り込まずにダナンに相談してきたわけで。だからイネノは少し不満そうにしながらもうなずいた。

 入り口の鐘を鳴らすと、入室を許可する声があっさりと返ってきた。

「失礼します」

 警戒しつつ入った部屋のなかには、スミともうひとりしかなかった。部屋はかなり広く、絨毯張りの床、手前に来客用なのか打ち合わせ用なのか向かい合わせに椅子が並べられた机が置かれ、奥にいくつか作業用の机らしきものが配置されている。

 いちばん奥の机にスミを連れてきた生徒が、手前の机にスミが座っていた。同居人となった少女の姿はない。ふたりを追いかけるあいだにも彼女の姿を見ることはなかった。寮へ戻ったのだろうか。

 ダナンを見て、スミがほっとしたように、表情を緩めた。

「ダナン」

 それから奥に向かって、友人です、すみません、と断りを入れた。

「スミ、無事? おかしな魔術が使われているって」

 イネノが言ってた、という言葉を飲み込む。スミは分かっている、というように頷いた。

「なんとかふたりに相談したかったんだけど、彼女がなかなか離れてくれなくて」

「今はいないんだね?」

「うん、逃がしていただいたの。荷物を一緒に運んでほしいって声をかけてくれて」

 スミは再度、奥に視線をやる。先ほどは薄いもやに覆われていたようにぼやけていた姿がはっきりと見える。白皙で漆黒の髪と瞳をもつ少年だった。

「悪趣味な術を他の生徒にかけようとしているのを見るのは、気持ちが良くないからな」

 淡々と告げる彼は、筆をおくと立ち上がってこちらにやってくる。

「ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことはしていない。それに手伝ってほしかったのも本当だ。助かったよ」

 スミのまえにはいくつかの本や書類の束が置かれている。何か仕分けをしようとしていたようだ。

「イネノを呼んでもいい? 部屋の前で待ってるんだけど」

「ここなら大丈夫」

「申し訳ありませんが、友人をもうひとり、入室させていただけますか?」

 念のためスミと少年に確認をとり、ふたりが頷いてから、ダナンは廊下のイネノを室内に招いた。イネノは礼をして入ってくると、眉をしかめてスミに近寄った。

「スミ、それは」

 スミの手首をとったイネノが唇をかみしめる。袖に隠されていたスミの細い手首には、ぐるりと黒いアザができていた。

「こんな、呪いを……」

「まだあったのか。すまない、気付かなかった。君はよく気づいたな」

 少年もイネノと同じく、眉をひそめている。善良な人のようだという感想をダナンは抱いた。

「あの、僕は解呪とかは得意なので、それで」

 若干あわて気味に、イネノが言い訳のような説明のようなことを口にする。イネノは良き行いを司る白の女神さまのかんなぎであり、彼には良き白の力がため込まれている。だからどんなに巧妙にかくされていても、手を触れれば良くないもの、悪いもの呪術のたぐいは反発して姿を現すと聞いていた。

「うーん、これ、解くの面倒そうだなあ」

 イネノは、あれして、これして、と脳内で段取りをとり始める。ダナンには「悪いもの」という感覚しかないが、イネノと少年はどういうものか分かっているようだ。たぶんスミもだろうな、と思っていたら、ダナンが分かっていないことに気づいたのだろう。スミが説明をしてくれた。

「彼女から最初に掛けられたのが、これ。呼ばれたら近くに行かなきゃいけない気持ちになる、反抗心を抑える、従順に仕向ける、みたいな魔術の鎖」

「ずいぶんと厄介で気持ちの悪いものだ。友人間のもめ事、ではないようだな? あの生徒は誰なんだ?」

 なるほど、彼は生徒同士が喧嘩でもしていると思っていたのか。スミが簡単に、彼女と同室になった経緯を説明すると、学校から同室の依頼が? と困惑した様子だった。

「それに、彼女は何でこんなことを?」

「わからない。聞いても笑ってるだけなの。部屋に来てからしばらくは、本当にふつうだったんだ。気を許しかけたときに、初めの呪いを掛けられて」

「すぐ相談してよ」

「得体が知れなさ過ぎて、なるべくこちらの情報を渡したくなかったんだよ。ずっとべったりくっついてくるし」

 何より恐れたのは、イネノの存在を知って狙うもの、もしくはそこまで意図的でなくてもイネノを害するなにかではないかということだろう。

「呪いについて抗議をしたら、よく気づいたねと嘲笑って。そこからは隠しもせず、折に触れていろんな呪いをかけてくる。あんなことができるなんて、いったい、彼女、何なのか」

「この他にも呪いを?」

「うん、こっちの場所を把握するものとか、視界を一時的に奪うものとか、行動を遅くするものとか、細かくいろいろ。いくつかは弾いたり解いたりできなくて。でも、これ以外は彼に解いていただいたから大丈夫」

「私が解いたというよりは、この部屋の効果だな。簡単なものなら、悪意のある魔術や呪いの類は弾くようになっている」

 壁を軽く叩きながら、彼が説明をしてくれた。今までの会話を聞いていたのかいないのか、よし、イネノが呟いた。何か確信を得たらしい。

「なんとか、なると思う。とりあえず、この部屋のおかげか効果は抑えられている。僕たちの部屋で解呪しよう」

「そうだな」

 頷きあったところで、あ、仕事、とスミが呟く。

「そんなことは気にしなくていい。とにかく、それを早く解きなさい。君の友人がそれを解ける人でよかった」

「ありがとうございます」

 スミにあわせて、ダナンとイネノも頭を下げる。彼は困ったように、少し首を傾げた。

「ほんとうに私は何もしていないよ。それから話を聞く限り、君の同室者はちょっと捨てては置けないな。落ち着いたら話を聞きたい」

「はい、よろしくお願いします」

「少し仕事を片付けたい。今日の夕方に、君たちの部屋に行っても?」

「もちろん。ご足労をおかけします」

 イネノが部屋番号を告げ、もう一度お辞儀をする。扉へ向かいながら少し何かを考えていたスミが、ダナンの袂をひいた。

「ダナン、お願い。彼をひとりにしないで。できれば彼の仕事が終わったら、一緒に部屋にきて」

 鋭く囁かれた言葉。事情はさっぱりわからないが、スミの真剣な表情に、ダナンはすぐに頷いた。イネノにも聞こえていたらしい。こちらもひとつ頷きあうと、ダナンは立ち止まった。私の杞憂ならいいんだけど、という小さなつぶやきだけ残して、スミとイネノが部屋を後にする。

 扉が閉じるのを見届けてからダナンが振り返ると、ひとり残ったダナンを不思議そうに見ている顔と目があった。

「スミの代わりに手伝います」

「いや、あれは方便で」

「仕事があって助かるのも事実、なんですよね。友人を助けていただきました。オレに出来ることは少ないかもしれませんが、お願いします」

 ダナンが頭を下げると、彼は困ったように目を逸らす。それを肯定ということにして、ダナンは机に近づいた。

「何から始めましょう?」

「敬語はやめてくれ」

「ですが」

「私は君と同学年だ」

「一年で、統轄部に?」

「知らなかったか? 諸事情でね」

「へえ、そういうこともあるんだ。大変だね」

 各部はいろいろ特色があると聞くが、ダナンをはじめ1年はまだ知らないことが多い。少しだけ、彼は面白そうな顔をした。手にしていた書類を机に置いて、ダナンを見上げる。

「私はテルという。きみは?」

「5組のダナン。はじめまして」

「ダナン? デイゲの出身?」

「そう。良く知っているね」

 イネノたちは知っているが、それ以外に出身地のはなしはしていない。不思議に思っていると、それを察したのかにやりと笑った。

「統轄部は、簡単な生徒の名簿を見られるからな。デイゲの出身者は珍しいから覚えていた」

「へえ。まあ、そもそも人の少ないところだからね。でも、いいところだよ」

 テルはしばしダナンを値踏みするように見ていたが、やがてスミのやりかけていた仕事の説明をし、さらに手元を整理して何枚か書類を差し出した。教室の使用申請書や、来客の一覧、学外の活動の報告書など、生徒がまとめるには不思議な事務書類が多い。

 それらにも簡単な指示をもらって、ダナンはそれを処理していく。量は多いものの、印鑑を押すだの数字を合計して書き写すだの、考えずに手を動かすだけのものや、少ない説明で取りかかれる作業を選んで振ってくれるおかげで特に苦しむこともなく進められた。日暮れごろになると、彼の仕事も一区切りしたらしい。ここまでにしよう、と立ち上がる。

「ありがとう、助かった」

「どういたしまして。本当に簡単なことしかできなかったけど」

「それでも君がやってくれなければ時間を取られる」

「他に統轄部の人はいないの? 先輩とか」

「所属しているものは他にもいるが、今は諸事情で基本的に私ひとりだ」

 諸事情、多い。大変だな、と無難に返して、ダナンは伸びをした。書類仕事、と言っていいのか迷うほどのかんたんな作業だったが、学校のしくみのあれこれを知れることもありなかなか興味深かく楽しかった。

 そういえばスミの警告のようなあれは何だったんだろうか。特に何もなかったが。そんなことがちらりと頭をよぎったが、まあ何もないのは良いことだし、恩返しのようなことが多少なりともできてよかったと結論付ける。机のまわりを片付けて、ダナンは鞄を手に立ち上がった。

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