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本と図書館

「緊急招集です」

 その日の夕食後、そう言ってイネノはスミを部屋に呼び出した。やってきたスミにダナンがお茶を淹れるあいだに、イネノがぺしぺしと机を叩く。

「さてスミ、会議です。お座りなさい」

 スミが素直に、イネノの向かいに座った。居住まいを正しているイネノに、スミも不思議そうにしながら倣う。

「僕らがここに入学して2週間が経ったね」

「うん」

「今日で、自分で選択した授業での1週間を無事受け終えたわけだ」

「うん」

 こくこくと頷くスミに、イネノが笑いかける。非常に穏やかで可愛らしいとすらいえそうな笑顔のはずなのに、なんとなく黒いものを醸し出していた。まあそれもそうだよなと思いながら、ダナンはイネノの隣に静かに座る。邪魔にならないようにそっと湯呑をそれぞれの前に置いた。

「なんで一度も授業でスミに会わないのかな?」

「なんでって?」

「1年のうちは、午前は組ごとに受ける必修授業、午後は組に関係なく自分で選ぶ選択授業。だから午前に会わないのは当たり前なんだけど。1年の取れる授業の種類的に、午後に1教科も被らないなんて、あるわけないんだよ」

「実際、オレとイネノは日に1回は同じ選択授業をとってる。でも、オレもイネノも、スミには会ってない」

 それから、相談してきてくれた、アケビも。彼女はスミと同じクラスで、選択予定の授業についても話したことがあるらしい。それなのにいざ授業が始まってみると、午後に一度もスミに会わないので、たいそう心配していた。

「ああそういう意味? 今週は私、ほぼ午後の授業出てないからだね」

 深刻な様子で話しかけていたイネノとは反対に、スミはあっけらかんと言い放った。動揺で湯呑に手をあててしまったイネノに、気を付けてと注意をする余裕すらある。

「いやいやいや、なんで? なんで授業に出てないの? ここ学校だよ?」

「図書館にいるから」

「あぁ~やっぱりそれか」

 悲鳴のような声で頭を抱えたイネノに、スミは首を傾げた。何か不思議なことを自分は言っただろうか、というように。

 図書館。今週から1年生も入館が許可された施設だ。地上5階、地下も5階という珍しい建物で、面積もかなり広い。月曜日にひとつの必修授業が図書館案内に当てられて、組のみんなと案内を受けたのだが、帝都の中央図書館の次に大きいと自負している通り、大量かつ貴重な書籍も多数所蔵され、それでいて勉学などにも使いやすいような建物になっていた。

「ここの図書館、面白いよ。建物の構造も面白いし、分類や管理が丁寧だし、読んだことない本もかなりある。今週通って、やっと全体像がつかめてきたところで」

 楽しそうにつらつらと話し出すスミを、イネノが片手をあげて押しとどめた。

「出たよ、『本の子』」

 本の子? とイネノの嘆息にダナンが首を傾げる。

「私のあだ名だよ。私のいちばんはじめの記憶は、オウミの書、第7章5節」

「は?」

 建国神話にまつわる書名が出てきて、ダナンは思わず間抜けな声が出た。

「気付いたら、神殿にある図書館でオウミの書を読んでいたの。天源館発行の初版だったな」

「司書のひとりが夜警中に、書架に灯りがあるのを不審に思って近寄ったら、書架のあいだの床に大判の建国神話を広げて自分の魔法で灯りをつけて、夢中で読んでいるスミがいたんだって」

「5歳くらいじゃないかってはなし。親のことも自分のことも何も分からなかったんだけど、彼が私を引き取ってくれて、スミって名前も父が付けてくれた」

 くすくすと、声を立ててスミが笑う。

「父さんがね、お前は本の子なんだろうねってよく言うの。本が好きで読みたくて、本棚のあいだからぽろっと生まれてきたに違いないって」

 なるほど……。とりあえずスミの特殊な生まれと、本と図書館が度を越えて好きであろうことは理解したが、いまの問題はそこではない。ダナンは状況を確認するために口を出した。

「話を授業のことに戻すけど。午前の必修は出てるのか?」

「うん、図書館が開くの、平日は午後からだからね」

「そういう理由かあ」

 他の学年も、午前のうちは必修の授業が行われることが多い。図書館の平日の開館時間は午後から夕方までが基本だった。

「スミ、留年する気? 必修だけじゃ進級に必要な単位に足りないよ」

「なんで? だって試験を受ければいいんでしょ?」

 相変わらずけろりと言い放つスミに、イネノはまたも頭を抱えた。

「ここは僕らの居た、特別扱いしてくれる学校とは違うんだよ。出席日数が決められている授業がほとんどだし、授業によってはそれを満たしていないと試験さえ受けられない場合だってあるし、毎度の出席を単位として試験はない場合もある」

「そうなの?」

「そうなの! それぞれの授業説明で言ってたでしょ!」

「そういえば、そうだったかも」

 もうため息もでないよ、とイネノが呟く。イネノはうっかり、スミはぼんやりと言われていた、というはなしを思い出しながら、ダナンがまた横から口を挟む。

「スミ、それでどうやって履修表を出したんだ?」

「あ、履修表の提出、そうか、え、出した、出したよね?」

 イネノの方がおびえつつ焦りだした。

「出したよ。なんだろうこれって見てたら、前の席の人とかが一緒に作ってくれた」

「うぅ、良い人がいてよかった」

「履修出来てなくて留年の可能性もあったのか」

「そんなの前代未聞でしょ、学校の歴史に名を刻んじゃうところだった……履修表、いま持ってる?」

 頷いたスミが、鞄の奥底から書類を引っ張り出してきて机のうえに乗せた。ダナンが湯呑を端に寄せ、イネノがおそるおそるそれを開く。ダナンはそれを横から覗き込んだ。

「へえ、ちゃんとスミに合うように、計画的に履修されてるみたいだな」

「スミ、履修計画作ってくれた人に、よーくお礼言って。名前分かる?」

「えっと、アケビと、あとちょっと髪がぼさぼさの男の子」

 軽い返事が返ってきて、イネノが深々とため息を吐く。

「……月曜の朝、そっちの組に行く。僕からもお礼を言って、スミのことを頼むようにする」

 ここにきて、どちらかと言えばイネノがスミの面倒を見ていた、というはなしに信ぴょう性が出てきている。ダナンは少し笑いそうになるのを堪えた。

「アケビが、スミを午後の授業で全然見かけないことを心配してオレたちに話しかけてくれたんだ。それもお礼を言った方がいいよ」

「うん、わかった。アケビって、優しいね」

「最初はどうなるかと思ったけど、親切な生徒が多いよな」

 入寮してからこちら、級友に嫌な思いをするようなことはほとんどない。賢明で人への思いやりをもった人間の方が圧倒的に多い。

「入寮試験のとき、だれも挨拶すら交わさずに走りだしたから、ぴりぴりした人が多いのかって心配したんだけど」

「こちらと同じなら、最初の試験のときは、説明をした先生が、混乱や興奮を促すような魔法をかけていたからだね」

「え」

 あっさりとスミにそんなことを言われて、ダナンは驚いた。

「あれは思考能力が落ちて、好戦的になって、盲進していたんだよ」

 挨拶でもとのんびり辺りを見回したダナンと転んでうずくまっていたイネノ以外、みんな一心不乱に森に駆け込んでいった、あれ。

「禁止されている魔術とは言わないけれど。むかしの戦の時なんかに重宝された、今はあまり他者にかけるのは推奨されない魔術だね」

「考えて見れば、ふたりで試験を終えたってことは、最初の魔法を防げた、ただモノではないふたりだったってことだよねえ」

 イネノの説明に、スミがそう付け足す。水の加護が、ダナンの知らぬ間に魔法から守ってくれていたらしい。いよいよ母に御礼を言わねばならないとダナンは思う。

「誰もかれも突撃していくなんて、変だと思わなかった?」

「いや、さすが帝国随一の学校、みんな向上心にあふれているんだなあ、と」

「……ダナンもけっこう、ぼんやりだよね」

「ダナンは、ぼんやりというかのんびりなんだよ」

 イネノの訂正に、ああ、とスミが苦笑する。スミはぼんやり、イネノはうっかり、ダナンはのんびり、か。

「完璧な人間などいない、補いあうのが大切だって、女神さまもおっしゃっている」

 これは、大丈夫なやつだろうか、と思ったのはダナンだけではなかったらしく、噛みしめるようにイネノが言う。それから、ぽん、とひとつ手を打った。

「とにかく! いま問題なのはスミの出欠!」

「問題と言っても、来週から休まなければいいだけのことだけどね」

「いやほんとうに、そう。授業にちゃんと出る。これだけ。いいね?」

「でも、図書館……」

 恨みがましい目で見られて、ダナンが苦笑する。

「あのね、スミ。オレたちは、図書館に行くなっていってるわけじゃないよ」

「そうそう。図書館は、放課後と休み時間と自習時間を使っていきなよ」

「図書館、面白いのに」

「授業も面白いって」

 ダナンとイネノはかんたんに、スミの履修表を見て自分たちが出席した授業の今週やったことや面白かったことを話した。歴史学、宗教学、精霊学、魔法科学、薬学……。先週は、試験や出欠についてなどの説明をしていた授業も多かったが、今週はみな、導入に入っている。

「こうやって話してみると、僕らと同じ授業も結構多いね」

「印をつけておくか」

「いいね」

 自分たちの授業表を取り出して、それぞれの出席する授業を書き写す。スミは、ふたりの名前が書かれた授業の枠を、ひとつひとつと指で辿った。

「心配かけてごめんね。ありがとう」

 反省したらしいスミに、今度はイネノが困った顔をした。あのさ、小さく呟く。

「スミが付いてきてくれて、僕は心強いし、楽しいし、感謝している」

「何、改まって」

「でも、スミにとっては、望んで入学したわけじゃない。僕がランカン以外の学校に行きたいって言いださなければ、ずっとあの神殿の図書館に居られたわけだし。だから、申し訳ないとは思ってるし、これこそ、僕のわがままなんだけど……僕はスミといっしょに勉強して、進級して、卒業したい」

 スミが長く息を吸って、首を横に何度も振った。

「授業や学校が嫌なわけじゃないの。図書館が楽しくて、いろいろ他をないがしろにしちゃって、心配もかけて、不安にもさせて、ごめんなさい。もう、しません」

 スミがイネノに頭を下げる。先日とは反対だ。ふたりは今までもこうやって、きちんと会話をして、自分の気持ちを伝えて、悪いと思ったら謝って、やってきたのだろう。幼なじみだからと甘えすぎないところが良いと、ダナンは思う。

「確かにイネノが来なかったら私もここにはいなかっただろうけれど、行けって誰かに強制されたわけじゃないよ。話をもらったときに、イネノといた方が楽しいし、最高府に興味があったから、自分の意志と力で試験を受けて、ここに来たんだよ」

 一緒に学生生活を過ごして、卒業する。請け負ったスミに、イネノがほっとしたようにうなずき返した。

「それに良い図書館にも出会えたしね。来てよかったぁ」

「結局、そこか」

 思わずダナンは突っ込んでしまった。まあ楽しいなら何よりか。本心から言っていることは明らかなので、イネノは安堵したようだし。

「スミは、図書部に入るの?」

「うん、そのつもり」

 ジュロウ学校は、学校生活の柱として「自治」を掲げていた。教員や職員はもちろん多数いて生徒たちを助け導いてくれているのだが、それとは別に、生徒自身も自らを治めるようにという方針だ。曰く、「経営と教育以外は、自分たちで学校を維持していると思えるくらいになってほしい」とか。

 その方針の具体的なもののひとつとして存在するのが「部」で、1年生も希望すれば入学後2か月経過時点から入部が可能だった。いちばんわかりやすいのが、寮、図書館、武道場、庭園などの場所に紐づき、維持管理をする各部。担当の職員もいるものの、その場所をどうして行きたいか、という裁量はその部の生徒に大きくあるという。

「それなら尚更、勉強も態度も良くしておかないとね。図書部がどうだかは知らないけれど、成績優秀じゃないと入部できないところもあるらしいよ」

「え、そうなんだ」

 案の定そこは知らなかったらしく、スミはもう一度改めて、ふたりに礼を言った。ぜったい入部する、とスミは目を輝かせている。目標があるのは、いいことだ。

今度3人で一緒に図書館に行こうと約束をすると、スミは嬉しそうに頷いた。

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