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改めて、よろしく

 しっかりとイネノが反省していると見たのか、スミはまた少し表情をやわらげた。

「正直言うと、ダナンが事情を知っていてくれているのは、私としてもありがたいし心強いんだよね。私も付き人として力量不足は感じていて。組も分かれてしまったし、この学校だと四六時中はりついているのは難しい。それなのに、本人のこの迂闊っぷり、怖いでしょ」

「それは、まあ」

「ダナン以外には気を抜いてないってば!」

「はいはい。ダナン、あとはよろしく頼むね。イネノを支えてやって」

「いやいやいや。できることはするけどさ」

 あっさりと丸投げしてこようとするスミに、ダナンが苦笑した。かんたんに了承するにはことが大きすぎるし、かんなぎのことを知らなすぎる。

 ダナンの住んでいたデイゲ直轄領には、神殿はない。もちろん国を守る神たちの知識はあるし、信仰まではいかなくても、何かの折には手を合わせていた。首都には各柱の支社があり、その縁日に参拝したこともある。ただ逆に、そのくらいしかつながりがないとも言えた。

「まさか友だちが巫だったとは、学校って面白いよな」

「何その感想」

 ダナンもちょっとずれてるよねと、スミが珍しく声を立てて笑った。

「もっと早く話せればよかったんだけど」

「全てを話すことが誠実さだとは思わないよ。というか、イネノの場合、言わないのは賢明だと思うけど」

「うん。でも、ダナンにはちゃんと伝えたかったんだ」

 思い切り伸びをして、イネノが晴れ晴れと笑った。

「これでふたりの時は何も気をつかわなくていいや」

「今までも使ってるようには見えなかったけどね」

 スミが斬り捨てるのに、抗議しようと思ったのかイネノが一瞬口を開いたが、今までの行動を思い返して反論できないと思ったのか、結局黙った。

「とにかく、昔のはなしも故郷のはなしもできるし、楽しみだな。いろいろダナンに聞いてほしいんだ、女神さまのこと、ランカンのこと」

 そう言ってイネノが笑った。スミに報告と謝罪を終えて許しも得られた解放感からか、にこにこと団子を口に運んで、これおいしいねぇ、と和んでいる。

「確かに、なんでもはなしができるのは楽しいかも」

 満天の星空と、それを写す黒檀色の湖のあいだで、おっとりと微笑む銀色の姿を、ダナンは思い描く。母のはなしをしたいと思える友人に入学早々に出会えるなんて、幸運なことだ。

「オレも言ってないことがあるんだけど、聞いてほしいな」

 言わない方がいいと学校長と約束はしたが、それはダナンが円滑に学校生活を送るためだ。ふたりに素性を話すことが日々や何かに支障をもたらすとは、ダナンは思えなかった。むしろきっと、楽しい。イネノもそう感じて、ダナンに話すきっかけを探してくれていたのだろう。

「え、僕らが事情を話したからって、気にしなくていいんだよ」

「うん、イネノのうっかりに付き合うことないよ」

「違う違う。べつにイネノみたいにばれたら何かあるようなはなしじゃなくて。まあべらべら話すほどのことでもないかなって程度のことなんだよ」

 顔を見合わせたイネノとスミが、じゃあ、とうなずく。どこから話すか少しだけ迷って、ダナンは口を切った。

「オレが北端のデイゲの出身っていうのは、言ったよな」

「聞いたよ。皇帝の直轄地だね」

「デイゲは良くないものが噴き出しやすい地域で、魔物や害獣が多いし、土地も痩せている。そもそもが古代に対立していた隣国に対する防人が派遣されて始まったような州で、今も良くないものを防ぐための緩衝地域という意味合いが強くて、なかなか、人間が生きていくのに優しいところとは言えないんだけど」

 だから、人口は少ない。でも、デイゲの人々は強くて優しいし、景色はとても美しいところが多いんだよ、とダナンは思わずとりなすようなことばを添えてしまう。

「で、デイゲの中心地近く、ふかいふかい森の奥に、大きな湖があってね」

「天鏡ヶ浦だよね、星見の御君がいらっしゃる」

「そうそう、オレはその、湖の星見の息子なんだよ」

 イネノが手に持った団子を落とすというべたな反応をし、スミがえぇ、と小さく声をあげた。

「太古より存在しているといわれる、北端デイゲ直轄領天鏡ヶ浦の精霊。強大な力を持つ近隣の精霊たちの女王でありながら、人語を解し広く人と交流し知恵を授けと力添えを惜しまぬ点からも稀有な存在である。特にその湖に星を映して天地のことを占うことに長け、四季ごと星見の結果を国に伝えている。社は雲切山麓のシテン村」

 辞書に載っていそうなことを、スミがすらすらと口にしてみせた。さすが一般試験を経てきた秀才だ。これで合ってる? という視線を向けられたので、ダナンはばっちり、と頷きを返した。

「が、御母堂?」

「うん。あ、育てのね。オレは人間だから。赤子のときに湖のあたりに捨てられていたらしくて、拾って育ててもらったんだよ」

 うわぁ、とふたりの声が揃った。

「あ、じゃあ、ダナンのそのものすごい御加護って星見の御君の御加護ってこと?」

「齢数百年を生きる大精霊の御加護か……、納得かも」

 話したことはなかったのだが、スミもダナンがまとう加護に気づいていたらしい。

「スミにも分かるんだね。そんなに分かりやすい?」

「逆、逆。全然分からないの。入学式のまえに魔法の基礎を一緒に勉強したじゃない? その時お手本で何度か見せてるときにダナンからやんわりとした抵抗みたいなのが返ってきて、やっと、何か護符でも持ってるのかなって気付いた」

「何かを強烈に弾くというよりも、とても自然に纏っているんだよね。そこがまたすごい。普通は無理」

 まとめると、良く分からんのがすごい、ということだろうか。良く分からん。とりあえずダナンは考えることを止めた。魔法を学んでいけば、そのあたりも分かるようになってくるだろうか。

「というか、湖の星見の子って」

「剣術大会荒らし、だよね」

 剣の真似なのか、イネノが団子の串を振ったので、スミがお行儀悪いよとたしなめる。

「……それはちょっとあんまり嬉しくない名ではあるんだけど、まあ、そう」

 しぶしぶと、ダナンが頷く。まさか、武術にも外界の出来事にも疎そうなこのふたりがその名前を知っているとは。剣術はじめ武術が面白くなってきたころに、ダナンは母の勧めもあり各地で催されている剣術大会にいくつか参加したことがあった。べつに荒らしたつもりは毛頭なく、普通に申込普通に参加し普通に試合をしただけなのに、連続で優勝したために大会荒らしと噂されるようになってしまったのだ。

「あちこちから、お抱えの打診があったんじゃない?」

「それこそ、なんでこの学校に」

 ダナンはかんたんに、母の星見で言われたことを説明した。イネノが、首を少しだけ傾げた。御母堂が間違っているとかそういう意味じゃないんだけど、と前置きをして、ダナンの目を覗き込む。

「ダナンはさ、それでいいの?」

「うーん、オレ自身はなるべく湖にいて母の助けになりたいし、誰かに仕えるとか向いてないんじゃないかなーとも思うんだけど」

 それでも。母の白い指が示した星。その光を見たとき、焦がれたのだ。

「会ってみたいんだ」

 いまは、それだけが確か。ダナンの答えに、女神に仕えることを決められた少年は、凪いだ表情で、そう、とうなずいた。想いは、零か百かには分かれない。きっとイネノも、悩み乗り越え呑み込みなんとか受け入れたような想いもあって、それでも巫としてここにいるのだろう。

「この学校のなかから、探し人って、大変だね」

 声の調子を少し明るくしたイネノが、6学年あって、先生がいて、関係者もいて、と指を折って数える。

「『大会荒らし』が負かした人なら、すぐ見つかるんじゃないの」

 からかうようにスミに言われて、ダナンは顔が引きつりそうになった。

「あのさ、いちおう言っておくけど、だれもかれも無慈悲に叩きのめしたみたいな噂が独り歩きしてるけど、そんなことしてないからね……?」

 対戦者全員の腕を折ったとか、予選の相手がみんな土下座したとか、あんまりにもあんまりなことを噂されている場面に遭遇し、どうしてそうなったと頭を抱えたことがある。

「それにもし対戦相手がここにいたとしても、大会では面をつけていたからオレだって分からないよ。顔は売るな、名前は売っておけ、って方針だったから」

 大会に出る時、ダナンは母の紋を染めた特製の面布をして、体形の分かりにくい服を着ていた。いま思えば、人探しのあいだは動きやすく、仕えるべき人に巡り合えたときには、無下にされないようにという意味合いがあったのだろう。その時点で彼女がどこまで予知していたのかは分からないが。

「まあとにかく、オレの事情はそんな感じです」

 雑にまとめると、イネノとスミから拍手をもらった。何の拍手だかまったく意味は分からないが、とりあえず受け入れてもらえたことだけは分かったので、ダナンはぺこりと頭を下げる。

「改めて、よろしく」

「うん、よろしく」

「協力してがんばろう」

 なんとなくそれぞれに握手をして、なんだこれと3人で一緒にふき出した。

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