入寮と幼なじみ
早朝からの山歩きは、昨日よりも捗った。朝起きたイネノが、筋肉痛になったと呻きつつ生まれたての小鹿のような動きをしていたのでダナンは心配したのだが、軽く体操をして体を温めると収まったようだ。山道にも慣れたらしく、かえって昨日よりも歩くのを苦にしていなかった。
与えられた食料と昨日集めた食材は、朝食と軽い昼食で食べ切った。さて今夜も野宿になるのかどうかと考え始めた辺りで、道にぶつかる。最初のけもの道などとは違う、馬車でも通れそうな、明らかに作られた道だ。うねうねと登っていくその道をしばらく進んだ先に見えたのは、石垣と門。やたらと立派な門の横には、天幕がひとつ張られている。そのしたには机があり、男性が座っているのが見えた。
「着いた、みたいだね」
「うん、お疲れ」
ダナンとイネノは拳を合わせる。ずいぶんとあっけないように思えたが、昨日がいろいろありすぎただけかもしれない。
「こんにちは。新入生ですね」
眼鏡をかけた温厚そうな男性が先に声を掛け、目じりに皺を刻むようにして微笑んだ。ふたりが挨拶を返すのを、穏やかに頷きながら聞いてくれる。
「ようこそ、ジュロウ学校へ。僕は寮などの管理を担当している職員です。良く辿りつかれましたね。怪我や体調が悪いなどはないですか?」
「ありません」
「僕も大丈夫です」
「それはよかった。ではまず、事前に配布した袋を回収させてもらいますね。中身はお持ちいただいてもかまいませんよ」
そう言われても、食料は食べてしまっている。でもまあ記念にと、ダナンもイネノも水筒と火打ち石はもらうことにした。
「それから、名前をここへ書いてください」
渡された手のひらくらいの大きさの紙に、ダナンとイネノは言われるがままに名前を書く。男性はそれを受け取るとそれぞれの袋にしまって、蓋の付いた乱れ箱のようなものに収めた。箱の蓋を閉めた瞬間、何かが光った気がする。
「では次に、寮の部屋を決めてください。寮は学年ごとにひとつで、君たちの代の寮は、梅枝寮という名前です。そしてこれが、君たちが6年間を暮らす寮の部屋割りです」
彼は机に貼られた大きな見取り図を指さす。「梅枝」の文字と梅をモチーフにしたらしい記章が右上に書かれていた。
「しるしのないところがまだ空室です。何か問題が起きればもちろん相談には乗りますが、基本的には部屋替えは不可と思って選んでください」
寮は6階建てで、羽を少し寄せた風車のようなかたちをしていた。風車の留め金にあたる部分が共有棟で、五角形のそこは一面が玄関と窓、のこりの四面が各棟につながっている。羽にあたるのが、男子用2棟・女子用2棟の合計4棟。このかたまりを、ひとつの寮とみるらしい。各棟のつくりはすべて同じようだ。どの階も部屋の数は3つで、最上階がひとり部屋。その下にふたり部屋と4人部屋が2階続き、1階は5人部屋。つまり、同じ広さをひとりで使うものと5人で使うものがいるということだ。
(けっこう、待遇に差をつけるんだな)
学び舎というのは、ダナンが思っていたより優しくないようだ。イネノが印のついているところを、ぽつぽつと指さす。
「もしかして僕ら、けっこう早く着いたのかな?」
「確かに、まだほとんど埋まっていないな」
全部で6室しかない男子用の個室は埋まっていたが、ふたり部屋は広いところもまだ空いている。さてどうするかと、ダナンは悩む。大人数は落ち着かないが、誰と相部屋になるか分からない状態でふたり部屋にするのもどうだろう。気の合わない人とふたりきりになるのだったら、いっそ大部屋の方が楽かもしれない。同じ考え方なのか、4人部屋にもぽつぽつと入室の印が見られた。
「ねぇダナン、よければふたり部屋で同室にしようよ」
思わぬイネノの提案に、え、と聞き返してしまう。
「オレはうれしいけど、イネノは幼なじみと同室にならなくていいのか?」
「あ、言ってなかったっけ。幼なじみは女性なんだよ」
なるほど、寮の部屋は性別ごとに分かれている。それでは同室にはなれない。では、と景色のよさそうな5階の1室に、ふたりで入ることにした。
「改めてよろしくね」
「こちらこそ」
男性がふたりの申告を受けて、同じ部屋に丸い印をふたつ付ける。それぞれに、表に梅の紋、裏に部屋番号の刻まれている木札の付いた鍵が渡された。持ち手には飾りはなく、簡素なものだ。
「寮の部屋の鍵ではないか」
ダナンのつぶやきに、イネノが頷いて応える。ふたりの脳裏に浮かんでいるのは、昨夜拾った柘榴石の付いた鍵だ。鍵は、ダナンが受け取って以降、少なくともダナンの耳には呻き声ひとつ聞こえず、ずっと静かなままだった。学校に近づいてから一度取り出してイネノが呼びかけたが、応答はなかったらしい。
「ではここでの受付は終わりです。今から寮に向かってください。ほかの建物は立ち入り禁止ですから注意してくださいね」
そう複雑でもない寮までの道を教わる。寄り道せずにまっすぐに向かい、玄関を入ったところが待合で椅子が並んでいるので、そこで待っているようにと重ねて注意をされた。そこで詳しい寮の説明があるらしい。
「あっ! 君たち、ちょっと」
お礼を述べて寮へ向けて踵を向けたところで、慌てたように呼び止められて、忘れ物でもしたかとふたりで振り向く。彼は先ほどダナンとイネノの袋を収めた箱を開いて、蓋の裏を指でなぞっていた。しばらくしてから顔をあげて、ふたりの目をそれぞれじっくりと見つめる。
「この試験中のことは、他言無用でお願いしますね。道中のはなしは、友人同士でもしないように」
今までの柔らかい雰囲気が嘘のように、厳しい表情だった。ダナンとイネノは顔を見合わせてから、良く分からないながらも素直にうなずいた。
「ああやって念を押しておくから、新入生は何も知らず集まることになるんだね」
「べつに抜き打ちでやらなくてもいいと思うけどなあ」
「咄嗟の判断とかが見たいとか?」
そんなもんかね、などと話しながら、ふたりは学校内の道を進む。相変わらず人気はない。門からの道は木々の配置によって、建物が良く見えないようになっていた。いくつかの角を折れて辿りついた寮も、背の高い生垣で囲まれている。
入り口の門柱には木札が打ち付けられていて、黒々とした墨跡で「梅枝寮」と書かれていた。建物は洋風で、石造りの階段を数段上がったところにある両開きの扉は、飾り硝子が嵌められ金のノブが光っている。入った先は緋色のじゅうたんが敷き詰められ、布張りの椅子と机がいくつか置かれていた。新しい建物なのだろうか、さいきん都ではやっているという異国風の意匠が、建物自体だけではなく内装にもふんだんに取り込まれているようだ。
すでに待合にいた数人の生徒の視線に会釈を返しながら、イネノがあちこちに視線をさまよわせた。
「僕の幼なじみ、紹介するよ。たぶんもういると思う」
「うん、いるよ」
後ろから肩を叩かれて、イネノが首をすくめた。イネノと同じくらいの身長の少女が微笑んでいる。
「び、っくりしたあ」
気配を消さないでよ! と抗議するイネノに、少女は首を傾げただけで何も答えなかった。耳元に付けている銀色の装飾品がさらさらとゆれて光る。気配を消していたというよりは、普通にしていたら気付かないくらい、彼女の気配がイネノにとって当たり前なものすぎるだけの気もする。気を取り直すように、イネノがひとつ咳ばらいをする。
「ダナン、こちら幼なじみのスミ。スミ、ダナンは集合場所で一緒になって、一緒にここまで来たんだ。僕の、友だちだよ」
ゆっくりと、少女が首を傾ける。癖なんだろうか。髪がさざ波のように流れ、装飾品もまた揺れて光った。
「友だち?」
「そう!」
力強く頷いたダナンをじっと見て、少女はひとつ頷き返した。
「そうなの。よかったね」
少女は、ダナンに手を差し伸べた。ほとんど無表情だが、大きな黒目がちの瞳のせいかまとう柔らかな空気のせいか、不愛想やつっけんどんには感じられない。肩より長い黒髪には、何筋か白銀の束が混ざっている。
「はじめまして、スミといいます」
「ダナンです。はじめまして」
「よろしくね、ダナンくん」
「呼び捨てでいいよ」
「ありがとう。私もスミと、そのまま呼んでくれると嬉しいな」
じっと、スミがダナンの目を覗き込む。何かを探しているように。不快なものではなかったので、ダナンは好きにさせておいた。しばらくのち、スミは何かに満足したように目をそらし、手も離した。
「私たちも、友だちになれそうだね」
「うん、よろしく」
落ち着いているスミはイネノより年上に見えたが、微笑むと少女らしさが増す。同い年くらいかもしれない。
「イネノたちも、森を超えて寮を目指すように言われたの?」
「え、うん」
「出発地点がばらばらなだけで、みんな同じだね」
着いてからこの広間で何人か会話をしたのだというスミに、ダナンとイネノは首を傾げた。
「試験中のこと話したらだめだって、受け付けてくれた人に注意されなかった?」
「特にされなかったけど。イネノたちはされたの?」
頷くと、今度はスミがまたふうん、と首を傾げた。
「まあ、私はとくに話すようなことないからかもね。森の道は迷うようになっているんだなと気付いたあとはだいたい飛行でなんとかしてきただけだから」
「そんなことできるんだ」
「できないよ。スミは規格外だから……」
イネノが間髪入れずに、どこか呆れたように否定する。
「イネノが魔法の特別入学って聞いたけど、スミも?」
「ううん、私は一般入試。魔法はちょっと得意なだけ」
イネノの反応を見るに、ちょっと得意、で済まなさそうな気がする。一般入試で課されるのは学術分野のみだったから、スミは魔術も学術も秀でていることになる。
その場にいた他の生徒とも簡単な挨拶を交わしているうちに、寮の管理人のひとりだという女性がやってきた。どうやら数人集まったら説明と案内をするらしい。ぞろぞろと彼女のあとをついて寮全体の案内を受け、生活に必要なもろもろの説明をされて、入寮は完了。入学式までは寮と周辺でなら自由に過ごして良いということだった。といっても、あと6日ほどしかないが。
スミは最上階のひとり部屋を手に入れたらしい。
「それでも、いちばんじゃなかったよ。男子の方はちゃんと見なかったけど、女子の方はもういくつか埋まっていたから」
「男子もひとり部屋は全部埋まってたな」
一緒に説明を受けた人数よりも、埋まっていた部屋の人数の方が多そうだ。ダナン達は第2陣か3陣というところだろう。何人かとは自己紹介をしたが、誰がどの部屋か聞きあうほどに交流を深めることなく、解散していた。みんなそれなりにそれぞれに疲労していたからさっさと休みたそうだった。もちろんダナンたちもそれは同じだが。スミも、ひらひらとふたりに手を振った。
「落ち着いたら遊びに来て。それで、私も遊びに行かせてね。ほかの部屋、興味あるから」
男女の部屋でも、双方から申請があれば、行き来は問題ないという。入退室は記録されるとのことだが。さきほど渡された鍵に、持ち主が扉を開ける魔法、入退室を記録する魔法などがかかっているとイネノに教わり、ダナンはこれもまた面白いと鍵を見つめた。
「そうだ、スミ。ダナンに魔法を教えてよ」
「魔法?」
「興味があるんだって」
スミはダナンを見て首を傾げる。
「そうなの?」
「うん、今まで習ってこなかったから」
正確に言うのなら、母をはじめとした精霊たちが力を使うのは良く見ていたし、いくつか教わったりもしたけれど、人が使うものとはやはり違うとこの2日間で良く分かった。
「イネノが使うのを見て、面白いなと思ったし、全然知らないのも良くないなとも思ったし」
魔力が何か魔法が何かという基本的なことを教わったこともなかったので、物珍しい。武術の方が好きで性に合っているように思っていたけれど、ここにきて魔法にも興味が出てきている。
「僕も教えられることは教えるけれど、スミにも教わるといいよ。スミは、魔法を学術としてちゃんと修めているから」
「イネノは自己流がすごいから、基礎や総論なら確かに私の方が適任だね。入学までのあいだに時間があるし、初歩なら教えるよ。教本も持っているし」
「いいの?」
「いいよ。友だち、でしょ。授業が始まったら同じことやると思うけど」
「あ、そっか。できるできない関係なく、魔術の基礎は必修か」
「それでもどうせ入学までは暇だろうし、予習させてもらえるならうれしいよ」
「じゃあ決まり。ダナンは、ある程度の魔法を使えるようになると思うよ」
「ありがとう。楽しみだ」
明日にまた会う約束をして、スミを見送る。さきほど乗り方を教わった昇降機へ向かいながら、イネノが思い切り伸びをする。
「はー、お風呂入って寝よう」
「荷ほどきあるけど」
「今日はぜったい無理!」
すがすがしくイネノが笑うのにつられて笑いながら、ダナンは新しい我が家となる部屋へ足を向けた。




