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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自身を神と勘違いした馬鹿な天才

ただ長く苦しいだけの旅を生きる

作者: ぬかに釘

 こちらは「太陽を憎んだ研究者」の続編となります。

ストーリー上での関わりはほとんどないので、前作を見なくても楽しめると思います。

 本作は少し短めです。

 



 僕は生きてはいけない。たまに、そう思い死にたくなることがある。自分の存在意義は何もないと知りながらも、ただ死への恐怖によって生きながらえてきたのが僕である。





  ***





 小学校に上がる頃、僕の叔母さんが大勢の人を巻き込んで心中したらしい。このことは全国的に話題となって、当時知らない人はいなかったみたいだ。


 ひどく迷惑な話である。それからしばらく、僕は基本的に一人だった。


 幼稚園の頃に仲良くしていた友達もいたのだが、全員が親から接触禁止令を発令されていたらしく、春には僕を避けるようになっていた。


 僕のことは小学校全員の親が知っていたみたいで、新しく友達となってくれる人もいなかった。先生だけは僕と話してくれたが、子供ながらに避けられていることは気がついていた。


 父親は常に忙しそうにしていて、何をしているのか分からなかった。母親は、家の中では無理して明るく振る舞っていた。しかし、幼い僕でも日に日にやつれているのは知っていた。


 小学校に上がって一年もしないうちに、母親から引っ越しをすると告げられた。


 その際に、友達にお別れを言いなさいと言われた気がするが、別れを告げる友達が僕にはいなかった。そんなことよりもむしろ、母親の憔悴しょうすいした姿の方が気になっていた。


 一度目の転校から一年ほどが経とうとした時に、また引っ越しをすると言われた。二つ目の小学校では、僕のことを知る人が少なかったので普通に友達ができていた。


 新しく出来た友達にお別れを告げて、また新しい小学校へと転校した。この小学校では僕のことを知る人が多く、また一人になった。

 

 母親は二度目の引っ越しで少し明るくなっていた。当時は母親が僕の世界の全てだったので、自分のことのように嬉しかったのを覚えている。


 それからも僕たちが叔母さんの親戚であるとバレ、嫌がらせを受ける度に引っ越しを繰り返した。

転校を繰り返すうちに、僕は友達を作ろうとしなくなった。 


 受験生の夏、とうとう母親がこの逃げるような生活に悲鳴をあげた。逃亡生活を辞めるために、家族で話し合って田舎に引っ越すことにした。

 

 幸運なことに、母親の新しい職場では叔母のことを知っている人も少なかった。田舎ではあの事件の犯人は、ほとんど忘れられていたみたいだ。


 夏休み明けの登校日、担任に連れられて教室に向かう途中、叔母の事件について話している声が聞こえてきた。担任をみると、きまりの悪そうな顔をしていた。


 自己紹介で名前を告げると、教室が騒がしくなった。どうやらこの教室にいる生徒は全員、叔母の名前を知っているようであった。


 僕は医者になりたかった。医者になって、母親を安心させてあげたかったのだ。だから勉強を頑張り、県で一番難しい高校に進学した。


 高校では、さすがに叔母の名前を知っている人も少なかった。なので友達もたくさんできて、それなりに楽しかった。


 高校二年の頃に母親が精神病と診断されたが、特に気にしていなかった。あの事件を知る人が少なくなっていけば、自然と母親がまた明るくなると思っていたのだ。


 無事に医学部に合格した時には、母親の憔悴しょうすいはひどくなっていた。医学部を卒業して、研修医の途中で母は亡くなった。


 母親が亡くなったのを機に、自分の人生を振り返ってみることにした。



 僕の人生は、母親なしでは一年も耐えられなかった。小学一年生という時期に家族以外の全員から(うと)まれた僕は、母親だけが頼りだった。


 母は離婚すれば非難の(そし)りを受けなくて済むので、僕は母にとって重荷だっただろう。それでも、父親と離婚せずに僕の面倒を見てくれたことは、僕にとって救いでもあり重荷でもあった。


 僕にとっては母親が全てだったのである。


 長年、自分に生きる価値がないと思い続けた僕にとって、唯一の生きる意味が母親だったのだ。その希望を失った今、僕の人生に何の意味があるのだろうか。


僕の人生に意味があるとしたら、それは母を殺したことだろう。僕が生まれなければ母は、嫌がらせに耐える必要などなかったに違いないのだから。


 

 僕は生きるのに疲れたのだ。高校以降、叔母の事件によるそしりはほとんどなくなったが、幼少の頃に受けた傷はまだ僕の中で生きているのだ。


 母親が亡くなり、受けた恩さえも返せないのなら、このただ長く苦しいだけの旅に意味はないのだ。だから僕は、この旅を終わらせようと思う。


 僕の財産は全て父に贈ろうと思います。僕の人生で最大の贈り物です。どうかいい様に使ってください。 

                   臼杵うすき 大樹たいき





  ***



 この遺書を書き上げた後、僕は叔母が残したという仮想世界に行ってみることにした。僕たち家族を苦しめた叔母を最後に見てみたかったのだ。


 家にあった古めかしい装置を手にして、僕は仮想世界へと意識を飛ばした。


 この仮想世界は太陽が消え、滅亡した後の世界をほぼそのまま再現しているようで、当時の凄惨(せいさん)たる状況が目の前にあった。


 仮想世界で叔母の家を探すのは案外簡単であった。ネット上に家の住所が流出していたのである。


 叔母の家に着くまでに、様々な死体を見た。低体温症で服を着ていないもの。少しでも長く生きてもらおうと子供を腕に抱いているもの。地面に穴を掘り、温まろうとしたもの。焚き火で暖をとっていたもの。

 

 ほとんどのものが苦しそうな顔をして亡くなっていた。確か、叔母は当時の世界人口の約半数を心中に巻き込んでいたはずである。とてつもない数の人が苦しみながら亡くなっているのだ。


 自分の中の世間が狭い時にこの事件は起きたので、小学生の時の大人達はなんて酷い仕打ちをするのかと思っていた。


 どれくらいの人数が犠牲となったかは知識として知っていた。それでもいざ目の当たりにすると、残された大人達の、当時小学一年生であった僕への対応も仕方ないと思えるほどに、(むご)かった。


 叔母の住所に着いてみると、そこは普通のアパートであった。


 叔母の家の玄関を開けて目に飛び込んできたのは、一人のまだ若く見える女性が苦悶(くもん)の表情で天井から吊り下げられている姿である。おそらくこの女性が僕の叔母なのだろう。



 死体の横にある机に、一通の手紙を見つけた。そこには「私を憎み、恨む人へ」とあり、内容はひたすらに謝罪の文が書き連ねてあるだけであった。


 (きょう)ざめした。僕は(ひそ)かに、どこまでも悪人である叔母を求めていたのだとわかった。


 僕の中では、どこまででも叔母は悪人でならなくてはいけなかったのだ。そうでなくては、母が報われないではないか。


 叔母にぶつけるつもりであった想いが行きどころを失って溢れ出てきた。




 ひとしきり泣いて母の死を受け止めたあと、現実世界に戻り僕は飛び降りた。





  ***

 




「こちらの遺書が、ご子息が飛び降りたと思われる場所に置いてありました」

「そうですか。ありがとうございます。こんなに丁寧にして頂いて……」

 そう言って息子の遺書を受け取った私は、更に寂しくなった自宅へと足を伸ばす道中考えた。



 何がいけなかったのだろうか。

 

 両親はもう歳でいつ死ぬか分からない上に、妹は大量殺人犯。おまけに妹の心中のせいで仕事を追われ、妻は憔悴(しょうすい)して亡くなり、一人息子は孤独が原因で飛び降り自殺。私もそろそろ定年が見えてきた歳だ。



 自分は精一杯に生きてきた。親に言われるままに、いい大学に入り、有名企業に入社した。それでも、二十数年前までは幸せの絶頂にいたのだ。


 妹はノーベル賞を受賞した装置を作り、私はまだ小さい息子と活発な妻の三人家族で幸せを噛み締めながら暮らしていた。


 一体何がいけなかったというのか。

 なぜ私の家族はこんなにも妹に苦しめられなければいけないのか。

 妻と息子に先立たれ、私はこの先どう生きれば良いというのだ。




こちらの作品を見ていただきありがとうございます。何かありましたら、誤字脱字報告、感想等頂けると助かります。

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