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九話 緑肌の少女


 目の前にいるのは、たしかに()()だった。


 オレンジがかった髪色。

 猫科の動物を思わせる大きな目。

 身長は僕とおなじくらいで、華奢な骨格はまちがいなく女の子のそれだった。

 衣服をまとっているのも僕らとおなじ。

 ただ、全身の肌を覆う緑色と――それがもたらすイメージが、僕の脳裏にとある連想を容易に思いつかせていた。


 ……ゴブリン?


 緑肌の少女は、恐怖に身体を縮み込ませながら涙目で僕の妹を見上げている。

 どうやら腰が抜けているらしい。その彼女の手には、笛らしきものが握られていた。


 間違いない。この子が、ゴブリンたちの指示役(リーダー)だ。

 彼女を殺しさえすれば、この場にいるゴブリンの集団は混乱するはずだった。


 でも、


(――殺す。この子を? 人間にしか見えないのに?)


 草やぶの向こうに隠れているのは、てっきりゴブリンだと思っていた。

 ひどい不意打ちみたいなものだ。


 一瞬、僕はためらってしまい、


「ギャ、ギャギャギャギャ!」


 僕が決断できないうちに、背後で大きな声が上がった。


 キーラさんに引きつけられていた一人が、こっちを振り向いていた。

 指をさして、周囲に自分たちの背後で起こっている以上を伝えている。何匹かが振り返り、戻ってこようとしていた。


 まずい。早くなんとかしないと。


 緑肌の子を人質にとれば、ゴブリンたちは退いてくれるだろうか。

 それで、一種の均衡状態はつくれる。

 そこからは交渉次第で――でも、誰と交渉すればいいんだ。この子? 人質にとってるのに?


「ぎぎゃ」


 唐突に、妹ちゃんが目の前の相手に呼びかけた。

 ぎょっと目を見開く緑色の女の子。


「ぎーぎゃ。ぎゃ」

「ギャ……?」

「ぎーゃ。ぎゃ」


 いや、ちょっと待って欲しい。

 そんな当たり前のように会話されても困るんだけど。

 ていうか妹ちゃん、ゴブリン語わかるの? わかるどころか、普通に喋れてるし!


 目を丸くしている僕を尻目に、二人はなにかの会話をやりとりしていて。

 恐る恐るなにかを訊ねる女の子に、妹ちゃんがうなずいてみせる。


 緑色の女の子がこっちを見た。

 遠くからやってくる自分の味方たちを見て、なにかを決心するように唇を噛む。

 震えながら、彼女は手に持った笛を口にくわえて、



   ピッピ、ピー


 さっきより弱々しい笛の音。


 それを聞いた残りのゴブリンたちが一斉にこっちを振り返る。

 彼らは近くにいる仲間たちと顔を見合わせて、目線を交わしてなにかを確かめるようにしてから、


「ギャギャ!」


 一匹のゴブリンがあげた声を合図に、全員がゆっくりと下がっていった。

 キーラさんから慎重に距離をとり、森のなかに入っていく。


「ギャ、ギー……?」

「ぎゃ」


 こっちのほうでは、緑肌の女の子が震えながら妹ちゃんになにかを訊ねていた。


 妹ちゃんが鷹揚にうなずくと、女の子の口から心から安堵したようなため息が漏れる。

 深々と息を吐き、こちらを警戒しながら後ずさりしていって、他の仲間たちとおなじように森のなかに下がっていく。


 森の奥に完全にまぎれて見えなくなるまで、緑肌の女の子はこちらへの目線を外さなかった。

 その眼差しに宿っているのは少しの感謝と深い恐怖。


 彼女の姿が見えなくなって、ほっと息を吐いていると、


「おにーちゃん、よかったね」


 妹ちゃんが、にっこりと笑いかけてくる。


 よかった?


「いや、たしかによかったけど――そうじゃなくて!」


 昨日から、普通じゃないとは思っていたけれど、さすがに今のは見過ごせない。


 どうしてゴブリンの言葉がわかるのか。

 さっきの女の子とどんな会話をしたのか。


 僕が妹ちゃんに問い詰めようと口をひらきかけたところで、「やるじゃん、アニくん、イモートちゃん!」にこにこ顔のキーラさんがやってきた。


「まさか、指示役(リーダー)狙いをわかってくれるなんてさ。あたし一人でやらなきゃと思ってたから、連携とれるなんて思わなかったよ!」


 キーラさんはご機嫌な様子で、ワシャワシャと乱暴に頭を撫でてくる。

 褒められるのは嬉しいけど、緑肌の女の子の件があるから僕は複雑な心境だった。


 だんまりな僕の顔をキーラさんが覗き込んできて、


「あれ、どしたの? なんかあった?」


 ……キーラさんは、さっきの子のことを知っているだろうか。

 妹ちゃんのことに言及しないあたり、あの子と会話していたことや、妹ちゃんの武器のことは見ていなかったようだけれども。


 緑色の肌をした女の子のことを伝えるかどうか迷って、結局、僕は伝えないことにした。

 なんとなく、誰にでも聞いていいことじゃないように思えたのだ。


 だって多分、あの子は――


「……いえ、なんでもないです。キーラさんこそ、大丈夫ですか?」

「ふーん?」


 キーラさんは目を細めてこっちを見てから、ま、いっか。と肩をすくめて、


「あたしのほうは大丈夫。二人のおかげで、無茶しないで済んだしね」


 ワシャワシャと、今度は二人まとめて頭を撫でられた。


「さーて、そんじゃ町に戻ろっか。メルティアと待ち合わせしてるんだよね?」


 そうだった。


 慌てて空を見上げれば、太陽はとっくにてっぺんを過ぎてしまっている。


「……メルティアさんって、遅刻とかに厳しいですか?」

「ん? あー、真面目だからねえ。あたしなんて、それでよく怒られてるけど」


 ははあんと、僕の表情からなにかを察したキーラさんが意地悪そうに笑った。

 渋い顔の僕を見て、あははと笑い飛ばす。


「だいじょーぶ! あたしがとりなしてあげるってば。事情があったんだもん、説明したらわかってくれるよ」


 片目を閉じて言い切ってみせる、その表情は自信に溢れていた。



 ◇


 ゴブリンたちとの遭遇戦を無事に切り抜けて、僕らは急いで帰路についた。


 メルティアさんとの待ち合わせ時間はとっくに過ぎているはず。

 少しでも早く町に着くために林道は経由しないで、森のなかを突っ切るように横断してショートカットすると、森を出て少し先に町があった。門の前には、門番さんともう一人の姿が見える。


「あ、メルティアだ」


 ほんとだ。

 メルティアさん、わざわざ門まで迎えにきてくれたのか。


 おーい、とキーラさんが手を振るが、メルティアさんは動かない。

 聞こえないのかな?と思い、僕はあまり気にしなかった。


 なにやら様子がおかしいとわかったのは、町門までもう少しという距離になって、メルティアさんの表情がはっきりと見えるようになってからだった。

 それまで気楽な感じで歩いていたキーラさんが、やっば、と小さくつぶやいた。


「……ガチギレじゃん、あれ」


 え?と訊ね返した僕の背後に回って隠れるように、


「ごめん、アニくん。さっきのやっぱナシで」

「え?」

「ガチギレのメルティアは無理。あれだけはホント、サンドラにだって無理なんだから。みんなで怒られよ? そのほうが被害は少なく済むし、なんなら二人の方がまだマシだと思うんだよね」

「あの、ちょっと、キーラさん?」


 逃げようとしても、キーラさんは僕の両肩をがっちりホールドして離さなかった。

 そのまま、僕を弾除けにするようにぐいぐいと後ろから押し込んでいく。


「キーラさん!?」

「大丈夫。大丈夫だから」


 いや、なにが大丈夫かわかんないんだけど!?


 町までの距離が近づくにつれて、メルティアさんの表情がさらにはっきりとわかるようになる。

 その表情を見て、僕はごくりと唾を飲み込んだ。


 メルティアさんは怒っているようには見えなかった。

 少なくとも、表面上は。


 上辺はいつものように柔らかく微笑んでいる。

 けれど、その笑顔にはいつもの温かさが完全にうしなわれてしまっていて。


 ……キーラさんが僕の後ろに隠れる理由がわかった。


 怖い。

 ものすごく、怖かった。


 あんな怖い笑顔の人の前になんか立ちたくない。

 だというのに、キーラさんは遠慮なく後ろからせっついてくるばかり。

 すぐに僕はメルティアさんの前に立たされることになった。


 氷の微笑を浮かべたメルティアさんが、


「――キーラ」


 僕の後ろで、キーラさんがびくりと身体を震わせた。

 返事の代わりにぐいっと後ろから肩が押される。


 あ! この人、この状態で僕になんとかしろって言ってる!?


 メルティアさんの眼差しは完全に僕を透過して、後ろのキーラさんを冷ややかに見下ろしている。


 こんな恐ろしい板挟み状態、今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。

 けれど、キーラさんは僕を解放するつもりはないらしく、肩を掴む力は強くなる一方だった。


 ――ええい、ままよ。


「あの、メルティアさん……?」


 恐る恐る、僕は目の前の人に声をかけた。


 メルティアさんは、そこではじめてこっちに焦点を合わせたような眼差しで、そっと手を伸ばしてきた。温かい手が僕の頬を撫でて、


「……大変でしたね。私がキーラから目を離していたせいで、あなたたちを酷い目に遭わせてしまいました」

「ちょっとぉ」


 キーラさんが肩口から顔をのぞかせた。


「なによ、その言い方。それじゃまるで、()()()()()()()()()()()みたいに聞こえるんだけど」

「あら、違うのですか? 今だって、そんなふうに守ってもらっているじゃありませんか」


 びしり、と空気が凍る。


 冷えた大気が割れる音を聞くまでもなく、今度ははっきりとわかった。

 これは()()だ。


「――()()()()、ちょっとどいて」


 声を低めたキーラさんが僕の後ろから進み出て、メルティアさんを睨みつけた。

 ぴくりとメルティアさんの眉が揺れる。


「なにが言いたいわけ? 言いたいことがあれば言いなよ」

「言いたいのではなく、聞きたいのです。この子たちを騙して森に連れ出した時、あなたの良心がいったいどこにあったのかを」


 睨みあう二人。

 燃えるような眼差しと氷のような眼差しが正面からぶつかり合い、火花を散らせる。


 二人の様子を見守りながら、門番さんがオロオロと狼狽えていた。


 多分、この人の心境が自分に一番近い気がする。

 同情と共感をおぼえて、僕はこっそりため息をついた。



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