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七話 斥候

 ◇


「んっ、……と。やっぱり酔い覚ましには散歩に限るなぁ」


 道のない道を歩きながら、キーラさんが大きく伸びをした。


 林道を離れて森のなかに踏み入ってから、どのくらいだろう。

 鼻歌まじりの後ろをついていきながら、僕は周囲の草むらに油断なく目を配っていた。


 なにしろここは森のなかだ。

 どこからモンスターに襲われるかわかったもんじゃない。


 いつでも短剣を抜けるように、きょろきょろと周囲を見渡す僕を肩越しに振り返って、キーラさんが苦笑した。

 頭の後ろで両腕を組みながら、


「そんな警戒しなくても大丈夫だって。あたしがついているんだから、奇襲なんかされないよ」


 目の前を歩く人が熟練の冒険者であるらしいことはともかく、不意打ちに対してやけに自信たっぷりなのが気になった。

 僕からのいぶかしげな視線にキーラさんは肩をすくめて、


「こちとら、それが本職だよ? このあたりのモンスターの気配も察知できなかったら、ご飯の食い上げだってば」

「本職?」

「そう。だってあたし、斥候役だからねー」


 斥候。

 キーラさん曰く、それは偵察や追跡をメインにする役割のことをいうらしい。


 地形や敵などの情報収集に、罠の有無から不意打ちへの警戒まで。

 もちろん、いざ戦闘になったら他の仲間と一緒に戦いはするが、その本領はむしろ戦闘の前後にあるらしかった。


「パーティってのは役割があってこそだからねー。じゃなきゃ、わざわざ他人と組む意味なんてないわけだし。あたしらでいえば、サンドラが戦闘の主力で、メルティアが回復とか支援とかの補助全般。そんで、あたしが斥候役ってわけ」

「なるほど」


 説明を聞いていくうちに、斥候という役割に俄然、興味がわいてきた。

 なにより、戦闘の主力()()()()ってところがいい。


 ちらりと隣を歩く妹ちゃん(謎の戦闘能力持ち)を見やってから、


「キーラさんは、どうやって斥候役をするようになったんですか?」


 どこかの学校で勉強したりしたんだろうか。

 僕の質問に、キーラさんはあははっとそれを笑い飛ばした。


「ガッコー? そんなとこ、生まれて一度も行ったことないよ!」

「それじゃあ、どうやって?」

「ん-? なんか冒険者やってたら、いつの間にか?」


 ええ……?

 それはちょっと、参考になりそうにない。


「しょうがないじゃん。本当にそうなんだからさ」


 キーラさんは肩をすくめて、


「ま、素養って意味じゃ、マチで学んだって言ったほうがいいかもね」

「マチ、ですか?」

「そ。あたし、盗賊あがりだから。ってか、引退したわけでもないけど」


 盗賊。

 思わず身構えてしまう僕にキーラさんはくつくつと笑って、


「そんなに警戒しないでよ。キミみたいな子どもから盗むモノ、なんかある?」

「それはそう、ですけど……」


 ……なんとなく、懐に入れている小銭の重みが増したような気がしたりして。

 まあ、銅貨の数枚なんてキーラさんにとっては端金だろうけど。


「あたし、孤児だったんだよね。物覚えある頃から町で盗みやらされててさ。ま、悪い大人に利用されてたわけ。で、十五の頃に色々あって、そこを飛び出して――それから適当に生きてたらメルティアたちと出会って。そんな感じ」


 さらりと言ってのけるキーラさんの半生には、重さや暗さのようなものは感じられない。

 内容もだけど、その態度に感心してしまった。


「波乱万丈ですね」

「なーに他人事みたいに言ってんの。キミたちも似たようなもんでしょ?」


 ばんばんと背中を叩かれてしまった。

 ……たしかに。僕と妹ちゃんも天涯孤独だった。


「ま、子どもの頃からスリやら鍵開けやら仕込まれてたおかげで、こうして稼いでられるわけだしね。なにがどうなるかわかんないよね、人生」


 うーん、ほんとにそうだなあ。


 今の話をきいて、ちょっぴりキーラさんを見る目が変わった気がする。

 さっきまで、ただの陽気でお酒好きなお姉さんだと思ってたから……。


 でも、それじゃあ僕が斥候の経験を積むにはどうしたらいいんだろう。

 町でスリや窃盗をするわけにもいかないし、


「あ、一応言っとくけど、町でスリとかはやめときなね?」


 ぎくっとした。


「な、なんのことでしょう」

「なに、ほんとにやろうしてたの? ま、いいや。大抵の町にはそういう連中の『組合(ギルド)』があってさ。勝手に仕事してるのがバレちゃうと制裁されちゃうからね」

「ギルド、ですか?」

「そ。盗賊組合(ギルド)って言ってね。ただのアウトローの集まりなんだけど、だからこそ縄張り意識が強いっていうか。ヨソモノが勝手に仕事するのを嫌うんだよ」

「そうなんですね……」


 うなずきながら、僕の頭にはとある疑問が浮かんでいて、


「――なんで冒険者には組合がないんだろう、って思ってる?」


 にんまりと、顔を覗くようにしながら言われてぎくりとした。

 キーラさんは可笑しそうに笑って、


「あはは。キミって、考えてることがすぐ顔にでるよね? でも、たしかにねー。どうして冒険者ギルドがないんだろ」

「あった方が便利だなって思うんですけど……」

「そうだねぇ。でも、あったらあったで面倒な気もするかなぁ」

「……そうですか?」

「組合が関わるってことは、自分の取り分が減っちゃうし。余計な取り決めとかも出来ちゃうだろうしねー」


 それは、そうかもしれない。


 組織を維持するためには人手もお金もかかるし、ルールだって必要になる。

 それは堅苦しさに繋がるかもしれないけど、


「でも、危ないモンスターの情報とか共有できるし。いいことだって、たくさんあると思うんですけど」

「それはそう。でも、そういうのってみんな自分たちで情報集めたりするし。そのために情報屋って連中だっているわけだしね。逆に、自分たちに美味しい情報なんて、他に共有したくなんかないし」


 結局、自分勝手なだけなんじゃない?とキーラさんは笑った。


「自分勝手……」


 脳裏に浮かんだのはメルティアさんや、サンドラさんの顔。

 すくなくとも、あの人たちは自分勝手になんか見えなかったけどなあ。なんて思っていると、


「騙されちゃダメだよ? 冒険者なんてやってる連中は、みーんな自分勝手なやつらばっかりなんだからさ」


 そんな僕の頭のなかを覘くように、キーラさんは人の悪い笑みを浮かべてみせた。


「どんなにいい人に見えたって、心のなかじゃ他人を利用することしか考えてないんだから」

「……キーラさんも、そうなんですか?」


 僕がそんなことを言ったのは、多分、ちょっとした仕返しのつもりだったけど。

 キーラさんはにやりと笑って、


「そりゃそうでしょ。だから今もこうやって、自分の酔い覚ましにキミたちを付き合わせちゃってるんだから!」


 堂々と言ってのけた。


 あまりに正直な態度に僕はそれ以上の言葉をうしなって。

 そして、そんなキーラさんが悪い人だとは、やっぱり思えないのだった。



 結局、目的地の池までは、町を出てから一時間くらいかかったと思う。


 鬱蒼としていた森が急にひらけたかと思うと、次の瞬間、視界に入ったのは一面の野原。

 いたるところにたくさんの色の花が咲いていて、その中央にちょっとした池が静かに凪いでいた。


「うわあ」「わああああ」


 突然の光景に、僕と妹は二人して感嘆の声をあげて、


「どうよ? ちょっとすごいでしょ」


 隣では、ふふんとキーラさんが胸を張っていた。


「おいけだー!」

「あ、こら。一人で走っちゃダメだって――」


 駆け出そうとする妹ちゃんの手をとって、キーラさんの方を見ると、苦笑交じりに行っておいで、とうなずかれた。


「うわあ……!」


 妹ちゃんと一緒に池のなかを覗き込んで、水中がとても澄んでいることにびっくりする。

 透明過ぎて、池の底までほとんど透過されているくらい。そのなかを、何匹も魚が元気に泳いでいた。


「この場所。町からちょっと歩くけどさ、けっこう気に入ってるんだよねー」


 後ろからゆっくり歩いてきたキーラさんが、ぽんっと僕の頭に手をおいた。

 風に吹かれて気持ちよさそうに頬をゆるめながら、


「はい、これ」


 目の前になにかの野草を差し出してくる。

 なんだこれ?と首をかしげる僕に、キーラさんは呆れたような半眼で、


「キミさあ、自分の目的忘れたの? 昼・月・草、でしょ」


 リズムよくおでこをつつかれてしまう。


 そうだった!

 綺麗な池に目を奪われて、依頼のことをすっかり忘れてしまってた。


 キーラさんに渡されたのは、昨日採集した薬草よりは随分と小ぶりな、黄色い花をつけた植物だった。三日月みたいに細い葉っぱが特徴的だ。


「これが昼月草……」

「そそ。けっこう生えてるみたいだからさ、さっさと集めちゃいなよ。妹ちゃんは、あたしが見ててあげるからさ」

「ほんとですか? それじゃあ、お願いしますっ」

 

 お言葉に甘えることにして、僕は残りの昼月草を求めてそのあたりの地面を探してまわった。


 今回の依頼は昼月草を5本。

 1本はキーラさんが見つけてくれたので、達成までに必要な数はあと4本だ。


 周囲に黄色い花の野草ならたくさんある。昼月草っぽいのもすぐに見つかったけど、どうやら葉っぱの形以外にも細かい違いがあるらしく、本物を探すのはけっこう大変だった。


「これとこれとこれ、違ーう。こっちのは似てるけど、三日月草ってやつだね。けっこう珍しいやつだし、買取してくれるだろうから、せっかくだし持って帰れば?」


 なんとかそれっぽいのをいくつか見つけ出し、キーラさんの元に持っていってみると、集めたなかに昼月草の数はなんと1本だけ。


「む、難しい……」

「ふっふっふ。それも勉強だよ。葉っぱの裏の感じとかも、よく見てみること」

「くそー!」


 そんなふうに何度も再チャレンジして、ようやく5本の昼月草を揃えられたころには、けっこうへろへろになってしまっていた。


「疲れたあ……」

「はい、お疲れー。キミも横になれば?」


 寝っ転がったキーラさんの隣には、水遊びを堪能した妹ちゃんがキーラんのお腹を枕にして、すっかりお昼寝モードにはいっていた。

 視線に気づいたキーラさんがにやりとして、


「うらやましい?」

「……ノーコメントです」


 あはは、と笑うキーリさんの横に腰を下ろして、僕もごろんと身体を倒す。

 途端に鮮明な青色が目に飛び込んできて、染み入るようだった。思わず目を閉じてしまう。


 閉じた視界に、さあっと風が吹き抜けていった。


「――気持ちいい……」

「働いたあとだしねー。頑張った、頑張った」


 のんびりと聞こえる、キーラさんの声。

 ほんのちょっと横になっただけなのに、すぐに眠気に襲われそうになって、僕はあわてて起き上がった。


「どしたー?」

「いや、なんだか寝ちゃいそうで」

「あはは。いいじゃん。ちょっとお昼寝してこーよ」

「そういうわけには……」


 お昼にメルティアさんと待ち合わせしているから、はやく町に帰らないと。


 それに、あんまり穏やかで忘れそうになってしまうけれど、ここはれっきとした森のなかだ。

 どこからモンスターがやってくるかわからないのだから。


 だというのに、キーラさんはそんなのどこ吹く風とばかりに、目を閉じて知らん顔をしている。

 妹ちゃんもすっかり眠ってしまっている様子だった。


 ええー。


 仕方なく、もう一度横になった。

 本当にいいのかなあ、と釈然としない思いをいだきながら空をぼんやり眺めていると、


「ね。キミたち二人の名前ってさ、なんていうのー?」


 空を流れる白い雲にのって、キーラさんの質問が届いた。


「名前は……ないです」

「ないの? ……ほんとに?」


 僕の場合、前世での名前ならあるけれど。

 それを名乗ればいいのかわからないし――それに、あんまりそっちを名乗りたいとも思わなかった。


「妹ちゃんのほうも?」

「はい」


 ふうん、と気のない感じの相づち。

 少し経ってから、


「でもさぁ。そしたら、お互いのことはなんて呼んでんの?」

「妹は僕のこと、おにーちゃんって呼びます。僕は、」

「キミは?」

「……妹ちゃんって」


 あはは、と笑い声がはじけた。


「ホントに? おにいちゃんと、いもうとちゃんってこと?」

「……はい。まあ」

「あははっ。ウケるね、それ」


 僕がだんまりしていると、そっかあ、とキーラさんの呟きが聞こえてきた。


「じゃ、あたしはキミのこと、アニくんって呼ぼっかな」


 ……アニくん?


「だってさー。あたしがキミをおにいちゃんって呼ぶわけにもいかないでしょ? 妹ちゃんのほうは、イモートちゃんでいいけどさ」

「はあ」

「だから――アニくんと、イモートちゃん。キミらが自分の名前をつけるまでは、ね」


 会話が途切れて、時間だけがゆっくりと流れていく。


 ……やばい。

 本格的に眠くなってきたぞ。


 それにしても。本当に静かだし、いい場所だなぁ。

 魔物がたくさんいるはずの森のなかなのに、平和すぎるくらいだし……。


 そのまましばらくのあいだ、うとうとしていると、


「――アニくん、起きてる?」


 キーラさんの声。

 その口調はさっきまでののんびりとした調子とは打って変わって、


「起きてたら、そのまま動かないで聞いてね」


 ささやくようにキーラさんは言った。


「……近くにモンスターが来てる」

「えっ、――?」

「動かないでってば」


 反射的に飛び上がりそうになるのを、なんとか身体を強張らせて抑え込む。


「北の方角。三匹。ゴブリンだね。あたしが()()から、キミはイモートちゃんのそばにいてあげて。いい?」

「……わかりました」


 頭だけを動かして隣を見ると、キーラさんは妹の頭をそっとお腹のうえからずらそうとしているところだった。僕の視線に気づいてにやりと笑ってみせる。


「なに、その顔。大丈夫だよ。だってあたし、連中が()()()のを待ってたんだから」



お読みいただきありがとうございます。

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