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四話 不穏なまなざし

 ◇


「メルティアさん? どうして、ここに」


 恐る恐る声をかけると、メルティアさんははっと我に返ったように、あわててその場に立ち上がった。


「ごめんなさい! 私ったら」


 ぱんぱんと衣服の汚れを落とし、にっこりと微笑む。

 余裕のある表情に見えたけれど、頬がちょっぴり赤かった。


 ……もしかして、今、コケてたのかな?


 妹と顔を見合わせる。

 メルティアさんのそばまで行き、二人して見あげると、メルティアさんはついっと明後日の方向に顔をそむけた。


「あの……?」

「な、なんですか?」

「……どうしてここに、メルティアさんが?」

「それは、」


 口ごもってから、メルティアさんは深く息を吐いた。

 観念したように視線をこちらに戻して、


「……実は、二人のあとをずっとついてきていました」


 それはまあ、なんとなくわかるのだけれど。

 いったいどうして?


「それは――モンスターに襲われたときに、すぐに助けられるようになんですけれど。今だ、と思って出ていったら、その……足を」


 足をどこかで引っかけて、転んでしまったと。


 ……ドジっ子かな?


「……もしかして、よく転んだりしちゃうほうですか?」

「そ、そんなことありませんよっ? 今のは――ちょっと、驚いてしまいまして」


 顔を真っ赤にしながら、メルティアさん。


 ああ、そうか。

 メルティアさんも、今のを見ていたのか。


 目の前で、いきなりゴブリンが空高く吹っ飛ばされるところをみたら、そりゃびっくりするだろう。


 隣を見ると、妹はきょとんと小首をかしげている。


 ……いや、そんな「なんのこと?」みたいな顔をされても困るけどね?


「それより! どこか怪我はありませんか? 私は僧侶(プリースト)ですから、痛いところがあれば回復しますけれど」


 あ、やっぱり僧侶なんだ。


「えーっと。ちょっと擦りむいたくらいで……。あれ?」


 地面を転がったとき、どこかで引っ掛けるくらいしたはずなのに。

 見てみれば、どこにも擦り傷のたぐいは見つからなかった。


 土汚れをはらってしまえば、無事な腕や足が確認できるばかり。ゴブリンに殴られた左腕も、打撲どころか痛みさえなくなってしまっている。


 ……あれぇ?


「どうしました?」

「いえ、なんか……大丈夫みたいです」

「そうですか……」


 ほっとしたように息をついたメルティアさんが、僕のとなりに視線をうつした。


「……あなたは、大丈夫ですか?」


 妹は、こくりと無言でうなずいてみせる。

 メルティアさんはそんな妹をしばらく見つめてから、気を取り直すように頭を振った。にこりと微笑んで、


「二人とも無事なら、なによりですね。……それで、薬草採りの方はどうしましょうか?」

「あ」


 薬草入れの革袋。

 さっき、ゴブリンに追っかけられたときに投げ捨ててきてしまっていた。


「すぐに採りに戻ります!」


 まだ二本しか見つけてないけど!


 見上げると、太陽の位置は林道脇に立ち並ぶ木々のうえにまだ確認できるくらい。

 今すぐ暗くなる感じではなかったけれど、余計なことに時間をとられた分、採集が間に合うかは微妙だった。


 途端にあわあわと慌てだす僕らに、メルティアさんはくすりと笑んで、


「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。まずは、革袋を取りに戻りましょう」

「はい! でも、間に合うかなぁ」

「ふふふ。大丈夫です」


 言いきってみせるメルティアさんはごく自然な自信に満ち溢れていて。

 その表情は、さっき転んでしまったことを恥ずかしがっていた人と同じだとは思えなかった。



 ◇


「おーい。遅かったじゃないか、大丈夫か?」


 町に戻ると、遠くから門番さんが手を振ってくれていた。

 ほっとしたように声をかけてきてくれる。


「いつもお疲れ様です」


 にこりと挨拶するメルティアさんに続いて、僕と妹の二人も頭をさげた。


「お疲れ様です」「おつかれさまです」


 町へ入り、その足で酒場へ向かうと、メルティアさんが親父さんを呼び出してくれる。


 夜の営業の準備があるのだろう。

 迷惑そうな顔を隠そうともせずに出てきた親父さんに対して、メルティアさんにうながされた僕は革袋の中身をとりだした。


 採れたての薬草。その数なんと17本。


 黙ってそれらの一本一本を確かめてから、親父さんはふんっと鼻息を鳴らして、店の奥から重そうな箱を持ってきた。

 そこから取り出したものを、無造作にテーブルの上に並べていく。


「……基本報酬が8枚。追加の分が5枚だ」


 合計で、銅貨13枚!


 倍とまではいかなかったけれど、十分に多い報酬に内心で小躍りしていると、僕の隣からすっと腕が伸びた。


「これと、それからこれは――」


 並べられた13枚のうち、一番汚れているように見える2枚を親父さんのほうに差し戻して、メルティアさんはにこりと微笑んでみせた。


「あまりに汚れすぎではありませんか?」

「おいおい……、勘弁してくれよ」

「キーラを呼んできましょうか?」


 途端に嫌そうな顔をした親父さんだったけれど、メルティアさんに言われると両手をあげた。降参、というふうな恰好で、


「わかった。わかったよ。もう1枚追加だ。それでいいだろ」


 銅貨が追加される。

 テーブルの上にある銅貨の数が14枚になった。


 いったいどんな手品だろう。

 目をまんまるくしている僕に、メルティアさんはくすりと笑んでみせた。


「あまりに()()()()()()()硬貨は売買に好まれません。つまり、通貨としての価値がさがってしまうのです。ですから、報酬のときにはきちんと確認したほうがいいですよ」


 ちっ、と親父さんが舌打ちした。


「ガキの頃から、そんなことを覚えたってロクなことにはならねえぞ。見習いのうちは、黙って受け取っといたほうがいいんじゃあねえかと思うがね」

「それはそうかもしれません」


 メルティアさんはうなずいて、


「けれど、これも一つの勉強ですから。そのための機会を与えてくださって、ありがとうございます」

「ったく。敵わねえなぁ……」


 頭をかきながらぼやくように言って、親父さんは店の奥に引っ込んでしまった。


 目の前に置かれた14枚の銅貨は、よく見ればそれぞれ微妙に形が崩れたりしていて、一枚もおなじものがない。一枚一枚が手作りでつくられているようだった。


 それはともかく。

 テーブルに置かれたたくさんの銅貨を目の前にして、僕はそれに手を出していいのかわからずに困惑していた。


「どうかしましたか? あなたたちが頑張ったから手に入ったお金ですよ」


 不思議そうにメルティアさんは言ってくれるけれど、全然そうじゃない。

 この報酬が手に入ったのは、メルティアさんのおかげだった。


 ……ゴブリンに襲われたあと、僕らはいそいで革袋を拾いに戻り、薬草の採集を再開した。

 採取したのは林道を()()()()()()()外れた森のなか。


 林道から外れてはいけないと言われていたのだけれど、


「私が一緒ですから大丈夫ですよ」


 片目を閉じて、メルティアさんはそう言った。


 それで、さっそく薬草を探し始めると――あるわあるわ。

 さっきまであんなに見つからなかったのはなんだったのかと思うくらい、薬草は簡単に採集できてしまった。


 僕らだけじゃ依頼を成功できたかどうかも怪しい。


 いいや、きっと不可能だったはずだ。

 必要なだけの薬草が集まらず、それでも日暮れ前には戻らないといけないから、断腸の思いで町に帰ったに違いない。


 本当なら、報酬を分けてもらうだけでも図々しいくらいなのだ。

 そんな僕の気持ちを読んだかのように、メルティアさんは苦笑まじりに微笑んで、


「……わかりました。それでは、私の取り分をもらいますね」


 そう言って、メルティアさんは銅貨を2枚、手にとってくれた。

 ――14枚のなかで、一番ひどく薄汚れた2枚だった。


「……ありがとうございます」


 これ以上、遠慮してみせたら、かえってメルティアさんを困らせてしまうだけだろう。

 それがわかったから、僕は頭をさげることしかできない。


 なんだか涙がでそうだった。


「いいんですよ。あなたたちが頑張ったのは、本当なのですから」


 それで、とメルティアさんは続けた。


「あなたたち、今日の宿はどうするつもりですか? まだ決まってはいませんよね?」


 ――そうだ。

 それもなんとかしなくちゃいけない。


「……子どもだけで泊めてくれる宿ってあるんでしょうか」


 なんでも頼ってばかりで情けないけれど、ここまできたら恥なんて搔き捨てるしかない。

 メルティアさんに訊ねると、心優しい僧侶のお姉さんはわかっていたという風にうなずいて、


「私たちが使っている宿でいいなら、紹介してあげられますよ。ベッドが一つの部屋であれば、銅貨1枚で済みます。食事は別になりますけれど」

「ありがとうございます! なにからなにまで、ごめんなさい……」

「ふふ。いいんですよ。それじゃあ、さっそく行きましょうか」


 女神さまだ。

 この人は、きっと女神さまに違いない……!


 あらためて、僕は深々と頭をさげた。


 やめてください、と照れたように言いながら店の外へむかうメルティアさん。

 そのあとを追いかけようとして、僕は気づいた。


 妹がメルティアさんを見つめている。


 表情にはなんの感情も浮かんでいない。

 けれどその視線は――じっと、なにかを見定めるように相手のことを見据えていた。



お読みいただきありがとうございます。

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