十九話 できること、できないこと
僕が、ゴブリンたちの首領にだって?
「……そんなの無理に決まってます!」
「あら、どうして?」
「僕はニンゲンで、コドモだからです!」
「わかってるわ。でも大丈夫よ」
僕の反論なんて見越していたように、エルマさんは落ち着き払った表情で、
「さっきも言ったように、ゴブリンの首領っていうのは実力主義よ。そして、あなたはそれまでの首領を倒してみせた」
「倒したのは僕じゃありません!」
「それはどちらでもかまわないの。ただ、わたしたちにとっては、あなたであったほうが都合がいいのも事実だけど」
……都合がいい?
都合がいいだって?
エルマさんの言い方は、それこそこちらの都合なんてまるで考えていないようだった。
そのことに、唖然とした以上に怒りが混みあがってきて、相手を睨みつける。
そのまま沸き上がった感情を相手に叩きつけようとしたところで、目の前の相手が膝の上に置いた手が、わずかに震えているのが目に入った。
僕の視線に気づくと、エルマさんはそれを隠すように両手を軽く組んでみせた。けれどすぐ、ぎゅっとその手に力がこもってしまう。
「カアサマ……」
気遣うように、スケアッロがそっと手を添えた。
ごめんなさい、となにかを恥じるようにエルマさんは目を伏せる。
――この人はずっとゴブリンにとらわれていて、今とても必死なんだ。
ちょっとくらい自分の都合を考えてしまうのは仕方ないかもしれない。
少なくとも、そんな相手にこちらが感情的になってしまうのはよくないことだと思う。
僕は、ひとつ息を吐いて自分を落ち着かせてから、
「まず、確認させてほしいんですけど」
「……なにかしら」
「もしも、ですけど。僕らがあなたたちをここから連れ出せるとしたら。町に戻れるとしたら、お二人はどうしますか?」
もちろんそれは僕の力ではないけれど。
妹ちゃんが持っている不思議な力があれば、可能かもしれない。
並みいるゴブリンを薙ぎ払って、森を抜けて町へ。
そんなことをしなくても、この場所に僕らがあらわれたときみたいに転移かなにかをしてくれたら、それだけで事足りる。
エルマさんとスケアッロをこの場所から解放するだけなら、話はそう難しくないかもしれないのだ。
僕の言葉に顔をあげたエルマさんは、
「……それは、無理よ」
弱々しく頭を振った。
「どうしてですか?」
「ここを出たところで、わたしたちには行く場所がないもの」
「……どうして町に戻れないのか、聞いてもいいですか」
町には彼女の生家があるはずだ。
それなのに、行く場所がないというのは明らかになにか事情があるからだろう。
さっき、エルマさんは言った。
僕にあずけた手紙を自分の生家に届けても無駄だろう、って。
そうした事情を詳しく聞いてしまうのは、本当はよくないんだろうけれど。
この場合、それを聞かないわけにはいかなかった。
「簡単な話よ」
エルマさんは寂しそうに微笑んで、
「わたしは、捨てられた人間だから」
「捨てられた?」
「ええ。わたしは、ゴブリンにさらわれたわけじゃないわ。わたしは家から捨てられたの。それを拾ってくれたのが、彼ら――ゴブリンだった」
ゴブリンがさらったんじゃなくて、ゴブリンが拾った?
ちょっと待って欲しい。それじゃ、思っていたのとはだいぶ違うことにならないか?
「どうして、そんな。……口減らしとか?」
子どもを捨てるだなんて、そのくらいしか思いつかないけど。
でもそれだっておかしい。
エルマさんの生まれは、いわゆる「いい家」だろう。
読み書きができる人が少ないといわれるなかで、文字を書けるほどの教育を受けているのだから、そのはずだ。
そんな家の人が、口減らしだなんてするだろうか?
「さあ、どうかしら……。昔はよくそんなことを考えたりもしたけれど、今ではどうでもいいことだから」
自嘲するように言ってから、それに、とエルマさんはスケアッロを見て、
「仮にわたしが町に戻ったとしても、この子のことは迎え入れてくれないでしょう。だから、わたしたちにはここ以外に居場所なんてないの」
人間とゴブリンの混血児。
たしかに、スケアッロのことを考えれば、簡単に町に戻るのが正解だなんて言えない。
……生家が彼女たちの味方になってくれるならともかく。そうでないなら、なおのことだ。
「……わかりました。それで、ゴブリンたちのなかで生きるのに、僕が首領になるのが都合がいいってことですね」
「嫌な言葉を使ってごめんなさい。でも、そういうことよ」
別にそれはかまわない。
いや、さっきそれでムッとしたのは確かだけど。
問題なのは、
「エルマさんにとって都合がいいだけじゃなくて、周りにとってどうかが大事かなって思います」
「……そうね。そのことを最初に話すべきだったわ」
ごめんなさい、とエルマさんは謝ってから、
「あなたが首領になってくれれば――つまり権力の委譲がスムーズに行われれば。群れに無用な混乱が起きなくてすむ。そうでなければ、首領の座をめぐって争いが起きるはずよ。それはわたしたちの安全を脅かすことになるから、やっぱり自分たちの都合ではあるのだけれど。町とのこともあるの」
……ゴブリンたちの群れが混乱せず、和平派でまとまってくれるなら、町との小競り合いも起きずにすむ。
それはたしかに僕にとって都合がいいことだし、町にとってもそうだ。
町の人たちとゴブリンたちとのあいだで衝突が起きないように、というのが僕の基本姿勢なのだから。
というか、スケアッロからそういうふうに頼まれたというのが正しいのだけど。
そうなればいいな、というのは僕自身の思いでもある。
「エルマさんも、町とは争いが起きないようにっていう考えで合ってますか?」
「……ええ。この子の父親が群れをそうして率いていたように、互いに距離感を保っていければいいと思っているわ」
「わかりました」
僕がうなずくと、エルマさんの表情に期待するような光が浮かんだ。
あわてて首を振って、
「あ、違います。ごめんなさい。僕はここにいるゴブリンたちの首領にはなりません」
「……そう」
「首領になるってことは、ここに住むってことでしょう? 僕一人ならともかく、妹までここで住まわせようとは思いません」
わかったわ、と消沈した様子の相手に向かって、もう一度頭を振る。
「聞いてください。僕は、ここの首領にはなれません。僕にできることは、その手助けをすることだって思います」
「手助け?」
「はい。だって、僕なんかが首領になるより、スケアッロが首領になったほうがずっといいでしょう?」
突然、話題に出されたスケアッロがびっくりしてこっちを見た。
僕はその相手にうなずいてみせる。
彼女はここで生まれたのだし、ゴブリンの血をひいているし、なんなら先代や先々代の血筋でもある。
どう考えても、僕なんかより首領には適役だ。
「でも、この子はまだ……」
「わかってます。まだ若いんですよね? 周囲を認めさせるには、力不足だって。だから、スケアッロがそうじゃなくなるまで、僕のことを利用してくれればいい」
若い彼女に足りないのが純粋な年齢なのか、それとも年齢にともなう能力や周囲への影響力なのかは僕にはわからない。
でも、それを彼女が身につけるまでのあいだ、仮の首領としての立場を引き受けることくらいなら、僕にもできるはずだ。
「あ、でも、さっき言ったとおり、僕はここにずっと居ることはできません。だから、そのあたりを二人に上手くカバーしてもらえるならって話にはなるんですけど……」
「それは、」
困惑したようにエルマさんはあごに手を当てて、
「――わかりました」
なにかを決心したように、強くうなずいた。
「新しい首領には、なるべく首領の間――つまり、この場所に籠もってもらうようにします。首領からの指示は、スケアッロを通して他のゴブリンたちに。それであれば、不在であるときがあってもバレないはずよ」
「そんなことができるんですか?」
「普通のゴブリンの群れなら無理でしょうね。でも、ここのゴブリンたちはとても統制がとれているから……。さすがに、一度も顔を見せないというわけにはいかないだろうけど」
エルマさんがそう言うなら、僕としてはそれを信じるしかない。
心配なのは、仮の首領を人間の子どもが務めるなんてことを、他のゴブリンたちが認めてくれるのかってことだけど、
「あなたのことを人間の子どもとして伝える必要はないわ」
エルマさんは首を振った。
「一般的なゴブリンの体格なら、あなたの身長と大差ないもの。さっき部屋にやってきたゴブリンたちも、あなたのことを人間だとわかった相手はいないはずよ」
「あ、そうなんですね」
「ええ。日中、外でならともかく、この暗闇で松明の灯りだけではね」
部屋の入り口から距離もあったし、それはそうかも。
「少なくとも、当面のあいだあなたは顔見せはせず、この部屋に籠もっているということにします。そのあいだに、スケアッロに群れのことを掌握させるわ」
「不審がられませんか?」
「大丈夫。あなたがわたしたちを従えているところは、彼らももう見ているから。あなたのお世話をわたしたち親子がするのは当然のことだし、そのわたしたちを相手にあなたが籠もることも、彼らからしたら当然だと思われるはずよ」
「いやちょっと待ってください」
なんだか聞き捨てならない言葉が出てきたんだけど。
僕が、エルマさんたちを従えてるだって?
いったいなんのことだと考えて、あっとすぐに思い至った。
さっき、ゴブリンたちがやってきたとき、僕の足元にエルマさんとスケアッロがかしずいてみせた。
それを見てゴブリンたちが部屋から去っていったのをみて、いったいなんだろうと思っていたけれど、
「あれってそういう意味だったんですか!?」
「あら。だって、あの時はああするしかないと思ったもの」
いや、それはそうかもしないけど!
それじゃあ、この人は僕を群れの首領にしようとその時から考えてたことになる。
しれっとした顔で言うエルマさんに僕は言葉をうしなった。
さすが、ゴブリンたちのなかで長い間生き抜いてきただけあるということだろうか。この人、かなりしたたかな人だと思う。
「……わかりました。それはもういいです」
結果的にそうなったんだから。
それに、エルマさんの機転でゴブリンたちが引き下がってくれたのは事実だから、そのことに文句をいうわけにもいかなかった。
ちらりと隣をみると、いつからか妹ちゃんがうつらうつらしていた。
「すみません。妹が眠そうにしているんで、話の続きはまた今度でもいいですか?」
「わかったわ。それじゃあ、こっちに休ませて――」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
寝床に案内してくれようとするエルマさんに断ってから、僕は妹ちゃんに声をかけた。
「妹ちゃん、宿まで帰れる?」
「……ん。もう、おはなしいいの? おへやかえる?」
「あ、ちょっと待ってね」
手をかざしてなにかしようとする妹ちゃんを止めて、スケアッロに振り返る。
「ごめん。そういうことになったから。きみにすごい負担がかかっちゃうかもだけど」
彼女は、叔父を止めたいとは言っていたけれど、叔父を殺したいとまでは言っていなかった。
それがこんなことになってしまった。血を分けた身内なのだから、色々と複雑だろう。
そんな相手を一方的に殺めてしまったことと、これからのことについての謝罪を伝えると、彼女はふるふると首を振って、
「――カンシャ。アニ」
スケアッロは言葉少なく、言った。
「ワタシ、ムレ、マトメル。ガンバル」
「……うん。僕にできることならなんでも協力するから」
スケアッロはじっとこっちを見て、
「……ナンデモ。ホントに?」
「いやまあ、なんでもってわけじゃないかもだけど。できるだけ努力はするよ」
ちょっと日和った僕に、スケアッロは半眼になってから、くすりと笑った。
「ワカッタ」
「ん。それじゃ――」
妹ちゃんの手を取った。
「帰ろっか」
「はぁい」
にっこりとこちらを見上げて、妹ちゃんが微笑んで――まばたきした次の瞬間には、視界は宿屋の部屋に戻っていた。
うお、ほんとに一瞬で戻ってこれたんだけど。
……この子の力も本当に謎だなあ。
いつでも出し入れ可能なあの謎の武器といい、今回の転移といい。
そういやゴブリン語も話せてたっけ。
なんでも出来そうな勢いだけど、逆になにが出来ないんだ? 出来ないことってあるのかな。
その妹ちゃんは、いつもの部屋に戻ってきて安心したのか、今にも寝ちゃいそうに頭を揺らしている。
「わ、待って。血がついてるから。シーツについちゃうから、脱いで脱いで!」
今にもベッドにむかって飛び込んでいきそうなのを慌てて止めて、汚れた衣服を脱がせ。
すやすやと寝入ってしまった妹のことはそのままに、とりあえず汚れた衣服を洗っておこうと一階におりていく。
井戸の水をつかって洗濯をすませた僕がベッドに戻れたのは、ずいぶんと夜遅くになってからのことだった。
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