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十七話 いとも容易い解決の手法

書き溜めができたので更新再開します。

 ◇


 昼下がり。

 町に戻ってきた僕たちをメルティアさんが待っていた。


「おかえりなさい」


 宿屋の食堂のテーブルに座り、笑顔で僕たちを出迎えてくれてから、背後に向けられた視線がそこで途端に険しくなる。


「……キーラ、どうしてあなたがこの子たちと一緒にいるのですか?」

「ん? あたし?」


 詰問するような口調。

 対するキーラさんは頭のうしろで両手を組んで澄まし顔だった。


「今朝、アニくんたちが森に行くって言うからさぁ。子どもだけってやっぱ危ないじゃん? 暇だし、念のためにってついてったんだよね。そしたらそこで、可愛い子ちゃんに出くわしちゃってさ」


 メルティアさんが僕に向けて、本当ですか?と目線で訊ねてくる。


 ……だいぶ話が違ってしまっているけど、完全に嘘ではないのがややこしい。

 少なくとも、キーラさんがスケアッロのことを知っていることは事実だから、僕は苦笑いでうなずいてみせた。


 再び、メルティアさんからキーラさんへ問い質すような眼差し。


「……いったいなにを企んでいるのです」

「企むって人聞き悪いなぁ。なんだか面白そうだなあってだけだって。ほら、あたしにかまわないでいいから、話続けて?」


 相手の本音を探るようにじっと見つめ続けてから、メルティアさんはため息を一つ。


「そちらの話も気になりますが、まずはこちらから報告をしましょう。――先ほどまで、この町の教会で教会簿を確認してきました。ひとまず、四十年前から十年前までの三十年間。そのあいだ、エルマという名前で出生の届けがあったのは七人です」


 四十年から十年前までというのは、スケアッロの年頃から逆算してのことだろう。

 そのあいだで七人というのはだいぶ少ないような気がするけど、この世界での命名事情がわからないからなんともいえない。


「その中で、三人は現在もこの町に居住しているようです。二人は、他所の町へ移っていかれたようですが」

「残りの二人のどちらかがスケアッロのお母さんってことですか?」

「いえ、そうではありません」


 メルティアさんはゆっくりと頭を振った。


「残りの二人については教会に死亡届が出ています。それぞれ、この町の墓地に埋葬されたそうです」

「それって、病気とかですか?」

「そこまで記載はありませんでした。ですが、その可能性は高いでしょう。痛ましいことですが、子どもが若くして亡くなってしまうケースはとても多いのです」

「ま、大人になれるのなんていいとこ半分くらいだしね。そんな届けなんて出せないとこの子なんて、もっとヒドイもんだけど」

「……そうなんですか?」


 僕のいた世界ではちょっと考えられない。

 でも、向こうでもほんの少し昔では同じ感じだったのかもしれない。医療が発達して、そのうえ一般化したのなんて最近だろうし。


「でも、それじゃスケアッロのお母さんは……」

「考えられる可能性はいくつかあります」


 メルティアさんがうなずく。


「一つは、この町から他所へ移った二人のうちの一方である場合。どちらも結婚を機にこの町を出ていかれたようなので、その途中でかどわかされたという可能性はあります。ただし、その場合は町でも騒ぎになっているはずですが……」

「そういう記録ってどこかでわかるんでしょうか」


 この数日過ごしてみて、新聞みたいなのは見たことがないけれど。

 役所に記録とか。……役所ってあるのかな?


「記録というのは難しいかもしれません。その二人の生家がこの町にあるはずですから、その家の方々に話を聞くのが一番だと思います。無事であれば、今も手紙のやり取りなどしているかもしれません」

「なるほど」

「この二人のうちのどちらかであればいいのですが……。そうでない場合、特定は難しくなります。昨日もお話した通り、教会簿に届けられていることが前提なので、そうでないならそちらからの手立ては難しくなるでしょう。あるいは、この町の人間でなかった場合も同様です」


 この町の人じゃなかった場合は、ちょっと考えようがないので一旦保留にしよう。

 考えるべきなのはもう一方。つまり、この町の人だけど教会に記載がないという場合だ。

 そういうことはありえるのだろうか?


「……スケアッロのお母さんみたいに、文字が書ける人は少ないんですよね?」

「はい。だいたい、十人に一人といったところでしょうか。生まれ育ちなどで大きく異なりますが」

「あたしやサンドラなんかも書くのはほとんど出来ないしねー。ってか、文字って何の話? お母さんってのは、さっき会った子のだってわかるけど」


 そういえば、キーラさんは手紙のことを知らないのか。

 スケアッロのお母さんから託された文章のことを話すと、キーラさんは興味深そうに顎に手を当てた。


「『わたしは恨んでいません』ねぇ。……なんか、逆に恨んでる感じしない?」

「そうですか?」

「だって、前提になにかあったってのがアリアリじゃん? あったからこそ、それを許しますって言いたいだけっていうかさ」

「その女性はゴブリンにかどわかされたのですよ? なにかあったのは自明でしょう」

「ま、そりゃそうなんだけどね」


 頭をかきながら、納得いかなさそうなキーラさん。


「で、その手紙が生家に宛てたものかもってことで、身元を調べようとしてるってわけね。理解理解。でも、本人に聞けば早そうだけどね」


 たしかに、それができたら一番早い。

 とはいえさすがに難しいだろう。スケアッロだって、自分たちの住処に僕たちをそう簡単に案内してくれるとは思えない。


「とにかく、町から出ていった二人のどっちかが疑わしいってんなら、まずそっちから確かめてみればいんじゃない? それが違ったら、あらためて考えてみればいいだけだし」

「……そうですね。町の方の問題はそれでいいでしょう」


 それで、とメルティアさんが続けた。


「そちらのほうはどうだったのですか? 午前中、例の女の子に会ってきたのでしょう」

「あ、はい。それなんですが――」


 スケアッロとのやりとりを告げると、メルティアさんは驚いたように大きく目を見開いた。確認するようにキーラさんを見て、うなずくのを見てかぶりを振る。


「二代続けての混血。そんなことが……?」

「やっぱり珍しいんですか?」

「……混血という話さえ、実際に見たことはありませんでした。それが、二代続けてということになると――」


 そこで言葉を切って、なにかを深く考え込んでしまう。


 どうしたんだろう?

 キーラさんを見ると肩をすくめられてしまった。


「ま、驚くのもしょうがないって。今朝会った子も、見た目はほとんど人間みたいだったし。ああいう子が増えたら、ちょっと怖いってのはあるよ」

「なにが怖いんですか?」


 僕が訊ねると、キーラさんは目をまるくした。


「アニくん、怖くないの?」

「えっと。……ごめんなさい。いまいち、怖さがぴんとこないっていうか」


 僕がこの世界に来てまだ数日だ。

 だから、どんな話を聞いても「そういうこともあるのか」くらいにしか思えない。

 逆にいえば、それは大抵のことは驚いてしまえるということでもある。だから、そうじゃないものとの差がわからないのだ。


「……意外と肝が据わってるっていうか。ヘンな子だね、キミ」

「ゴブリンって、やっぱりそんなに嫌われてるんですか?」


 仕方のないことだけど、僕とこの世界の人たちとには感覚に大きなズレがある。

 それは多分、前提となる知識や経験が僕に足りていないからだろう。


 このあいだゴブリンに襲われかけたとはいえ、妹ちゃんのおかげで事なきを得たわけだし。

 そのあとに出会ったのがスケアッロだったから、なんとなくゴブリン全体のイメージも彼女に準じたものになっている感は否めない。


 だって、彼女は言葉が通じるのだ。

 これはとても大きいと思う。


 逆に言えば、スケアッロと出会えていなかったら、僕もこんな感想は持たなかっただろうし。


「……あなたはそれでいいのですよ」


 いつの間にか考え事から戻ってきていたメルティアさんが僕を見て微笑んでいた。


「あなたは無垢なのです。それはつまり、偏見がないということでもあります。どうかそのままでいてください」


 メルティアさんはそう言ってくれるけれど。

 本当にそれでいいのかなと思う。


()()って……。ま、いーけど」


 キーラさんが呆れたように、


「それより、どうすんの? あの子、スケアッロって言ったっけ? あの女の子の言うことには、ゴブリンを新しく率いている叔父ってのがかなりの好戦派みたいだったけど。町側云々より、まずそっちをどうにかしないとじゃない?」


 メルティアさんがこくりとうなずいた。


「ゴブリンと人間のハーフ。先代の築いた軍集団を率いる拡張主義者ですか。非常に危険な相手ですね」

「そーそー。明日から、森の調査も始まっちゃうじゃん? そこでかち合ったりしたら話し合いどころじゃないでしょ」

「あ。そのことなら、スケアッロには伝えてあります。気をつけるようにってことと、できるだけ森をうろつかないようにって。でも、それがどこまで守ってもらえるかは……」


 スケアッロも、あんまり自信がなさそうだった。


「ま、素直に巣穴にでも引き籠られたら、一か月くらいあたしたちが森を彷徨ったところで見つけられないとは思うけどね。でも、とてもそんなことが出来るとは思えないけど」

「なぜそう思うのですか、キーラ?」

「だってそうじゃん」


 キーラさんは両手を持ち上げて、


「この町でゴブリン騒動が起こり始めたのが二か月前。スケアッロちゃん曰く、そのちょっと前に彼女の父親が亡くなってるんでしょ? つまり、叔父さんとやらが群れを率いるようになって、途端にゴブリンたちの動きがおかしくなってるわけよ」

「そう聞いてます。彼女のお父さんは人間との争いを望んでなかったって」

「だから、よ」


 キーラさんがぴしりと指を突きつけた。


「その叔父さんとやらは和平派だった後を継いだ。しかも、それまでの方針をまるっきり反対にしてね。ゴブリンの跡目がどういう風に決まるか知らないけどさ。実力とか、後押しがあるに越したことはないわけでしょ? そこに主戦派なんて主張を持ち出したら、今まで無理やり大人しくしていた連中からはかなりの支持があったんじゃない?」


 それは……たしかに。そうかもしれない。


「そんなやつがさ、人間に襲われるかもってだけで大人しく巣穴に引き籠るなんてすると思う?」

「……しないでしょうね。どんな集団だろうと、代替わりは不安定になるものです。そこでコロコロと方針を変えてしまえば、群れに混乱を起こすことになりかねません。最悪、自らの立場が危うくなることもありえるでしょう」

「そーいうこと。人間が森にやってくるなんて言われたらさ、むしろ喜んで迎え撃とう!くらい言いだしかねないって思うんだけど」


 キーラさんの指摘に僕は返す言葉がなかった。


「ま、実際のとこはわかんないけど。でも、町に集まった連中と森のゴブリンたちと、お互いに出会わないなんて奇跡がいつまでも続くなんて思わないほうがいいと思うけどね」


 キーラさんの言うことはわかる。

 わかるけれど、だからこそ僕は途方にくれる思いだった。


 スケアッロから頼まれた以上、なんとかしたいとは思っている。

 だけど、いったいどうすればいいんだろう。


 ――僕はまだ、彼女から預かった手紙を町の誰かに渡すことさえできていないのだ。


 そんな僕の様子を見て、キーラさんはにんまりと笑って、


「なーに情けない顔してんの。だからこそ、やることはさっさとやるべきって話でしょ?」

「やること?ですか?」

「そ。いっちばんわかりやすくて、効果がある解決策があるんだよね」


 そこまで言ってから、キーラさんはちらりと視線を移す。

 なぜか渋い顔になっているメルティアさんを意味ありげに見てから、


「教えてほしい? アニくん」

「……教えてください」

「あはは。アニくんのほうから頼まれたら仕方ないなぁ」


 メルティアさんの顔がますます険しくなった。

 キーラさんはそれを意地悪そうに見てから、


「いーい? 問題はその叔父さんが群れの首領をやってることでしょ?」

「それはまあ、」

「ってことは、その叔父さんが首領じゃなくなればいいじゃん?」

「それはそうですけど」

「だったらさ」


 キーラさんはにっこりと笑った。


「暗殺、謀殺、騙し討ち。なんでもいいから、その叔父さんをリーダーの立場から無理やり引きずりおろしちゃえば、それで解決じゃない?」



 ◇


 夜になって、僕は宿屋のベッドでじっと天井を見上げていた。


 隣では妹ちゃんが楽しそうにゴロゴロと転がっている。

 時々、肘や膝が飛んできて、それがみぞおちに入ったりしてとても痛かったけれど、考え事を邪魔しないでくれるのはありがたかった。


 考えていることはもちろん、スケアッロと、森に棲むゴブリンたちのことだ。


 ――叔父を止める。

 ――助けて。


 そう告げるスケアッロの表情は真剣だった。

 余裕がなくて、切羽詰まっていた。


 彼女がどのくらい余裕がないのか。

 それは彼女が誰を頼ったかで一目瞭然だ。


 スケアッロは()()()()()()()()のだ。

 ただの人間の子どもでしかない、この僕に向かって。


 ――叔父さんを無理やり引きずりおろしちゃえば、それで解決じゃない?


 ……キーラさんが言ったことは多分、正しい。

 主戦派の首領をおろしてゴブリンたちの行動を大人しくさせて、そのあいだに町との話し合いの機会をうかがう。


 それが一番、スケアッロの求めに応えることになると思う。


 でも、そのためにはスケアッロに自分の叔父を首領から引きずりおろしてもらわなければいけない。

 話し合いですめばいいけど、さすがにそんなに都合よく進むとは思わなかった。


 それに、時間もない。

 明日から冒険者たちが森の調査に出かけるし、それに対してゴブリンたちが退くことをしないというなら、接触は時間の問題だろう。


 その前に、ゴブリンたちの体制を変えておかなければならないのだ。

 当然、強引なやり方になるはずだ。


 とりあえず、スケアッロには明日も会う手はずになっている。

 冒険者たちの目を掻い潜ってのことになるから、そう簡単に会えるかはわからない。一応、合流の方法は、今日、森で話をしておいたけど――


「……その叔父さんって人だけ、なんとかなればいいのにな」


 ぽつりとつぶやいた僕の視界に、ひょいと妹があらわれた。

 こちらの顔を覗き込むようにして、


「おにーちゃん、どうしたの?」


 妹ちゃんには、昨日今日とスケアッロとの話であまりかまってやれていない。

 申し訳なさを感じながら頬をなでると、彼女はくすぐったそうに身をすくめた。


「ちょっと考え事がね」

「かんがえごと?」

「うん。……スケアッロ、わかるだろ? あの子にお願いされたことをどうにかしたいんだけど、ちょっと難しくてさ」

「なにがむずかしいの?」

「んー。とりあえず、彼女の叔父さんがいなくなってくれたら、助かるんだけど」


 首領から引きずり下ろすといっても、話はそう簡単じゃない。

 権力奪取のためには、ゴブリンたちの内部勢力がどうなっているかを詳しく知る必要があった。


 スケアッロのお父さんは前の首領だった。

 その人物の妻(と言っていいのかわからないけど)である、スケアッロのお母さんや、スケアッロ自身には、味方と言える勢力がついているのだろうか。和平派閥とか、そういうのが。


 もしそういうヒトたちがいるなら、それらに協力を求めるべきだろう。


 ……というか、そもそも、ゴブリンの首領ってどうやって引き継がれるんだ。父親から叔父にってことは世襲制? 選挙とかそういうのはなさそうだけれど。


 そんなことをつらつらと考えていると、こっちをじっと見つめていた妹ちゃんが、


「わかったっ」


 と手を打った。


「それじゃ、あたしが()()()()()()()()()ね!」


 言って、まるで散歩でもしてくるような気やすさでベッドから飛び降りる。


 突然の言葉に僕は顔をしかめた。


 身を起こすと、すぐ先に見えるのはそのままどこかに行こうとするかのような背中。

 妹の手をとろうと腕を伸ばして、触れた。


「待って。いったいなにを――」


 瞬間。

 ぐるりと

 視界が揺れた。



 ◆


 ……薄暗い洞窟内には据えた獣の匂いが籠もっている。


 灯りに使われる獣脂の燃える匂い。

 そして、それ以上に汗と体臭の混じった匂いが充満していた。


 朦朧とした意識を戻した女は、少し離れた場所で自身に背中を向ける姿を見つけた。

 一瞬、過去を幻視する。


 緑色の、やや小柄な体躯。

 明らかに人間のそれではない。だが、彼女が何度となく肌を合わせた相手を思わせる姿ではあったが、


「起キタか」


 振り向いた表情に、女はそれが幻でしかないことを理解した。


 人とゴブリンの混ざった容姿は、確かに彼女が思い描いた相手と近似ではある。

 だが、その表情は彼女が知る人物のそれとはまるで異なっていた。


 表情だけではない。

 その相手は、一挙手一投足からすべてが違った。……モノの扱い方も、ヒトの抱き方も。


 同じ血を継いだはずなのに、どうしてこうも違うのか。

 彼女はそれを知らなかったし、相手に訊ねようとも思わなかった。


「起キタなら、続キだ。サア、やルぞ――」


 下卑た笑みを浮かべる。

 その表情に自分の知る面影が重なって見えるからこそ、彼女は嫌悪感に顔をしかめた。


「なぜ、あなたは……」


 亡き兄のものだった女を犯す。

 それがゴブリンという種の流儀だとしても、人の血と混じって生を受けた以上、そこに疑問を感じてもいいはずだった。


 少なくとも、彼女の知る相手はそうだった。

 人の血とゴブリンの血。

 その両者の共通する部分と相容れない部分について深く考え、他者を慮って行動するヒトだった。


 だが、この男は――


「嫌か? 嫌なら、無理ニとは言ワない」


 人間とゴブリン。その醜悪な部分だけを引き継いだとしか思えない表情で、男はクツクツと笑った。


「ソノ代ワリ、えるま。ソノ時は、オ前の娘に頑張ッてモラうしかナいな。アノ娘なら、きっとヨい子を産んでクレる――」


 脅迫のような言葉に、エルマと呼ばれた女は唇を噛みしめた。


 彼女の娘はまだ十を過ぎたばかりだった。

 子を宿すにはあまりに早すぎる。


 目の前の男はそれをわかったうえで言ってきているのだった。

 吐き気がするような気持ちを堪えながら、彼女は黙って相手に向かって股を開いた。その拍子にどろりと内側に溜まった体液が零れていく。怖気寒さに身が震えた。


 この男の子を宿すのは嫌悪感しかない。

 だが、それでも――自分の娘を守るためにそうするしかないのなら、彼女に他の選択肢はなかった。


「イイ恰好だナぁ」


 せせら笑いながら、男がのしかかってくる。

 きつい体臭に息が詰まる。無理やり口のなかに舌先が侵入してきて、彼女の心のひだを嬲るように蠢いた。愛撫もなにもない、無遠慮なだけの抽挿が始まる……。


 せめて目の前の相手の顔を見なくて済むよう、彼女は目を閉じてすべての行為が終わるまでをひたすらに耐え忍ぼうと覚悟して――



   「()()()()()()()()()



 不意にした、声。

 続いて、ぱしゃんっとなにかが水面に跳ねるような音が響いた。


 液体のようななにかが顔面に飛び掛かり、彼女はまぶたを持ち上げた。


 ――目の前に、頭を失くした男の首があった。


 頭部を丸ごとどこかへやってしまい、ビクビクと痙攣する首の断面から、それと同期するように血が噴き出している。滑稽なことに、いまだに彼女のなかにある相手の一部もそれと同じように震えていた。


 おそるおそる自分の顔に触れる。

 目の前に持っていった手は相手の血と、それ以外の灰色の体液にどろりと濡れていた。

 それが、目の前の相手の失われた頭部を構成していたなにかだと気づいて――彼女は悲鳴を上げた。



お読みいただきありがとうございます。

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