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十六話 森での密会

 ◇◇◇


 次の日の朝。


 まだおねむの妹をベッドに寝かせたまま、僕は一人で一階へ。

 宿屋の裏に出ると、いつものようにサンドラさんはすでに鍛錬を始めていた。


 邪魔にならないよう距離をおいて、息を吐く。


 ……剣を振るのは十年早いと言われたので、今日は素振りはなしだ。

 代わりに足を肩幅に開き、つま先を少し外側へ。


 手を前に出し、重心をお尻の方に持っていきながら息を吐きつつ、腰をおろす。

 太ももが地面と平行くらいになったら、今度は息を吐きながら立ち上がる。


 ゆっくりとした上下運動。

 いわゆるスクワットを始める僕に、遠目からサンドラさんの呆れたような視線が向けられる。


 それには気づいていたけれど、僕は気にしなかった。

 脳裏には昨日、メルティアさんと話した内容が思い浮かんでいる。



「……エルマという人物についてはこちらで調べてみましょう。この町の出身であれば、教会に記録が残っているかもしれません」

「教会でそういうのを記録しているんですか? 戸籍みたいな」

「コセキ、というものと同じかどうかはわかりませんが……。出生時や婚姻、死亡時には教会にその旨が連絡されるのです。特に上流家庭の場合、記載されないことのほうが珍しいはずです」

「なるほど……」

「あなたのほうでは、件のスケアッロという子とのあいだで確認してみてください。その子とその母親が、集落内でどういう立場にあるのか。二人が戦いを望まない和平派とするなら、主戦派は存在するのか。方針は一致されているのか。今後、町とのあいだに話し合いをもつためにはそのあたりの情報が重要です」


 できますか?と視線で訊ねられ、僕はうなずいた。

 メルティアさんはにこりとして、


「頑張ってください。あなたの頑張り次第で、多くの人々の運命が変わるかもしれません。……それから、もう一つ」


 真剣な表情で続けた。


「今日、町にやってきた冒険者たちと話し合いがありました。残りの先遣組が町に到着するのは明日。本格的な調査が開始されるのは明後日以降ということになりますが、先日のキーラのように自主的に森へ斥候に出かけるパーティがあってもおかしくありません。話し合いの際には、十分に注意するようにしてください」


 ……たしかに、昨日のスケアッロは随分と町寄りの場所までやってきてしまっていた。


 僕らが簡単に入れる場所というのは、他の人にとってもそうだ。

 経験豊富な冒険者であればなおさらだから、彼女と会う時には特に気をつけないといけない。


 そんなことを考えながらスクワットを続けているうちに、すぐに足はパンパンに。

 肩で息をしていると、サンドラさんと目が合った。


 もう終わりか?と言いたそうな冷ややかな視線。


 なにくそと身体を起こして、もうワンセット。


 ……。


 突き刺さるサンドラさんの視線に、もうワンセット。


 ……以下ループ。


 結局、サンドラさんの鍛錬のあいだ、僕はずっと下半身を苛め抜くことになった。

 大の字になってその場に倒れ込む僕を上から見下ろして、


「いい根性だった」


 そう言うサンドラさんの眼差しは普段のように淡々としている。

 ただ、その口元には薄い微笑が浮かんでいて、そのことがたしかに自分を称賛してくれているように見えたから、それだけで頑張ってよかったと思えた。



 ……朝っぱらからそんなふうに無理をしたら、反動はでてしまうわけで。


「うう……」


 朝食のあと、町門からでて森に向かいながら、僕はよろよろと足を引きずる始末だった。


「おにーちゃん、だいじょうぶ? いたいのいたいのとんでけ、する?」

「大丈夫……。これはね、勲章みたいなものだから……」


 心配そうに僕のことを見つめてくる妹ちゃんの頭をなでながら、冗談みたいに重たい足を持ち上げる。


 スクワット、恐るべし。

 ちょっと頑張りすぎたのは確かだけど、まさかこんなにしんどいとは思わなかった。


 明日からは、朝のトレーニングは控えめにしよう……。

 なんて情けないことを決意しながら、えっちらおっちらと森へと向かっていると、


「――おはよっ」


 ぽん、っと後ろから頭を叩かれた。

 飛び上がって後ろを振り返ると、そこにはニコニコ顔のキーラさん。


「キーラさん!? どうして、ここに――」

「ん? 朝のおさんぽ」


 それにぃ、とキーラさんは懐からなにかを取り出してみせる。

 彼女が手にしたものは、薬草の詰め合わせを買い取りしてもらった時、そのままお店に引き取られたとばかり思っていた粗い編み袋。


 思わずあっという顔になってしまう僕に、キーラさんはひどくご機嫌な様子で、


「これ、返したほうがいいんじゃない? 森のお友達に、さ」


 ひらひらとそれを振りながら、人の悪い笑顔でそう言った。



 ◇


「…………」


 約束通り現れた僕らを前に、スケアッロは警戒心MAXの表情を浮かべていた。

 理由はもちろん、僕ら+一人の、もう一人の存在にある。


 にっこり笑顔のキーラさんに今にも掴みかかりそうな勢いで、


「オマエ、キライ!」

「えー。やだなあ、どうして? 仲良くしようよ~」


 真っ向から敵意を剥きだしにされて、まるでそれを意にしない様子で受け流すキーラさん。

 視線をこっちに移して、スケアッロが声を荒らげた。


「コイツ、キライ!」

「いやまあ、気持ちはわかるけど……。ちょっと落ち着いてよ」


 なにせ彼女は一昨日、キーラさんに仲間を三匹もやられてしまっている。

 嫌うなと言うのが無理な話ではあったけど、


「ナンデ!」

「他の冒険者が近くに来てるかもしれないんだ。見つかったら危ない。わかるだろ?」


 ぐぅ、とスケアッロは口を閉じた。

 苦虫をかみつぶすように僕とキーラさんを見比べてから、


「オマエ、ハナス・ナイ。アッチイケっ」

「はいはい、わかりましたよー」


 頭の後ろで両手を組んで、キーラさんは僕らから遠ざかっていく。


「まわりの警戒はしといたげるからさ。三人でたっぷり内緒話すればぁ?」


 なんだか、ずいぶんと物分かりがいい。

 出会って数日だけど、キーラさんはそういう性格ではないと思ったから、僕が胡散臭く思ってその後ろ姿を見送っていると、スケアッロに服を引っ張られた。


「テガミ、ワタス・デキタ」

「えっと。そのことなんだけど……まだ渡せてない」


 途端にスケアッロの眉が逆立った。


「ナンデ!」

「わー! 説明するから! 声! 声を抑えてってば!」


 僕と妹の二人から口をふさがれて、むぐうと沈黙するスケアッロ。


 手紙を渡せないのは、誰に渡せばいいか迷っているからだということ。

 手紙にあった「町の有力者」というのが誰かわからないということ。

 スケアッロのお母さんがいったい誰のことを想定しているのか知りたいということ。


 僕の説明を受けて、スケアッロは怪訝そうに顔をしかめた。


「ニンゲン、ムレ、オウナイか?」


 ……なんだって?


 首をかしげる僕にもどかそうにして、妹のほうを見る。

 ぎゃぎゃぎゃ、がうがうと二人でやりとりして、


「にんげんには、むれをひきいるおうさまがいないのか?って」


 うーん、と僕は腕を組んだ。


 王様。そういえば、どうなんだろう。

 昔、ゴブリンの国があったという話はメルティアさんから教えてもらったから、ゴブリンの王はいたんだろうけど。


 でも、領主さまがどうとかって話は聞いたことがあった気がする。

 領主がいるってことは、そのうえに王様がいるのかな? 領主と王様ってそういう関係だったような。


「……とりあえず、町には王様はいない。はず。町には何人かの有力者がいて、その人たちの話し合いで物事は決まってるみたい。だから、誰に手紙を渡せばいいか悩んでるんだ」

「……ニンゲン、ムズカシイ……」


 僕とおなじように腕を組んで、首を振るスケアッロ。


「スケアッロ。きみのお母さんは、あの町の出身なの?」


 エルマさんというその女の人が、何年前にさらわれたのかはわからない。


 ただ、スケアッロの年恰好から彼女は僕たちとそんなに変わらない年齢に見える。多分、十歳前後だろう。

 だとしたら、エルマさんがさらわれたのもそのくらいの頃になるはず。


 身内があの町にいる可能性が高いだろう。

 エルマさんのあの文章がその身内にあてたものであるなら、「町の有力者」が誰かというのも自然とみちびかれることになる。


 スケアッロはこくりとうなずいて、


「ハハ、ズットムカシ。アレ・マチ、イタ」


 やっぱりそうなのか。

 じゃあ、メルティアさんが教会で調べてくれれば、エルマさんの身元はわかるかもしれない。「町の有力者」問題はそれで解決だ。



「それじゃあ、あの手紙は、エルマさんの家族に渡せばいいのかな。そういうことだよね?」

「……ワカラナイ。ハハ、イワナイ。デモ、タブン・イイ」


 スケアッロは自信なさそうに首を振った。

 うーん。本人に確認できれば一番いいんだろうけど。


「それと、もう一つ確認しておきたいんだけど……」


 スケアッロと、彼女の母親であるエルマさんの群れのなかでの立場。

 ゴブリンたちの思想が和平派で統一されているのか。

 そうじゃない――つまり、主戦派のゴブリンたちもいるのか、いたらどれくらいの勢力なのか。


 そのあたりを教えてほしいと訊ねると、スケアッロは嫌そうに顔をしかめて、


「ナンデ、キク」

「だって、きみたちと戦わなくてよくなったって、他のゴブリンたちがそれを守ってくれなかったら意味がないし」

「…………」

「ゴブリンには、群れを率いる王さまみたいなヒトがいるんだろ? そのヒトの意見はどうなの?」


 主戦派か、それとも和平派なのか。

 町とゴブリンたちのあいだで話し合いが持てるかどうかは、まずそこが問題のはずだ。


 スケアッロは顔をしかめたまま、そっと下を向いた。

 ぎゃうぎゃ、と小さくつぶやく。


「なんだって?」

「わへいは、だって」

「……本当に?」


 あんまり信用できる態度には見えない。

 スケアッロはきっとこちらを睨みつけて、


「ウソ、チガウ! ……デモ」

「でも?」

「タタカウ、イヤ。チチ、シテタ。シンダ。ダカラ……」


 うん。わからない。

 妹ちゃんに通訳をしてもらって、要点をまとめてみる。


 つまりこういうことだった。


 元々、ゴブリンの群れをまとめていたのはスケアッロの父親だった。

 彼は人間との争いはできるだけ避けるという立場をとっていて、実際にその父親がまとめているあいだ、人間とのあいだに争いはほとんど起きなかったらしい。


 だが、その父親が先日、亡くなってしまった。

 あとを継いだのは父親の兄弟、つまりスケアッロにとって叔父になるゴブリンで、その叔父は父親の方針に昔から反対だったらしい。


 群れの王になった叔父は、父親が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持ちだして、どんどん縄張りを拡張しはじめた。

 それで、最近は急激に人間とのいざこざが増えてしまっている。


 スケアッロの母親はそうした事態を憂いて、町とのあいだに話し合いを持ちたいと思い、スケアッロに手紙を渡した――という流れらしい。


「なるほどねー」


 いつの間にか、キーラさんが僕らの話し合いに耳をそばだてていた。

 僕の頭に両手をのせて、その上にあごをのせるようにしながら、


「当主が代替わりして、力関係が変わっちゃったわけだ。主導権を取り返すためには、外部の力を頼るしかない――だから、人間と手を組もうってことかぁ」


 スケアッロがキーラさんを睨みつけた。


「チガウ!」

「え、そういうことでしょ? いいじゃん、別に悪いなんて言ってないし。派閥争いなんて、人間だって日常茶飯事だよ」

「ウルサイ!」


 いがみ合う二人を余所に、僕は腕を組んだまま考え込んでいた。


 主戦派と和平派。

 メルティアさんが懸念していたとおり、ゴブリンたちは一枚板ではなかった。


 しかも、話を聞く限りだと今の主流派なのはスケアッロやそのお母さんのエルマさんたちじゃないらしい。

 あきらかに主流派はもう一方で、そして主戦派でもある。


 ……町の側がゴブリンたちと話し合いを持とうとしても、相手側にそのつもりがなかったら意味がない。


「ならさー、まずその叔父さんとやらを説得しないとじゃ? 普通のゴブリンだと人間の言葉はわかってくれないし、こっちが話すわけにもいかないしさ」

「チガウ!」

「なんでも否定しないでよ。傷つくなぁ」


 苦笑するキーラさんから嫌そうに目を離し、スケアッロはぎゃぎゃうと妹ちゃんになにかを告げる。

 ふんふん、と話を聞いていた妹ちゃんが目をまんまるくして、僕を見た。


「おにーちゃん、ちがうんだって!」

「ちがうって、なにが?」

「そのおじさん、()()()()()()()()じゃないんだって」


 ん? どういうこと?


「ちょっと待って。それって――」


 眉をひそめるキーラさん。

 なにかに思い当たったらしいけど、僕にはさっぱりわからない。


 追加の説明を待っていると、妹ちゃんは上手く説明するためにか、うーんとしばらく頭のなかで考えを整理するような表情をしてから、


「えっとね。このこのおばあさんはにんげんで、おかあさんもにんげんなんだって。だから、おじさんもにんげんのことばはわかるんだって!」

「ウソでしょ、二代続けて? そんなことありえる……?」


 さすがに驚いたように、キーラさんが目を見開いている。

 その言葉でようやく意味がわかり、僕は驚いて目の前にいる相手を見た。


 人間とゴブリンの混血で生まれたにしては、あきらかにゴブリンとしての形質が薄いように思える容姿。

 その理由がわかって、驚愕した。


 スケアッロは、人間とゴブリンのハーフじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に生まれた――つまり、クォータだ。


 スケアッロはまっすぐに僕を見つめて、


「ワタシ、オジ、トメル。――タスケテ、アニ」


 あらためて、その言葉を口にした。


お読みいただきありがとうございます。

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