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十五話 シスターへの相談

 ◇


「これは……」


 僕から渡された手紙を読んで、メルティアさんは軽く絶句した様子だった。

 眉をしかめ、布切れの手触りを擦るようにして確かめながら、


「いったい、これは? これをどこで手に入れたのですか?」

「……今日、森の入り口近くで薬草を採っていたら、昨日の――ひとの言葉を話す、ゴブリンの女の子がやってきて。たくさんの野草が入った袋と一緒に渡されたんです。この手紙を、町の有力者に渡して欲しいって」

「有力者に?」


 眉をひそめるメルティアさん。


「はい。その子は僕に、タスケテって――『助けて欲しい』って、言われました」

「……他に、その子はなにか言いましたか?」

「えっと、『自分たちは、戦いたくない』って。あと、『自分たちは人間を嫌ってない。人間が自分たちを嫌ってんだ』とも」


 そうですか、と息を吐いて。

 メルティアさんは静かな眼差しを向けてきた。いつもよりほんの少しだけ厳しい視線が僕を見据える。


「それで、あなたはその言葉を信じたのですか?」

「……わかりません」


 正直に僕は答えた。


「その子とは、昨日会ったばかりだし。人間とゴブリンって色々あるでしょう? その橋渡しが出来るなんて。僕はこの世界のことぜんぜん知らないのに」


 ぴくりとメルティアさんの眉が動いた。


 ……いけない。余計なことを言ったかも。


「でも、あの子は言葉をしゃべりました。たどたどしくて、意味はわかりづらかったですけど。でも、言葉が通じるなら、分かり合えることだって――」


 僕の言葉は、徐々に尻すぼみになってしまう。


 メルティアさんが黙ってこっちを見つめている。

 その目は僕のことを非難するようではなかったけれど、なにかを言いたそうではあった。


「……やっぱり、無理なんでしょうか」


 僕が言うと、メルティアさんは困ったように眉をひそめた。


「そうですね……。いえ、決して不可能と断定するわけではありません。ただし、なかなか難しいことではあると思います」


 ちょっと考えるようにしてから、


「言葉は、我々が神から与えられた大いなる贈り物です。そのおかげで、我々は他者と意思を共有することができる。感情を分かち合うことができます。喜びも、悲しみも」


 敬虔な聖職者の表情で、メルティアさんはそっと息を吐いた。


「けれど同じ人間であっても、同じ言葉をつかって、なお分かり合えないことはたくさんあります。それは個人の関係性もですが、文化的な価値観の相違や、歴史的背景があるからです。人とゴブリンの場合、その差はさらに大きくなります」

「それは、……はい。わかります」

「そもそもの疑問として、その子――ひとの言葉をしゃべる女の子の立場は、いったいどういったものなのでしょう。この手紙を書いた人物もですが……、ゴブリンの集落を主導する立場にあるのかどうか。それがわからなければ、交渉の可否を考えることにはあまり意味がないような気がします」


 メルティアさんの言っていることはわかる。

 僕はうなずいて、


「その子――スケアッロとは、明日も会うことになっているんです。その時に確認しないといけないこともたくさんあると思ってて。でも、その前に、自分がまず知っておかないといけないこともたくさんあるから、それでメルティアさんに相談したかったんです」

「……なるほど。そういうことでしたか」


 メルティアさんはにこりとした。


「確かに、それはいい考えですね。それでは一緒に少し考えてみましょうか。……あなたはこの手紙を受け取って、最初になにを感じましたか?」

「……最初に思ったのは。不思議だなあって、そう感じました」

「不思議?」

「その手紙は、スケアッロのお母さんが書いたって言いました。ゴブリンは人間をさらうんですよね?」

「……そうですね。そういう事例はあります」

「無理やりさらって、怖い思いをさせて、子どもまで生ませて。そんなにひどい目に遭った女の人が、わざわざ手紙まで書いて渡すって、どういう気持ちなんだろうって」


 普通に考えたら恨むだろうし、憎むだろう。

 それともその怒りは、自分を助けてくれない同族たちに向けられているのかもしれない。


「教えてください。その手紙には、なんて書かれてるんですか?」


 メルティアさんが目を伏せた。

 手紙の文面をなぞるようにしながら、


「こう書かれていますね。……『わたしは恨んでいません。だから、平和と協力を』と」


 平和と協力。

 とても誰かや、なにかに怒っている文章には思えない。


 穏当すぎて逆に不気味だった。

 本人の意思とは関係なしに無理やり書かされたんじゃないかって、そんなふうに疑ってしまう。


「メルティアさんは、どう思いますか?」

「……正直、判断が難しいですね。私はスケアッロという女の子とも、その母親である女性とも面識がありませんから。その女性の名前は聞いていますか?」

「エルマっていう名前だって聞いてますけど」


 それがどうしたんだろう。

 僕の視線にメルティアさんはかぶりを振って、


「文字の読み書きができる人は多くありません。特に書くことは。それを商売にしている人がいるくらいです」

「そうなんですか? でも、それじゃ冒険者の人たちは」


 冒険者の人たちは、酒場の依頼書を読んで仕事をしていたはず。

 僕の疑問にメルティアさんはうなずいて、


「大抵の冒険者なら、依頼書を読むことはできます。見聞きするうちに、自然と。けれど書くことまで出来る相手はあまりいないでしょう」


 なるほど。


「メルティアさんは、どっちも出来るんですか?」

「そうですね。私は、教会で読み書きを習いましたから……」


 メルティアさんは穏やかに微笑んだ。


「エルマさんって人も教会の関係者……って、決まったわけじゃありませんよね」

「その可能性もありますが……。他には商売人や、公証人。それから、いわゆる上流家庭の身分ということも考えられるでしょう」

「この町の関係者だと思いますか?」


 もしも、エルマさんがこの町の上流家庭の出身者なら、スケアッロからの伝言も理解できる気がする。

 指定された手紙の送り先――()()()()()


「わかりません。しかし、可能性はあるでしょう」

「町の有力者って、誰のことなんでしょうか。この町の町長さんとか?」

「そうですね……。他にも何人か考えられます。教会の司祭や、商工業の代表者。盗賊組合のまとめ役なども、有力者と言えるでしょう。いわゆる町の名士と呼ばれる人たちですが」


 盗賊組合の場合は、『表の』というわけではないかもしれませんが。苦笑するように、メルティアさんは言った。


「その人たちなら、たとえばゴブリンのヒトたちと話し合いをして、なにか――ええと、協定みたいなことを結べたりできるんでしょうか」

「表立ってということであれば、難しいでしょう。私たちの依頼はこの町で受けたものではありません。この町だけの依頼なら、町の有力者に根回しをすることも可能でしょうが」


 なら、町の有力者に手紙を渡してほしいというスケアッロの頼みごとは、最初から無意味なことになる。


 思わずため息をつきかけた僕に、メルティアさんはゆっくりとかぶりを振って、


「あくまで()()()()()、です」

「可能性があるんですか?」

「……絶対に不可能だとは言いません。もちろん、とても難しいことでしょうが――。私としては、この手紙を書いた人物が、いったいどういう意図でこの文面を用意したのかが気になります。なにか思惑があってのことなのか、それとも純粋に自分の思いをしたためただけなのか……」

「そのあたりの確認が必要なんですね」

「はい。相手の素性や出身で、意図が読めるかもしれません」


 明日、スケアッロに聞いてみよう。

 それとも、直接お母さんに会わせてもらうとか? さすがにそれは難しいか……。


 そんなことを思っていると、ふとメルティアさんの視線が気になった。

 見守るように微笑みかけてきてくれている。


「……あの、聞いていいですか?」

「はい。なんですか?」

「メルティアさんは、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」


 昨日から感じていた疑問だった。


 キーラさんが言っていた。

 メルティアさんはとてもいい人だけど、僕たちに対する態度は度が過ぎていると。


 彼女が僕らを特別扱いする理由があるとしたら、それは僕の妹の存在だろう。

 だけどそれは、僕まで特別扱いする理由にはならないはずだ。


 メルティアさんはにこりと微笑んで、


「あなたたちを導くことが、私の使命ですから」


 使命?


「はい。あなたたちは()()()()()()()()()、わからないことも多いでしょう。あなたたちが知らないこと。あなたたちの立場では出来ないことが、たくさんあるはずです」


 ドキリとする。

 メルティアさんは続けた。


「それなのに。あなたは今、こんなにも真剣に考えようとしています。会ったばかりの女の子のために。会ったこともない、その少女の母親のために。私はそれをとても嬉しく思います」

「いや、それは――」


 思わず口をはさみかける僕をさえぎるようにかぶりを振って、


「私はそれを手伝いたいのです。だからどうか、私の立場を利用してください。()()使()()()、あなたが為したいことを為そうとしてください。それが私の望みです」


 やわらかな笑みを浮かべて、真摯にこちらを見つめるまっすぐな表情に。

 僕ははじめて、目の前にいる人のことを少しだけ怖いと思った。


 ――()()()()()()()


 脳裏に、キーラさんの台詞がよみがえる。


 この人は、僕に――僕と妹の二人に、なにかとんでもないことを期待している。

 それがわかったから、僕はおもいっきり顔をしかめて。


「……僕になにかできるのか、わかりません。でも、出来ることがあるなら、やってみようと思います。――手伝ってもらえますか」

「もちろんです」


 メルティアさんは微笑んだ。


 あくまで僕の勘違いじゃなければだけど。

 その表情は、どこか恍惚としているように見えた。



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