十四話 ゴブリン少女の依頼
◇
「戦いたくない? ……それって、冒険者の人たちと?」
「チガウ。ニンゲン」
人間と戦いたくない? ゴブリンが?
「変だな。ゴブリンって、人間のことを嫌っているのかと思ってた」
「チガウ!」
首をかしげる僕に、スケアッロは大きな声で否定した。
「なにが違うの?」
「ワレワレ、キラウ・チガウ。キラウ・ニンゲン……!」
……困った。
たしかに彼女はこっちの言葉を話してくれているけれど、微妙なニュアンスがわからない。
そっと隣に耳打ちする。
「……ごめん。あの子がなにを言いたいか教えてくれない?」
妹ちゃんはきょとんと目をまたばたかせて、こくりとうなずいた。
「ぎ、ぎゃーぎぐ、ぎゃが?」
「ギャ。ギャグ、ギラギガ」
「こっちはきらってない。にんげんが、こっちをきらってる。だって!」
なるほど。
「でも、僕は別にきみたちのことを嫌ってないけど、昨日も、一昨日もゴブリンに襲われたんだけどな」
「グギ、ギラギャージグ、ギャガ」
「にんげんだってこっちをおそう。って」
「そりゃそうかもだけど……。少なくとも、僕はきみたちを襲ったことはないよ」
「ギラグゲラ、グガラ! ギギグギャリグガジ!」
「にんげんをおそったことのないなかまも、にんげんにおそわれたことがある。って」
ははあ、と僕は腕を組む。
これってようするに、『どっちが先か問題』なのかな?
どっちが先に手を出したとか、そういう。
鶏と卵……とは、ちょっと違うかも。
「人間とゴブリン、どっちが悪いかは僕にはわからないよ。わかるのは、きみが人間と交渉をしようとしてるってことで、その相手に僕を選んだってことだ」
わからないのはそこだ。
いったいどうして、この子は僕なんかを交渉相手に選んだんだ?
「どうして僕に?」
訊ねると、スケアッロはこっちをじっと見つめて、
「オマエ、チガウ」
「違う?」
「オマエ、ワタシ、タスケタ」
……助けた?
「ソウ」
スケアッロは視線を僕の隣に移す。
大きな瞳に写っているのは恐怖だ。彼女はすぐに視線を戻して、
「オマエ――」
なにかを言いかけてから、もどかしそうに頭を振る。
ため息をついて口をひらいた。
「……ギグ、ガーググジグルチ、ギガガ。ギラ、ギャガ、ギ」
「おにーちゃんは、ころそうとしなかったって。だから、しんじられるって!」
妹ちゃんは嬉しそうに、ぼくのことをニコニコと見上げてきてくれる。
僕が褒められたことを喜んでくれているんだろうけど。
あの時、僕が彼女を止めた理由はたんにビビったからだから、僕としては複雑だった。
スケアッロは大きくうなずいた。
目をキラキラさせて、
「オマエ、フツウ・チガウ。スゴイ」
はは、照れるなあ。
お願いだからこれ以上、ぼくのへたれっぷりに箔をつけようとするのはやめてほしい。
「……わかった。それで、きみはいったいなにをさせたいの? どうやってきみたちを助ければいい?」
僕が訊ねると、彼女は懐に手を入れて、なにかを取り出した。
ボロボロの布切れ。そこになにかが書きつけられている。
文字だということはわかるけど、残念だから僕にはなんて書いてあるかわからない。
「コレ。ワタシテ」
「誰に?」
「マチノユウリョクシャ」
スケアッロが口にする、その言葉だけはとても流暢だった。
まるで、何度もよく練習してきたように。
考えてみれば、彼女はさっきから僕の言葉を妹の通訳なしでも理解できていた。
……多分、人間の言葉を話すことに比べて、聞くことに慣れているからだ。
彼女の近くには、人間の言葉で彼女に話す相手がいる。
「ねえ。これを書いたのは誰?」
「ハハ」
スケアッロは言った。
「ワタシノ、ハハ」
◇
手紙を受け取り、僕たちは町に戻った。
たっぷりの薬草が詰められた袋を持たされてのことだった。
一応、言い訳しておくと、これでも僕は断ったのだ。
こんなのもらえない。
せめて、無事に手紙を渡してからじゃないと受け取れないって。
でも、スケアッロは強引にこれを僕に手渡して、それから最後にこう言った。「――マタアシタ。ココデ」
……つまり、これは報酬の前渡しってことになるんだろうか。
ということは、僕は彼女の依頼を受けたことになる。
まあ、手紙を受け取っているんだから、いまさらなにをって話ではある。
実際、僕はこの手紙を町の有力者に渡そうと思っていた。
問題は二つ。
僕には町の有力者が誰かわからない。
そして、この手紙に書かれている内容もだ。
内容を確認しないで渡すのは、さすがにちょっと無責任すぎる。
なにが書かれているかによっては、スケアッロに突き返さなきゃいけないことになるかもだった。
そのためにも、誰かにお願いして、この手紙の内容を読んでもらいたいところだけど――その相手に誰を選べばいいだろう。
すぐに頭に浮かぶのは、メルティアさんだ。
それに、キーラさん、サンドラさん。
僕が知っている、信頼できる大人はこの三人くらいだ。
必然的にお願いできるのもこのなかの一人になるわけだけど、
「だれをつかう? おにーちゃん」
心を読んだように、妹ちゃんが僕を見上げながらそう言った。
僕は足を止めて、隣を見る。
妹ちゃんの肩を掴み、渋面で見下ろして、
「そういう言い方はダメだよ」
「どうして?」
「僕が嫌な気分になる」
妹ちゃんは不思議そうにこっちを見上げてから、
「うん。わかった、おにーちゃん」
無邪気に、にっこりと微笑んだ。
……お願いするなら、やっぱりメルティアさんだだろう。
手紙のこと以外にも、相談したいことがあるし。
今日、メルティアさんたちは他の冒険者と話し合いだって言ってたけど、もう終わったかな?
それを確認するためにも、ひとまず酒場に向かおうとしていたところで、
「あれ、アニくんじゃん」
前から歩いてくるキーラさんと出くわした。
「こんにちは」「こんにちはっ」
「はーい、こんにちは」
ぽすん、ぽすんと僕と妹の頭に手を置くキーラさん。
彼女は僕の手に持ったものを覗き込みながら、
「それなぁに?」
視線の先にあるのは、ぱんぱんに膨らんだ袋。
「あー……。さっきまで、森でいろんな野草を採ってて」
「お、偉い。なにか珍しいの見つかった?」
「えっと。あんまりよくわかんなくて……。とりあえず、それっぽいのを集めてきたんですけど」
僕が袋のなかを見せると、キーラさんはひゅうっと口笛を吹いた。
「三日月草じゃん。それ以外にも、――わあ。ちょっと待って。めちゃくちゃ珍しいのがたくさん入ってるじゃん。これも、これも。ねえ待って待って。これほんとに、あの森で見つけたの?」
「えーと、はい。……でも、どのくらいの価値かとかって、よくわからないから。酒場の親父さんに買い取りをお願いしようかなって」
「それ、本気で言ってる?」
思いっきり顔をしかめるキーラさん。
「こんなレアなやつ、あんなとこに持っていったって買い叩かれるだけだって。ついてきなよ、いい店紹介してあげる」
ご機嫌そうに僕らを両腕で抱え込んで、彼女はウキウキで歩き出す。
それで、と横目で僕を見て、
「その袋は、いったいどこで手に入れたわけ?」
「……森で拾いました」
「ふぅん?」
キーラさんは目を細めて、人が悪そうに唇を持ち上げた。
――そして、再び繰り広げられるキーラさん無双。
目の前には、精も根も尽き果てた様子でカウンターに突っ伏すお店の主人の姿があった。
その彼を心の底から同情して眺めている僕の横で、
「毎度ありぃ」
たくさんの銀貨や銅貨をもてあそびながら、ふくふくとしたキーラさんがとてもいい笑顔をしていた。
彼女は手にしたそれを僕に手渡し、そこから数枚の銅貨を摘まみあげてから、
「じゃ、あたしの取り分はこれってことで」
「……あ、はい。ありがとうございました……」
本当に、それ以外の言葉が見つからない。
夢にでてきそうだ。
渡されたたくさんの硬貨を見下ろしながら、こっそりと息を吐く。
スケアッロから渡された野草の詰め合わせには、たしかにとんでもない高価なものも含まれていたらしい。
でも、だからって、まさか銀貨にまでなるなんて。
……とりあえず、これには手をつけないでおこう。
もしスケアッロからの依頼が上手くこなせなかったら、もらった薬草の代わりにこれを返すことになるかもしれない。
「じゃ、あたしはなんか食べてくるけど。二人はこれからどこか行くの?」
「えーと……。あ、メルティアさんがどこにいるかわかりますか?」
「メルティア? あの子なら宿に戻ったんじゃない? 話し合いも終わったしね」
「わかりました。それじゃあ、僕らも宿に戻ります」
「そ。んじゃ、またね。ルーゲのおっさんも、またね~」
にっこにこでお店を出ていくキーラさんを見送って、僕はもう一つため息。
妹ちゃんと目をあわせて、
「……帰ろっか」
「うんっ」
◆
仲睦まじく通りを歩いていく二人を見送る視線があった。
近くの屋台で買ったクラミルの実に齧りつき、ちらと視線を落とす。
薬草の買い取りが終わった後、道具屋から引き取ったボロボロに汚れた空袋。明らかに人間の手によるものではない縫製で編まれたそれを興味深そうに眺めてから、
「ほんと、可愛いなあ。子どもって」
キーラはくすりと微笑んだ。
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