十一話 買い物無双
◇
酒場を出る前に、僕は森で採ってきた成果を親父さんの前に提出した。
それまでなぜか店の奥に姿を隠していた親父さんは、僕以外の姿が残っていないことを確認すると、小さく息を漏らす。
哀れむような視線が向けられた気がしたけれど、僕は気づかない振りをした。
親父さんはやれやれと頭を振って、テーブルのうえに出した代物を手に取って念入りに確かめはじめる。
森で採ってきた昼月草は7本。
それと、三日月草が1本。
「……こりゃなんだ? 依頼の内容は、昼月草だけだったはずだがな」
「キーラさんが、珍しいやつだから店の親父さんに買い取ってもらえって。あたしがそう言ってた、っていう伝言なんですけど」
親父さんはそれを聞いて、忌々しそうに舌打ちした。
「あの、そっちも買取りしてもらえますか?」
「わかってるよ。計算するから、ちょっと待ってろ」
よかった。
駄目だったら、他のお店に行かなくちゃいけないところだった。
酒場の親父さんは一旦奥に戻り、重そうな箱を持ってきた。
金庫代わりの箱から硬貨を取り出して、一枚ずつテーブルに並べていく。
「まず、昼月草の分。基本報酬が30枚。追加分で10枚」
サニティカ銅貨が40枚。
色も形も、微妙にまちまちだった。汚れすぎているのもいくつかある。
「それから、三日月草の分だが……」
親父さんが銅貨を並べていく。
その数は十を超え、十五を超えて、……
「――20枚。合計で60枚が今回の報酬だ。確認しな」
内心の動揺が顔にでないように、僕はめちゃくちゃ頑張らなければいけなかった。
昼月草の追加報酬は、買取の相場を知っていたから想像通りだった。
全部で40枚。それで問題ない。
問題は三日月草のほうだ。
20枚!?
聞き間違いかと思ったけれど、目の前のテーブルにはたしかにその分の銅貨が並んでいる。ちょうど、昼月草の報酬の半分の枚数。
……三日月草って、そんなに希少なの?
親父さんの表情をうかがうと、相手は不機嫌そうに顔をしかめる。
「なんだ? 悪いが、それ以上は出さないぞ。臨時の買取だ。査定が不服なら、他をあたるんだな」
――よかった。
親父さんは、僕が昼月草の相場を知らないことをわかってない。
多分、それは僕がキーラさんの名前を持ち出しておいたからだろう。
あの人から大体の相場を聞いているはずと思い込んでいるんだ。だったら、あまりにおかしな査定はしてこないはず。
そのために、僕はキーラさんの名前をだしたのだ。
本当は『伝言』なんて嘘っぱちだったけど。
……子どもが大人と相対して、舐められないだなんて思わない。
だから、使えるものはなんでも使わせてもらうつもりだった。
「いえ、大丈夫です。あの、こっちのこれ――」
ひどく薄汚れた一枚を指さすと、親父さんはますます顔をしかめさせた。
僕はあわてて両手をあげて、
「違います。交換して欲しいわけじゃなくて。……こういう銅貨を上手く使うにはどうしたらいいか、教えてもらいたいんです」
酒場の親父さんが探るような視線をむけた。
にやりと唇を歪めて、
「素直は子どもの特権と言うがな。なんでも聞けばほいほい答えてやるくらい、俺は親切じゃねえよ。横着しないで試してみろ。そのうちわかる」
「……わかりました」
人間、誰にでも好かれるわけじゃない。
だから、目の前の相手にすげなくされても仕方ないと思った。
「もういいか?」
「いえ、もう一つお願いが」
「なんだ。さっさと言え」
親父さんはうんざりしたようにため息をひとつ。
「こんなにたくさんの銅貨を、入れる物がなくて。袋かなにかがあれば、もらえませんか。……お代はこれで」
二番目に汚れている銅貨を選んで差し出すと、親父さんはちらりとこちらの表情を見てから、ふんと鼻を鳴らした。
店の奥に行き、戻ってくる。
見るからに頑丈そうな皮袋をこちらに渡しながら、
「甘ったれのガキは嫌いだが、多少は目端が利くらしいな」
僕が差し出した銅貨を手に取って、
「……ヴァゼ婆さんの店だ。あそこなら、伝手があるから汚れた銅貨もそこまで気にはされねえ」
「! ありがとうございますっ」
頭をさげて、テーブルに並べられた銅貨を革袋にいれていく。
ホクホク顔の僕に、頬杖をついた親父さんがからかうように言ってきた。
「ところで、よかったら両替してやろうか?」
僕はちらっと相手を見上げて、
「……いえ、大丈夫です」
「賢しすぎるガキは疎まれるぜ。気をつけな」
親父さんは苦笑するように、そう忠告してくれた。
宿に戻る前にやることがあった。
着替えやその他、生活に必要な日用品の調達だ。
今日はかなりの収入がはいったから、少しくらい散財しても大丈夫だろう。
もちろん余計なものを買うつもりはなかったけれど。
さて、どこに行こう?
日が暮れるまではもう少し余裕がありそうだから、親父さんに教えてもらった、ヴァゼ婆さんって人のお店を探してみようか。
通りを歩きながら、右手に持った革袋を目の前に持ってくる。
今日稼いだ59枚と、昨日稼いだ残りの7枚。
合計66枚の銅貨が入った革袋は、決してずっしりと重いわけではなかったけれど。ジャラジャラと硬貨が擦れあう音を聞くだけで、なんだか嬉しくなってくる。
「なーにやってんのよ」
呆れ声。
飛び上がって後ろを振り返ると、キーラさんが立っていた。
「こんな往来でそんな顔してたら、襲われちゃうよ?」
「え? ほんとですか?」
「そりゃ、いかにも『ボク、稼いで来ました!』なんて顔してたらねえ」
僕はあわてて表情を引き締める。
あはは、とキーラさんが笑った。
「それで、どうだった? 三日月草、けっこういい値段になったでしょ?」
「あ、はい。銅貨20枚で買い取ってもらえました」
「20枚? あの親父……。でもま、急な買い取りだし。そんなもんか」
「三日月草って、そんなに貴重なんですか?」
「魔力を回復させる薬の材料になるから、そこそこ珍しくはあるかな。あんまり狙って採集できないってのもあって、それ込みの価値って感じ」
なるほど。
「で、これからどこ行くの? さっきメルティアとは会ったけど。宿に帰るとこ?」
よかった、メルティアさんとは話せたんだ。
それじゃ仲直りはできたのかな。できてるといいな。
「帰る前に、ちょっと買い物に行こうかって思ってます。着替えとか、僕ら、なにも持ってなくて」
「ふうん。オッケー」
うなずいて、キーラさんはすたすたと歩き始めた。
こちらを振り返って、僕らがついてきていないことに眉をひそめて、
「なにしてんのよ。ほら、行こ」
「え?」
「買い物でしょ。今日のお詫びに付き合ったげる」
それから、僕らはキーラさんに連れられて買い物に向かった。
その結果――
「やー、買った買った! 楽しかったぁ」
町の広場にはいくつもの屋台が連なっている。
果物売りの隣に用意されたベンチに腰かけて、キーラさんが満足そうに果物に齧りついた。
その隣では、僕の妹が彼女を真似して、両手で果物に挑戦中。
僕はと言えば、そのさらに隣で大きな麻袋を抱えていた。
「やっぱさぁ、他人のお金で買い物するのが一番楽しいよねー」
ご機嫌にそんなことを言いながら、キーラさんが僕にも果実を手渡してくれる。
僕は黙ってそれに齧りついた。
リンゴとブドウのいいとこどりみたいな味と食感が、じゅわっと口のなかに広がる。
あ、美味しい。
「クラミル、今の時期が一番美味しいからね」
同意するように、大きく頭をうなずかせる妹ちゃん。
彼女は夢中になって果物の齧りついていて、夢中なあまり顔中がベタベタだった。
麻袋のなかから買ったばかりのタオルを取り出して口元を拭うと、妹ちゃんはくすぐったそうに身体をよじらせた。
「で、欲しいものは揃った? まだなら、あたしはまだイケるけど」
「いえ、もう充分です。ありがとうございました」
遠慮ではなく本心で、僕は答えた。
実際、キーラさんのおかげで買い物はほとんど完璧に済んでいた。
馴染みの古着屋や道具屋。たくさんのお店を片っ端から回っていって、彼女は僕たちに必要なものをなにもかも整えてくれたのだ。
着替えにタオル。肌着や下着に、石鹸まで。
手に入らなかったものは、そもそもが高望みだったものだけだ。例えば、僕が知っている「歯ブラシ」とか。
しかも、それでかかったお金は銅貨10枚きり。
多分、僕らだけでおなじものを揃えようとしたら、かかった費用は二倍どころじゃなかっただろう。
もちろん、僕はこの町の物価を知らないから、正確なことはわからない。
でも、きっとそうだと確信できるくらいのものを、僕は見た。
思い出す。
頼むからもう帰ってくれと泣き顔になるお店の人の前で、獲物を前にした猛獣のようににんまりと笑う表情を。
それからキーラさんがやってみせたことは、まさに買い物無双。
縦横無尽の活躍を目の前にして、僕は口を挟むどころか、ほとんど恐怖をおぼえるほどだった。
そして、すべてがおわって――僕は今、達成感というより疲労感に包まれていた。
……買い物って大変だなあ。
ちなみに、僕や妹が食べている果実はキーラさんの奢りだった。
曰く、「これでお詫びは〆ね」とのこと。
「美味しかった?」
「おいしかった!」
満足そうな妹ちゃんの手を拭いてあげていると、キーラさんの視線に気づいた。
「どうかしました?」
「んー? メルティアって、そんなに年下好きだったかなあって思ってさ」
……年下好き?
「だって、そうじゃなきゃフツーあんなに怒らないでしょ。ちょっと、可哀想な子どもを囮にしただけだよ?」
それについては判断がつきかねたので、僕は代わりに別のことを言う。
「でもそれは、メルティアさんが親切な人だからじゃないんですか?」
「そりゃ、根っからの善人だけどね。キミらへの態度は、さすがに度が過ぎてる気がすんだよねー」
そうなのか。
たしかに、とんでもなくいい人だとは思っていたけど。
度が過ぎるくらいそういう人なんだろうと、勝手に思い込んでしまっていた。
じゃあ、メルティアさんが僕らに優しくするのはなにか理由があるから?
ふと気づくと、キーラさんがこっちを見つめていた。
こっちのことを値踏みするような、なんとなく居心地が悪くなる視線。
「なんですか?」
「いやあ。もしかして、このくらいの頃からツバつけといて、自分好みに美味しく成長させようって腹なのかなぁって。アニくん、どう思う?」
そんなこと、僕に聞かないで欲しいと思った。
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