表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

十一話 買い物無双

 ◇


 酒場を出る前に、僕は森で採ってきた成果を親父さんの前に提出した。


 それまで()()()店の奥に姿を隠していた親父さんは、僕以外の姿が残っていないことを確認すると、小さく息を漏らす。


 哀れむような視線が向けられた気がしたけれど、僕は気づかない振りをした。

 親父さんはやれやれと頭を振って、テーブルのうえに出した代物を手に取って念入りに確かめはじめる。


 森で採ってきた昼月草は7本。

 それと、三日月草が1本。


「……こりゃなんだ? 依頼の内容は、昼月草だけだったはずだがな」

「キーラさんが、珍しいやつだから店の親父さんに買い取ってもらえって。あたしがそう言ってた、っていう伝言なんですけど」


 親父さんはそれを聞いて、忌々しそうに舌打ちした。


「あの、そっちも買取りしてもらえますか?」

「わかってるよ。計算するから、ちょっと待ってろ」


 よかった。

 駄目だったら、他のお店に行かなくちゃいけないところだった。


 酒場の親父さんは一旦奥に戻り、重そうな箱を持ってきた。

 金庫代わりの箱から硬貨を取り出して、一枚ずつテーブルに並べていく。


「まず、昼月草の分。基本報酬が30枚。追加分で10枚」


 サニティカ銅貨が40枚。

 色も形も、微妙にまちまちだった。汚れすぎているのもいくつかある。


「それから、三日月草の分だが……」


 親父さんが銅貨を並べていく。

 その数は十を超え、十五を超えて、……


「――20枚。合計で60枚が今回の報酬だ。確認しな」


 内心の動揺が顔にでないように、僕はめちゃくちゃ頑張らなければいけなかった。


 昼月草の追加報酬は、買取の相場を知っていたから想像通りだった。

 全部で40枚。それで問題ない。


 問題は三日月草のほうだ。


 20枚!?


 聞き間違いかと思ったけれど、目の前のテーブルにはたしかにその分の銅貨が並んでいる。ちょうど、昼月草の報酬の半分の枚数。


 ……三日月草って、そんなに希少なの?

 親父さんの表情をうかがうと、相手は不機嫌そうに顔をしかめる。


「なんだ? 悪いが、それ以上は出さないぞ。臨時の買取だ。査定が不服なら、他をあたるんだな」


 ――よかった。

 親父さんは、僕が昼月草の相場を()()()()()()()()()()()()()


 多分、それは僕がキーラさんの名前を持ち出しておいたからだろう。

 あの人から大体の相場を聞いているはずと思い込んでいるんだ。だったら、あまりにおかしな査定はしてこないはず。


 そのために、僕はキーラさんの名前をだしたのだ。

 本当は『伝言』なんて嘘っぱちだったけど。


 ……子どもが大人と相対して、舐められないだなんて思わない。

 だから、使えるものはなんでも使わせてもらうつもりだった。


「いえ、大丈夫です。あの、こっちのこれ――」


 ひどく薄汚れた一枚を指さすと、親父さんはますます顔をしかめさせた。

 僕はあわてて両手をあげて、


「違います。交換して欲しいわけじゃなくて。……こういう銅貨を上手く使うにはどうしたらいいか、教えてもらいたいんです」


 酒場の親父さんが探るような視線をむけた。

 にやりと唇を歪めて、


「素直は子どもの特権と言うがな。なんでも聞けばほいほい答えてやるくらい、俺は親切じゃねえよ。横着しないで試してみろ。そのうちわかる」

「……わかりました」


 人間、誰にでも好かれるわけじゃない。

 だから、目の前の相手にすげなくされても仕方ないと思った。


「もういいか?」

「いえ、もう一つお願いが」

「なんだ。さっさと言え」


 親父さんはうんざりしたようにため息をひとつ。


「こんなにたくさんの銅貨を、入れる物がなくて。袋かなにかがあれば、もらえませんか。……お代はこれで」


 ()()()()()()()()()銅貨を選んで差し出すと、親父さんはちらりとこちらの表情を見てから、ふんと鼻を鳴らした。


 店の奥に行き、戻ってくる。

 見るからに頑丈そうな皮袋をこちらに渡しながら、


「甘ったれのガキは嫌いだが、多少は目端が利くらしいな」


 僕が差し出した銅貨を手に取って、


「……ヴァゼ婆さんの店だ。あそこなら、伝手があるから汚れた銅貨もそこまで気にはされねえ」

「! ありがとうございますっ」


 頭をさげて、テーブルに並べられた銅貨を革袋にいれていく。

 ホクホク顔の僕に、頬杖をついた親父さんがからかうように言ってきた。


「ところで、よかったら両替してやろうか?」


 僕はちらっと相手を見上げて、


「……いえ、大丈夫です」

「賢しすぎるガキは疎まれるぜ。気をつけな」


 親父さんは苦笑するように、そう忠告してくれた。



 宿に戻る前にやることがあった。

 着替えやその他、生活に必要な日用品の調達だ。


 今日はかなりの収入がはいったから、少しくらい散財しても大丈夫だろう。

 もちろん余計なものを買うつもりはなかったけれど。


 さて、どこに行こう?


 日が暮れるまではもう少し余裕がありそうだから、親父さんに教えてもらった、ヴァゼ婆さんって人のお店を探してみようか。


 通りを歩きながら、右手に持った革袋を目の前に持ってくる。

 今日稼いだ59枚と、昨日稼いだ残りの7枚。


 合計66枚の銅貨が入った革袋は、決してずっしりと重いわけではなかったけれど。ジャラジャラと硬貨が擦れあう音を聞くだけで、なんだか嬉しくなってくる。


「なーにやってんのよ」


 呆れ声。

 飛び上がって後ろを振り返ると、キーラさんが立っていた。


「こんな往来でそんな顔してたら、襲われちゃうよ?」

「え? ほんとですか?」

「そりゃ、いかにも『ボク、稼いで来ました!』なんて顔してたらねえ」


 僕はあわてて表情を引き締める。

 あはは、とキーラさんが笑った。


「それで、どうだった? 三日月草、けっこういい値段になったでしょ?」

「あ、はい。銅貨20枚で買い取ってもらえました」

「20枚? あの親父……。でもま、急な買い取りだし。そんなもんか」

「三日月草って、そんなに貴重なんですか?」

「魔力を回復させる薬の材料になるから、そこそこ珍しくはあるかな。あんまり狙って採集できないってのもあって、それ込みの価値って感じ」


 なるほど。


「で、これからどこ行くの? さっきメルティアとは会ったけど。宿に帰るとこ?」


 よかった、メルティアさんとは話せたんだ。

 それじゃ仲直りはできたのかな。できてるといいな。


「帰る前に、ちょっと買い物に行こうかって思ってます。着替えとか、僕ら、なにも持ってなくて」

「ふうん。オッケー」


 うなずいて、キーラさんはすたすたと歩き始めた。

 こちらを振り返って、僕らがついてきていないことに眉をひそめて、


「なにしてんのよ。ほら、行こ」

「え?」

「買い物でしょ。今日のお詫びに付き合ったげる」



 それから、僕らはキーラさんに連れられて買い物に向かった。


 ()()()()――


「やー、買った買った! 楽しかったぁ」


 町の広場にはいくつもの屋台が連なっている。

 果物売りの隣に用意されたベンチに腰かけて、キーラさんが満足そうに果物に齧りついた。


 その隣では、僕の妹が彼女を真似して、両手で果物に挑戦中。

 僕はと言えば、そのさらに隣で大きな麻袋を抱えていた。


「やっぱさぁ、他人のお金で買い物するのが一番楽しいよねー」


 ご機嫌にそんなことを言いながら、キーラさんが僕にも果実を手渡してくれる。


 僕は黙ってそれに齧りついた。

 リンゴとブドウのいいとこどりみたいな味と食感が、じゅわっと口のなかに広がる。


 あ、美味しい。


「クラミル、今の時期が一番美味しいからね」


 同意するように、大きく頭をうなずかせる妹ちゃん。

 彼女は夢中になって果物の齧りついていて、夢中なあまり顔中がベタベタだった。


 麻袋のなかから買ったばかりのタオルを取り出して口元を拭うと、妹ちゃんはくすぐったそうに身体をよじらせた。


「で、欲しいものは揃った? まだなら、あたしはまだイケるけど」

「いえ、もう充分です。ありがとうございました」


 遠慮ではなく本心で、僕は答えた。


 実際、キーラさんのおかげで買い物はほとんど完璧に済んでいた。

 馴染みの古着屋や道具屋。たくさんのお店を片っ端から回っていって、彼女は僕たちに必要なものをなにもかも整えてくれたのだ。


 着替えにタオル。肌着や下着に、石鹸まで。

 手に入らなかったものは、そもそもが高望みだったものだけだ。例えば、僕が知っている「歯ブラシ」とか。


 しかも、それでかかったお金は銅貨()()()()()

 多分、僕らだけでおなじものを揃えようとしたら、かかった費用は二倍どころじゃなかっただろう。


 もちろん、僕はこの町の物価を知らないから、正確なことはわからない。

 でも、きっとそうだと確信できるくらいのものを、僕は見た。


 思い出す。

 頼むからもう帰ってくれと泣き顔になるお店の人の前で、獲物を前にした猛獣のようににんまりと笑う表情を。


 それからキーラさんがやってみせたことは、まさに買い物無双。

 縦横無尽の活躍を目の前にして、僕は口を挟むどころか、ほとんど恐怖をおぼえるほどだった。


 そして、すべてがおわって――僕は今、達成感というより疲労感に包まれていた。


 ……買い物って大変だなあ。


 ちなみに、僕や妹が食べている果実はキーラさんの奢りだった。

 曰く、「これでお詫びは〆ね」とのこと。


「美味しかった?」

「おいしかった!」


 満足そうな妹ちゃんの手を拭いてあげていると、キーラさんの視線に気づいた。


「どうかしました?」

「んー? メルティアって、そんなに年下好きだったかなあって思ってさ」


 ……年下好き?


「だって、そうじゃなきゃフツーあんなに怒らないでしょ。ちょっと、()()()()()()()()()()()()だけだよ?」


 それについては判断がつきかねたので、僕は代わりに別のことを言う。


「でもそれは、メルティアさんが親切な人だからじゃないんですか?」

「そりゃ、根っからの善人だけどね。キミらへの態度は、さすがに度が過ぎてる気がすんだよねー」


 そうなのか。


 たしかに、とんでもなくいい人だとは思っていたけど。

 ()()()()()()()()()()()()()なんだろうと、勝手に思い込んでしまっていた。


 じゃあ、メルティアさんが僕らに優しくするのはなにか理由があるから?


 ふと気づくと、キーラさんがこっちを見つめていた。

 こっちのことを値踏みするような、なんとなく居心地が悪くなる視線。


「なんですか?」

「いやあ。もしかして、このくらいの頃からツバつけといて、自分好みに美味しく成長させようって腹なのかなぁって。アニくん、どう思う?」


 そんなこと、僕に聞かないで欲しいと思った。



お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、いいね!、評価などで応援していただけると励みになります。

また、誤字報告があればご連絡いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ