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十話 不穏すぎる妹ちゃん

 ◇


「まったく。鍛錬の途中に呼ばれて、いったい何事かと思えば……」


 サンドラさんが深々と息を吐いた。


 営業時間前の酒場には完全に人気が絶えてしまっている。

 お店は冒険者の依頼所を兼ねるから、昼間だってそれなりに人がいるはずだった。


 実際、今日もさっきまでは何人かいたのだ。

 それがいなくなった理由は――言うまでもない。


 丸テーブルを挟んで対峙する二人の人物。

 不機嫌そうに沈黙したまま不吉なオーラを発する彼女たちに巻き込まれたくないと、店内にいた人たちはさっさと店から撤退してしまっていた。


 さすが冒険者、危険な空気を察知する能力が半端ない。


「それで。いったいなにがあった。黙っていてはわからん」

「……さっき、森の池まで行ってきたのよ。この子たちと一緒にね」


 サンドラさんに促されて、キーラさんが口をひらいた。


「この子たち、実のいい依頼を探してそうだったからさ。昼月草の依頼があったから、()()()()()()と思って。様子を見に行ってきたわけ」

「……なるほどな」


 さすがに付き合いが長いだけあって、サンドラさんはそれで大体の事情を把握したようだった。


「それで、メルティアがキレたわけか」

「当たり前でしょう」


 メルティアさんは冷ややかにキーラさんを一瞥して、


「最近、あの池で目撃されている奇妙なモンスターの集団が、私たちの依頼と関わっていると考えることはわかります。その斥候に出かけることも。ですが、そのためにわざわざこの二人を連れていくなんて許されません」

()()()()()()? なに、そのムカつく言い方」


 忌々しそうに舌打ちするキーラさん。


「メルティア。あんた、この子たちの保護者かなんかなの?」


 冷ややかに自分を見据える相手を睨みつけるようにして、


「あたしは、この子たちを利用した。それはそう。でも、あたしはこの子たちにきちんと利益も提供したはずよ。昼月草の採集、銅貨30枚。この子たちにはお金が必要で、あたしはその機会をあげた。騙したわけでもないし、この子たちの報酬を横取りしようってわけでもない」

「…………」


 キーラさんの主張に、メルティアさんは沈黙して答えない。


「対等な冒険者として認めたから、あたしはこの子たちに依頼を薦めたのよ。それのなにが悪いわけ?」

「……確かに、冒険者として対等に交わされた話であれば、私が横から口を挟むことではありませんね」

「そうでしょうが」


 ふふん、とキーラさんが胸を反らす。

 メルティアさんは落ち着いた仕草で首を振って、


「ですがそれは、あなたが彼らに()()()()()()()()()()()()()()、でしょう。今回の依頼に記載のあった、注意事項――凶暴なモンスター群の目撃情報。そのことを、あなたはきちんと彼らに伝えていたのですか?」

「…………」


 今度はキーラさんが黙る番だった。


「あなたが仮に、故意にそれを伝えなかったとしたら。それは、彼らを騙したということになるのではありませんか?」

「……伝えてないなんて言ってないでしょ」

「では、伝えたのですね?」


 キーラさんは答えずに、顔をそむけた。

 険悪な雰囲気が流れる。


 重苦しい空気を吹き払うようにため息をついたサンドラさんが、重々しく口を開いた。


「……互いの言い分はわかった」


 仲間の二人を等分に見やりながら、


「私から言わせてもらえば、どちらの言い分もわかるし、どちらにも不足があったとしか思えん。いつも通り、勝手に私の感じたことを言うから、あとは好きにしろ」


 まず、とサンドラさんはキーラさんを見て、


「キーラ。お前がこの子たちを利用したことについては、別になんとも思わん。対等な冒険者であればこそ、騙しもするし騙されもする。そういうものだろうからな」

「……そうよ。冒険者ってそういうもんでしょ」

「だが、個人的な嗜好で言わせてもらえば――お前のやりくちは好きではないな。お前がこの子に注意書きのことを伝えなかったのは、彼らを対等な冒険者として見たからか?」


 キーラさんは答えない。

 淡々とサンドラさんは続けた。


「違うな。お前は、そのことを伝えたら彼らが尻込みすると思ったのだろう。()()()()()()()()()()()。彼らを侮り、説得の手間を省いた。それは対等な冒険者に対する態度ではない。ましてや、仲間が大切にしようとする相手へやることではないはずだ。違うか?」

「……悪かったわよ」


 短い言葉をキーラさんがつぶやいた。

 小さくうなずいて、サンドラさんはメルティアさんに視線を向ける。


「次に、メルティア。お前の言い分も不可解だ。キーラが言ったのと同じ違和感を私も持ったな。昨日出会ったばかりの相手に、いったいどうしてお前はそんなに入れ込んでいる?」


 メルティアさんはなにか言いかけて、なにも言わないまま口を閉じた。

 軽く唇を噛んでいる。


「別に、お前の趣味嗜好は知らん。この子たちの保護者を気取りたいなら勝手にすればいいだろう。だが、保護者というなら、お前には彼らを監督する責任があるはずだ。今日の午前、お前がこの子たちに同行できていれば、この子たちが騙されることもなかった。そうではないか? お前のそれはただの八つ当たりではないのか」

「……それは、わかっています」


 キーラさんとおなじように、メルティアさんも自分の非を認めた。

 サンドラさんが大きく息を吐いて、


「結論。子どもの前でこれ以上醜態をさらすな、こっちまで恥ずかしくなる。……私の所感は以上だ」


 サンドラさんは立ち上がった。

 隣の僕を見下ろし、無言のまま頭をワシャワシャと撫でると、そのまま店から出ていってしまう。


 あとに残されたのは僕と妹。メルティアさんとキーラさんの四人だけ。


 メルティアさんとキーラさんは黙ったまま、お互いの顔を見ようともしない。

 しばらく重苦しい空気が流れてから、


「……帰る」


 キーラさんが席を立った。

 僕の頭をぽんぽんと叩いて、


「ごめんね。今度、お詫びするからそれで勘弁してよ」

「いえ、そんな……」


 そう言って、キーラさんは店から出ていった。

 後ろ姿を見送っていると、メルティアさんのため息が聞こえた。


「……ごめんなさい。大人げないところを見せてしまいました」

「いえ。……あの、――メルティアさん」

「はい、なんでしょう」

「キーラさんが、僕らのためにってやってくれたのは多分、ほんとのことで。だから……あんまり、悪く思わないで欲しいです」


 僕らのせいで二人が仲たがいするなんて、そんなの馬鹿馬鹿しすぎる。


 メルティアさんは僕をじっと見つめてから。

 くすりと微笑んだ。


「……本当に、あなたはいい子ですね」


 メルティアさんが手を伸ばす。優しく頬を撫でられた。


 その手つきがなんだかやけに生々しくて、ドキドキしてしまう。

 僕が赤くなっていると、メルティアさんはそっと目線を伏せて、


「わかっています。……今から、キーラに謝ってきます。私が感情的になってしまったのは間違いありませんから」

「はい。――あ、そうだ。あとで、時間があったら話を聞いてもらえませんか? 相談したいことがあって……」

「わかりました。キーラと話したら宿に戻りますから、それからでもいいですか?」

「それで大丈夫です。よろしくお願いします」

「はい。では、またあとで」


 にっこりと微笑んで、メルティアさんもお店から出ていった。


 残された店内で、僕は身体中の空気を押し出してため息をついた。


 ……よかったあ。

 どうなることかと思ったけど、なんとか話はまとまったらしい。


 これも全部、サンドラさんのおかげだった。

 宿屋まで走って助けを求めにいった甲斐があったなあ、と自分のファインプレーを自画自賛していると、隣からくすくすという笑い声が聞こえてきた。


 話し合いのあいだ、椅子に座ってお利口にできていた僕の妹が、楽しそうに足をぶらぶらさせている。


「どうしたの?」


 僕が訊ねると、妹ちゃんは僕を見上げて、んーん、と右に左にと首をかしげながら、


「――()()()()()()()()()()()()。おにーちゃん」


 とてもとても楽しそうに、そう言った。


お読みいただきありがとうございます。

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