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一話 妹ができました


 目の前に半裸のお姉さんが立っていた。

 やけにひらひらした服を着て、なぜかとても申し訳なさそうにしている。


 その人曰く、どうやら自分は死んでしまったらしく。

 その死に方になにやら不備があったらしい。


 目の前の相手はそれに対しての言い訳とか、お詫びとかをつらつらと言っていたけれど――正直、あんまり聞いていなかった。


 頭がぼーっとしていたということもある。

 眼前で主張する、やけにおおきな胸に見惚れていたのも、かなりある。


 ひらひら半裸の人が言った。


「こうなってしまった以上、あなたには別の世界で生きてもらわなければなりませんが……こちらの不手際もありますから、できるかぎりの補填はさせていただくつもりです」


 お金か立場か。容姿か、それとも能力か。

 なんでもひとつボーナスをくれるという相手に、少し考えてから答えた。


「……妹が欲しいです」



 ◇◇◇


 視界がひらけると、そこはまったく知らない世界。


 おお、西洋っぽい。そして中世っぽい。

 お、馬車が走ってる。見たこともない恰好の人が歩いてる! わっ、あの人……耳がとんがってる! エルフだ! エルフだ!


 ファンタジー映画のなかに入り込んでしまったようで興奮している僕の手を、くいっと誰かが引っ張った。


「……?」


 見ると、いつの間にか知らない女の子が隣にいて、こっちを見上げている。


 見た目は十歳にも満たない。

 あまり特徴らしい特徴もない、ただただ普通に可愛らしい「女の子」だった。


 その女の子はにっこりと微笑んで、


「スゴイね、()()()()()()!」


 一瞬、何の事だろうと思ったところで思い至る。


 あ、この子、僕の妹か。

 すごいな。本当に妹ができたのか。


「……もっかい呼んでみてくれる?」

「? おにーちゃん?」


 空いているほうの手をぐっと握りしめて、空を見上げた。


 ――イイ。すごくイイ。


 ひらひら半裸の人、ありがとう。

 これから、僕はこの子と頑張って生きていきます。


 というか。なんか僕の手、ちっちゃいな?


 手のひらをまじまじと見つめる。


 気のせい? でも、あきらかに前の自分とは感じが違う気がする。

 それに――目線も少し違うような?


「どうしたの、おにーちゃん?」

「え? ああ、いや、なんでもないよ。……ええと、名前を聞いてもいい?」


 この子のことをなんて呼べばいいだろう。

 そう思って訊ねると、女の子は困ったように眉をひそめて、


「…………」


 ふるふると首を振った。


「あれ、聞いちゃダメだった?」


 ふるふる。


「えーと……」


 ふるふるふる。


 いや、意味がわからないな。

 どうすればいいんだ、これは。


「さすがに呼び方がわからないのは、ちょっと困るんだけど……」


 途方に暮れた思いでいると、それを見て女の子は小首をかしげてから、


「イモウト」


「え?」


「わたし、おにーちゃんのイモウトだよ?」


 いや、それはわかるんだけど……と思ったところで、はっとした。

 もしかしてこの子、()()()()()のか?


 じゃあ、自分がつけてあげないといけない感じ?


 急にそんなこと言われても困るんだけど。

 せっかくなら、なにかいい名前を考えてあげたいし……。


 少なくとも、今この場の思いつきで済ませていい話じゃないことだけは確かだった。


「おにーちゃん……?」


 女の子は、こちらを見上げながら不安そうにしている。

 それをできるだけ和ませられるような表情を心掛けながら、


「ん、なんでもないよ。――とりあえず、行こうか」

「どこかに行くの?」

「ふっふっふ。妹よ、おにーちゃんに任せたまえ」


 そう言うと、妹ちゃんはきょとんと目をまばたかせてから、


「うんっ、おにーちゃん!」


 ぎゅっと腕に抱き着いてきた。


 わたた、重い重い。

 いや軽いな。このくらいの年の子ってこんななのか。


 嬉しそうにしがみつく妹をそのまま右腕に装備したまま、歩き出す。


 目標は決まっている。

 こういう時、まずどうすればいいかなんてわかりきっていた。


 そう――。

 冒険者ギルドに行こう!



 ◇


【悲報】冒険者ギルドが見つからない。


 あれから小一時間、町のなかを歩き回ってみたけれど、どこにもそんな建物は見つからなかった。


 幸い、町の人にはなぜか言葉が通じるようだから、道行く人にかたっぱしから訊ねてもみたけれど、誰一人「冒険者ギルド」の場所を知らなかった。


 というか、まず、ほとんどの人がまともに話を聞いてくれない。

 声をかけても胡散臭そうにこっちを見て、しっしっと手で追い払われるばかりだった。


 くそー。この町の人たち、冷たすぎないか?

 こんなに可愛い妹を連れて歩いているんだから、もう少し親身になってくれたっていいだろ!


 最初はそんな風に思っていたけれど、町の様子を見て、町の人たちの反応を知るうちに、少しずつわかってきた。


 この町の人たちは、とても余裕がないのだ。


 通りを歩いている人たちはみんな疲れた表情をしていて、顔色は暗い。

 笑顔の人なんかほとんどいなくって、聞こえてくるのはため息ばかりだった。


 町の様子もそうだ。


 ボロボロの建物ばかりというわけではないけれど、あまり活気があるようには見えない。

 鬱屈した空気というようなものが町全体にただよっていた。


 ――戦争。


 なんとなく、そんな言葉が浮かぶ。


 この町がなのか、この世界がなのか、まではわからない。

 だけど、少なくとも、この町の人たちはあまり平和そうではなかった。


 それは確かだ。


 そして――そんななかに、ちいさな子どもを連れた二人連れだ。

 もしかしたら戦災孤児とでも思われたのかもしれない。


 そう考えれば、さっきからの町の人たちの愛想が悪いのもわかる気がした。


 ――関わりたくない。

 ――自分たちのことで精いっぱい。


 そういうことなんだろう。


 それは、とても、わかるけども!


「――だからって、それじゃあどうすればいいんだよ……」


 町の広場っぽいところにあった、ちいさな噴水。

 その縁石のふちに妹と二人並んで座りながら、ため息をついた。


 困った。


 冒険者ギルドに行って、そのまま冒険者デビュー!なんて考えていたのに、まさか建物にすらたどり着けないなんて。


 ……そもそもが、だ。

 考えてみれば、この世界に冒険者ギルドがあるって決まったわけでもない。

 きっと冒険者が活躍してるだろうなんていうのは、僕の勝手な思い込みだった。


 え、それじゃどうすればいいんだ?


 妹と二人、寝床も食べ物もないまま町をさすらうのか?

 この町にもストリートチルドレンがいるかもしれないから、仲間にしてもらうとか。いやいや、まずは食堂あたりにいって今日の分のご飯だけでもなんとか恵んでもらって――


「おにーちゃん……」


 隣で心配そうにこっちを見てくる妹の視線が辛い。


 くっ。いきなり妹にこんな表情をさせるとは……こんなんじゃ兄失格だ!

 待ってろ妹よ、いまお兄ちゃんが土下座でもなんでもして、パンかなにかをもらってきてやるからな!


 固い決意を胸にその場に立ち上がりかけたところで、


「――あなたたち、どうしたの?」


 不意に声をかけられた。



 ◇


 僕たちに声をかけてきたのは、綺麗な女の人だった。


 長く伸びた金髪。碧色の瞳。

 一見して聖職にあるとわかるような恰好をした美人さんは、こちらを覗き込むようにして、


「こんなところで、二人だけなの? 親御さんとはぐれてしまいましたか?」


 ――はっ。


 一瞬、見惚れてしまっていた。


「ええと。あの、二人です。……両親はちょっと今、いなくて」


 なんて言えばいいんだろう。

 はぐれたとだけ、と言っておいたほうがいいんだろうか。

 それとも、天涯孤独アピールの方が同情をひけるかな?


 などと打算的なことを考えながら口を濁らせていると、お姉さんはなにかを察してくれたらしい。きゅっと眉をしかめて、


「……そう。この町には来たばかり?」

「は、はい」

「そうなのね。可哀想に……」


 お、よくわからんが同情は引けてるっぽい。

 ならばこのチャンス、逃してなるものかー!


「あの! 聞いてもいいですか?」

「なぁに?」

「えと……冒険者ギルド。とかって、この町にはないんでしょうか」


 お姉さんは睫毛をまばたかせて、


「冒険者の、組合(ギルド)? ごめんなさい。この町で、そういうのがあるって聞いたことはないけれど……いったいどうして?」

「それは――えっと。……冒険者になりたくて」

「……あなたが? 冒険者に?」


 驚いたように目を見開いてから、お姉さんはこちらを見つめてきた。


「――どうして冒険者になりたいの?」


 あ、冒険者そのものはあるのか。

 存在だけでも確認できたことにほっとしつつ、相手の真剣な眼差しにビビる。


 なんと答えるべきか。

 しばらく考えてみたはいいものの、結局、正直に答えることしか思いつかなかった。


「……生きていくには、それしかないかなって」


 お姉さんはじっとこちらを見つめてから、ちらりと隣にいる妹に視線を移し。

 それから、深くため息をついた。


「あなたたち、お腹は空いていますか?」


 突然の話題転換。


 僕と妹は顔を見合わせて、こくり。

 二人して頭をうなずかせると、それを見たお姉さんはにこりと微笑んで、


「よかった。それじゃあ、ついてきて? 冒険者がいるお店に連れて行ってあげます」


 そんなことを言ってくれたのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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