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奇妙な関係  作者: 玉半
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5

 そんなことが続いた後で、容子の寝顔をみるのは、苦痛だった。


 少し眠っては覚めるを繰り返しているうちに、喉が渇いた気がしたので、キッチンへ降りた。水を一口飲むと、姉が着替えに入って出てきた扉が気になった。


 白い壁を押すと、扉は回転した。


 自動で照明がついた。


 そこは広いウォーキングクローゼットになっていた。


 入って見回すと、確かに十年前まで姉が身につけていたものが揃っている。そして、あの頃の姉の匂いが残っていてた。


 奥に入っていくと、中学・高校の制服がかかっていた。胸元の大きく開いたセーラー服だ。胸のそんなに大きくない姉でも、屈むと少し、どきりとするような制服だ。


 「ええ、悪いわ」

という姉の声が聞こえた気がした。


 あれは僕が高校二年の秋だ。受験を控えて、段々と余裕が少なくなっていく日々。そんな中で、僕は学校が嫌いになっていた。


 「性格が悪いかな」

と、姉にきいた。


 姉は凄くビックリしたように目を見開いた。


 今まで十六年間気付いていなかったの、とでもいうように、

 「ええ、悪いわ」

と言った。


 翌朝、僕は昨晩両親には話した通り、旅に出た。上野から北へ向かい、本州の先端までいって、連絡船で海峡を渡った。


 確か、脚本家の久世光彦は、日本人は悲しくなると北へ向かう、と書いていたような覚えがあるが、僕も北へ向かって、それから日本海をやはり「北」陸へと向かい、金沢から上野へと一周した。


 「お土産は?」

と、玄関にいた姉が言った。


 「カニ。近江町市場で買ってきた」


 発泡スチロールの箱を姉に渡した。


 久しぶりな自分の部屋の匂いに新鮮さを感じて、少しむせてから、カバンから荷物を出しかけた時、姉がお盆に載せたカニをもってきた。


 「食べるから」

と、姉は僕の前に座ると、カニ割りを僕にむけて差し出したので、僕は黙々とカニを割り、それを姉は素手とカニフォークで食べ続けた。


 あとから、両親から、姉さんは毎晩、遅くまで玄関で本を読んで、そのまま寝落ちして玄関の置物になっていたらしいときいた。


 姉の家の設計した家の朝は死にたいくらいに眩しい。


 今の季節だと、朝、四時半にはほぼ、強制的に目覚めるだろうと思わせる陽が、海へと大きく開いた空間へはめ込まれたガラスからこれでもかと注ぎ込んでくる。


 隣に寝る姉。容子の死体に入り込んで姉の人格というかなんと言ってよかわからないそれは、穏やかに眠っているようだ。眠っている、というか、死んでいるのだから、穏やかに永眠していると言った方が良いのかな。


 僕は、容子の顔を覗き込んでいるうちに、とても嫌な感情に支配される気がしてきた。この人は、基本的に嘘つきなんだな、と。そう思うと、我慢していた感情が溢れてきて、彼女の首を締めていた。


 両手で雑巾を絞るように力を込めた。


 「ねぇ、それ以上やると、首の骨が折れちゃって、生き返れないけど、いいの」

 と、容子の声で姉が喋った。 


 はっとして、僕はそのまま固まった。


 「恨みも募るわよね、このチビ相手なら」

 と、姉は僕に同情しつつ、

 「馬鹿ね」

 と、言ったら、容子の目から涙が溢れた。

 「洋ちゃんは」

 姉が僕を抱きしめた、と思ったら寝落ちした。全く、姉らしい。


 僕は着替えた。


 今日は休みなので、姉の入院している病院にお見舞いにでかけた。


 ついたのは八時前だった。


 病院の狭くて古風な門扉を入って駐車スペースに車を後ろ向きに入れる。


 駐車場と洋館の間の空間では、入院患者がラジオ体操をしている。これが終わらないと面会できない。はやくついた時は、いつも、一緒にラジオを体操をしてしまう。簡単にみえて、これが結構辛い。


 音楽が終わり、皆が玄関に入り終わるのを見計らって、僕は受付に声をかけ、姉の眠っている部屋へと進む。


 姉は離れのようになっている洋室で、部屋のほぼ中央に置かれたベッドで眠っている。


 僕はいつものように、

 頭の横の椅子に座る。


 休みの朝は、いつもなら姉の好きだった音楽をかけるけれども、今日はずっと、姉の寝顔を不思議な気持ちでみつめ続けた。


 体はここにあるけれども、本当に、姉の心は容子の体に入り込んで、今もあの家で眠っているんだろうか。


 顔に顔を近づけてみた。


 小声で「姉さん、綺麗だよ」と声をかけたら、携帯電話が鳴った。


 容子からだ。


 「朝ごはんは何?」

と、容子の声で姉さんの口調だ。


 僕は目の前にいる姉が喋りかけた気がした。


 「なに、どうしたの?」

と、姉がいった。


 「もしかして、洋ちゃん、まだ、泣いてるの?」


 僕は姉さんから顔を離した。


 「これから帰るから」

と、僕がいうと、

 「ねえ」

と、姉が訊いた。


 「言ってくれた?」


 「何を」


 「いつもみたいに」


 僕は立ち上がった。


 「いったよ」


 「じゃ、もう一回言って」


 僕は泣きそうなった。


 いや、頬は濡れてた。


 「姉さん、綺麗だよ」


 向こうで、息を飲み込む気配がした。


 「待ってるね」


 「うん、今、帰るね」


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