表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙な関係  作者: 玉半
5/6

4

沈黙していると、確かに、僕らが消えてしまいそうに、この家は海へと開いている。


 「姉さんが目覚めればいいのに」


 「それは無理みたいね」


 「なぜ」


 「言えない」


 姉さんが言えないと言い始めたら、絶対に言わないし、本当に、僕には言えない理由があるのだろう。


 僕と姉さんの間で「言えない」ことに僕は一つだけ心当たりがある。


 あれは僕が大学で一人暮らしをする時だった。


 自宅での最後の夜、僕の部屋に姉さんがやってきた。


 少し頰が赤かったから、お酒を飲んでいたと思う。


 僕は丁度寝間着に着替えるところで、パンツしかつけていなかったけど、姉弟としてこうしたことはこれまでもあったから、恥ずかしいとは思わなかった。


 僕は姉に押し倒された。


 彼女は無言で僕に接吻して馬乗りになってきた。。


 僕はただ、呆然としていて、翌朝になっても、あれが事実なのか、妄想だったのか区別がつかなかった程だ。


 朝、顔をあわせた姉はいつも通りで、僕は何も聞けずに家を出た。


 姉が眠り続けるようになったのは、それから三ヶ月後だ。


 「姉さん、僕ら」


 「いえない」


 「そっか」


 「眠り続けているのって、あれが原因?」


 姉は僕の方を向いた。


 じっと、僕をみて、


 「相変わらず馬鹿ね」

と、ため息をついた。


 そんな姉をみて、完璧に近いものほど、小さな故障で止まってしまうんじゃないのかな、と考えたが、それは姉には言わずにおこうと思った。


 「眠いわ」


 「あんなに寝ても眠いの?」


 「このチビの体が眠たがっているのよ」


 僕らは床に埋め込まれたベッドで横になった。


 僕は寝顔をみながら、そういえば、容子と隣同士で眠るのはいつ以来だろうかと考えた。また、彼女が隣にいて眠るになんて、想像もしなかった。


 具体的に彼女との間で喧嘩があったわけでもないし、ただ、状況証拠的に、僕には耐えられない雰囲気だった。


 それに、トイレの一件の後、メールで、「僕がいる間は他の男を家にいれないで」と送ったけど、返事はなかったな。


 まぁ、そんな性格だから、口の悪い先輩には「美人局」と影で呼ばれているのを、最近、知った。


 事務所のある町内のお祭りがあった晩、姉のところから帰ってきてから、久しく行ってないバーの前を通りかかったので、何気なく、入った。


 「いらっしゃましー」

と、何というか今風の言葉に迎えられた。そういえば、調剤薬局でも「お大事になさいまし」と帰り際にかけられるのだが、あれは文法としては正しい日本語なんだろうけど、どうも、馴染めない。


 「一人ですけど」


 カウンターの中の女性が真ん中あたりの席に案内してくれた。


 店の中には、カウンターの一番奥に常連らしい、僕よりも年上だろう女性がいた。


 二人は親しげに色々と話をしていた。


 どうやら二人は一人の女性について、批判めいた噂話をしているようだった。


 僕はつい、聞き耳を立てていたのだろう。好みのスコッチをストレートで飲み干して、お代わりを頼もうと顔を左に向けた瞬間に、常連客の女性と目があった。


 「あ、と、おわり、いいですか」

と、カウンターの女性に顔を戻した。


 二人は何もなかったように話を続けたけれども、こうした話は一度耳につくと、なかなか、どうも、聞き捨てにできない。


 「とにかく、ひどいの」


 「そんなに」

 「会社に数千万円の穴開けてさ、それなのに、いつの間にかライバル会社に入り込んでるし」


 「いるんだね、そういう女」


 「誰が採用したんだか。声がかわいいの。それにミニスカートでブラジャーがシャツから透けてるの。絶対、男性社員はみんなやってたと思う」


 そこまできて、彼女は何故か僕の方をみた。


 「ねぇ、男としてどう思う?」


 突然の絡みに僕は手に持ったグラスを飲み干した。


 僕が返答に困っていると、まぁ、返事を期待しての掛け声ではなかっただろうから、彼女は続けた。


 「美人局よ、要は」

 と、彼女は吐き捨てた。


 そして、次に出てきた名前が「容子」と同姓で、職歴も同じだった。


 無意識に顔がそちら向いていたのか、彼女から、

 「もしかして、知り合い?」

と聞かれたので、

 「ええ」と。


 「御愁傷様」


 僕は返事に困って、ただ、笑い顔で返した。彼女は会計を済ませて帰った。


 内心、僕のせいでより不愉快にしたかな、と心苦しかった。

 

 そんなことが続いた後で、容子の寝顔を見るのは、苦痛だったけれども、中身が姉さんだと思うと、不思議と心は安らいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ