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奇妙な関係  作者: 玉半
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3

 「あっ、そんなことよりも、大事なことがあった」


 僕はビクッとした。


 「どうする?」


 「えっ、何を?」


 「このチビよ、死んだままでいい?」


 「ごめん、もうちょっと丁寧に話してもらってもいいかな」


 この辺も姉が他人から誤解される原因だった。


 姉に言わせると、死んだ容子には今、二つの選択肢がある。


 一つは、このまま死ぬ。もう一つは生き返る?


 「あたしの命をあげる」


 「でも、姉ちゃんは?」


 「それは大丈夫」


 「大丈夫って」


 「秘密兵器があるのよ」


 姉は容子の顔を使って笑ったが、どう見ても姉も悪い笑い方になっている。


 「それを決めなきゃ」


 「姉ちゃんが平気なら、生き返らせてあげれば。かわいそうだし」


 「本当にいいの?」


 「どういう意味?」


 「言葉通りよ」

 

 確かに、容子が死んだ、としたら、僕はほっとするかもしれない。


 僕と容子はある期間、同じ部屋に住んでいた。住まなくなった理由は、以下の通りだ。


 僕が夕方、部屋に帰ってきて、ズボンを脱いでトイレに入っていた。


 トイレは玄関のすぐ横にある。僕が便座に座った時、玄関が開いた。


 容子が帰ってきた。


 そしてズボンを下ろしたまま便座に座っているところに唐突に、

「君は不良だかなあ」

と、素敵と言って良い男の声がした。


 それから先、二人がどんな会話をしていたのか、僕は覚えていない。


 ただ、この格好じゃ、出ていけないな、と思った。


 まぁ、前兆はあったんだけどね。


 二人訪れた飲食店で、店員からあからさまに嫌な視線を向けられた時、あぁ、僕の方が間男扱いなんだ、と。


 それで、その晩には少ない荷物もって部屋を出て、以来、事務所に寝泊まりしていた。


 まぁ、事務所には台所も座敷も洗濯機もあるので不自由なかったけれど、風呂がないのが問題だった、僕としては。


 仕方がないので、最初は台所のシンクを利用しようと思ったが、色々と不都合があり断念し、次には大きなプラスチック製のタライを用意してみた。野菜を洗うような大きなものだ。


 これは非常に上手くいった。


 以来、風呂はこれで済ませているが、さすがに疲れがとれない時は、ホテルに泊まった。


 何度か部屋を借りようとしたが、その度に、玄関から知らない男が入ってきそうで気持ち悪くなり、断念した。


 そんな僕が引越しを決意したのは、姉の作った家が空いたからだ。


 姉は寡作な設計士で、二十八歳で眠り姫になるまでに書いた図面は四つ。その内、実現したのは二しかない。


 いずれも親戚の別荘で、一つは今いる海岸の家。もう一つは長野の山奥にある別荘だ。


 僕は両方とも知ってはいた。住んでみたいとも思ったこともあるけれど、両方とも先住者がいた。


 海岸の家は長いこと、叔父が一人で暮らしていたが、昨今の天災を鑑みて、都内のマンションに引っ越すことにした。その際、僕に声がかかった。


 都心の事務所からは四十キロほどあったが、姉の眠る病院からは、八キロだ。


 容子は誰かから僕が引越したのを聞いたのかな。


 それで好奇心からつけてきたと思えば、思えなくもない。


 僕が誰か他の女性と暮らすと思ったんだろうな。


 そういうことには不寛容というか、天井知らずに自尊心が高いんだ。


 僕としては、正直、女性はもう結構という気分だし、引越したとして、トラウマを克服して「家」に住み続けられるのか、という気分だったんだけ。


 現実はそんな僕の気持ちに何の配慮もない展開だ。


 死体の容子の中身が姉は、

 「本当にいいの」

と、僕に尋ねている。


 暗い海を二人で眺めている。


 沈黙していると、確かに、僕らが消えてしまいそうに、この家は海へと開いている。


 「姉さんが目覚めればいいのに」


 「それは無理みたいね」


 「なぜ」


 「言えない」


 姉さんが言えないと言い始めたら、絶対に言わないし、本当に、僕には言えない理由があるのだろう。


 僕と姉さんの間で「言えない」ことに僕は一つだけ心当たりがある。

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