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僕を「洋ちゃん」と呼ぶのは姉だけだったから、
つい、元恋人の容子のみた目が頭に入ってこなかった。
そして、今気づいたことを訊いてみた。
「姉さん、目が覚めたの?」
容子の姿をした姉さんは、
僕の問いには答えずに容子について喋り始めた。
姉の説明では、僕が病院から帰った時にすれ違った救急車に載せられてやってきたのが彼女だった。
で、姉は彼女に乗り移り病院を脱走し、ここまでやってきた、ということらしい。
「このチビ、あんなを尾行してたみたいよ。洋ちゃん、なんかのしたの?」
なんかしたの、という点については心当たりは逆の意味でなくはないが、つけてきた、とうのは会社からなのか?
「姉さんは、彼女の記憶がわかるの? 」
「えーと、最近のはね」
「なら、なんで尾行してたかわかる?」
「うーん、曖昧なのよね、それが」
「本当に?」
基本、姉は嘘がつけない。
外見は美人で中身は正直という性質のため、大学の頃から嫌われることも多かった。
「にしても、この子、洋ちゃんの彼女なの?」
「まぁ、色々と」
「どうせ、また、騙されたんでしょ」
姉は床に座ってい海に向かった。
黒々とした海はまるで闇そのもののようで、
向き合っていると自分がなんだかわからなくなる気がした。
「この家設計している時にね、ひどい嫌な先輩のアシスタンとしてたのね」
「あぁ、姉ちゃんのこと、いじめた人」
「洋ちゃん、頭悪いのに、そんなことばっかり覚えてるのね」
「で?」
「まだ、前の古家が建ってる時にね、みにきたのよ」
姉は右手を上にして両手を組んだ。
「崖の先っぽまでていって、ふりかえったり、海面を覗き込んだりして、どんな風にしようかなって」
僕は容子の横顔を見つめながら、姉の面影を重ねた。
「そうしたらね、日が暮れてきて、真っ暗になっても何だか帰れなくて。気づいたら、暗闇の前に立ってた。で、あぁ、これだ、と思った。この家は自分がなくなっちゃう家にしよう、って」
姉の話をききながら、僕にはこの家全体がカメラなのだと思えてきた。
玄関という小さな穴を開いた時、その人の姿は海へと投射されて、吸い込まれて失われてしまうんだ。