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奇妙な関係  作者: 玉半
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1

 一時間前。僕は姉が十年間眠り続けている病院にいた。


 姉の枕元で、これも十年間変わらない古い木製の丸椅子に腰掛けて、背中を丸めて姉の変わらない寝顔を眺めていた。


 なんで、歳とらないのかな。


 「今日も綺麗だよ、姉さん」


 僕がいつも通りの別れ言葉で、病室を後にすると、

背中のほうで、病院の人の話し声が聞こえた。


 「恋人?」


 「うんうん、弟さんよ」


 「そうなんだ」


 見慣れない顔の看護師が興味深げに口にする言葉に少しいらっとしたが、

今日は新居で過ごし始めての夜だと気を取り直した。


 ただ、十年経った今は、自分が今や姉と同じ歳になったのをつらく思うだけだ。


 四角くて古い赤色の四輪駆動車のエンジンをかけて、門を出る。


 病院は山の頂上にあって、由緒ある幽霊の暮らすような古い洋館だ。


 七曲の坂道を下って突き当たりに出ると今晩は左に曲がる。


 昨日までは右へいって都心へ帰っていたけど引っ越した。


 一時停止した時、右側にパトカーらしき赤い光が見えた。事故のようだった。


 僕は車の来ないのを確認して、川沿いの山道といっていい細い道を進み、モノレールの下を走って、海へと続く大通りに接続する角で、救急車とすれ違った。


 住宅街を通り抜けて、急なU字カーブを曲がって海沿いの道に出る。


 右側の海は暗くて、左側は店の灯りがちらほらとある。運転席の窓を開けると、風は後部座席へと流れていき、海の匂いがする。これから、毎日、ここを通るのかと思うと、悪い気はしない。


 新居はぽつりと道路と海の間に立っている。


 近くに家はない。


 崖の上、こちらからだと左カーブの曲線の頂点にある。ハンドルを右に回して、砂利を飛ばしながら車をとめる。


 玄関は鉄製で、幅は百二十センチ、高さは二メートル以上あるので、とても重たい。押して入ると、扉と同じ幅の正方形の平らな市松模様の場所がある。そこで靴をぬいで、顔をあげると、目の前は全て海だ。床は緩やかな勾配で下り、天井はその三倍程の角度で空へと向かっている。左右の壁は中心からそれぞれ六十度の角度で扇状に開いている。

 今はまだ荷物の散らかっている床を整理したら、僕の前には白い壁と海しかなくなるはすだ。


 下っていくと、突然、穴がある。


 穴へは左右から階段があり、そこはキッチンになっている。


 僕が立つと丁度、海を眺められる。


 更に下って、窓際まで来ると、窓と床の間は塹壕のようになっていて、そこに猫足のバスタブがある。


 砂浜からは丸見えだな、と思いつつ、窓の先をみれば、そこから先は断崖絶壁で、ただ、波と海と空があるだけだ。


 それにしても、この家はどこでねるのか、とこの家を設計した姉に訊いてみたいと思っていところに、あらわれたのが容子だった。


 「洋ちゃん、そこ」と容子の姿をした姉が指差した。


 僕はしゃがんで白い床を叩いた。妙に軽い音がするので、まさかと思った。


「あけて」

といわれて、押してみると、床がアコーディオン状に折りたたまれて、中からベットが出てきた。

 ベッドはさすがに水平で、折りたたんだ床がヘッドボードになった。

 「どう」

と、姉が胸をはって自慢した。

 それにしても、この家、叔父はどうやって暮らしていたんだろうか。


 「収納は」

と訊くと、姉はキッチンへと降りていく、玄関側置かれた冷蔵の隣の壁を叩いた。壁は回転式で、奥が収納になっている。姉は入っていくと、着替えて出てきた。


 「あなたの彼女、ちびなのね」

と、赤いワンピースのすそを引きずっている。


 「荷物が少ないから変だと思ってたら、そんなとこにあったんだ」


 歩きにくそうに戻ってきた姉は、手に持った機械を押した。


 床からテーブルと椅子が現れた。


 「洋ちゃん、説明書もらってないのね」


 僕は確か叔父から書類一式をもらったが、会社に置きっぱなしなのを思い出した。


 「あの人、相変わらずなのね」


 あー、これから十年分の私がいないダメな僕、という話を聞くことになるのかな。


 僕が沈黙していると、

 「ねえ、なんで何も訊かないの」


 「えっ」


 「えって、この体のことよ」


 「容子のこと」


 「そう、その容子ってチビ、死んだんだけど、さっき」


 そうだった。


 僕を「洋ちゃん」と呼ぶのは姉だけだったから、

つい、元恋人の容子のみた目が頭に入ってこなかった。


 そして、今気づいたことを訊いてみた。


 「姉さん、目が覚めたの?」


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