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葬儀はうちで

作者: 雉白書屋

「……ご臨終です」


 九十二歳。自宅にて大往生であった。

 親父の死。が、おれの胸に悲しみが押し寄せることはなかった。いや、その間がなかった。と、いうのも


『この度はご愁傷さまでした……ところでご葬儀のことなら我がプルプル教が葬儀場など一手にお引き受けを――』

『天心教の者ですが――』

『神正会の――』

『法神宗がぜひに――』

『ビーシージーエル本部』

『光の宝珠団』

『バゴプパロトト連盟』

『大宇宙大福大神教』

『ホットアップルパイ教』

『神総真理教』

『全一教会』

『たんぽぽポカポカ教』


 ……と、あらゆる宗教団体から営業の電話がひっきりなしにかかってきたのだ。

 恐らくも何も十中八九、死亡判断を下した医者と繋がっているのだろう。連中はもうじき死にそうな人間をリストアップし、手ぐすね引いて待っているのだ。

 世は宗教時代。信者と書いて儲かるなんて言い回しは、もはやありきたりで古臭いが、一つの真理。旨味があるのだと知れ渡り、芸能タレントなどちょっと名のある者を始めとし、またはファンクラブが変容。あらゆる人間が宗教団体を続々と立ち上げたのだ。

 派閥争いに信者獲得競争が激しいのなんの。元々の、言わば大手の宗教はどっしり構えると思いきやその熱にあてられ、どこも血走った目をしている。まったく、揃いも揃ってろくでもない連中である。


 ――ピンポーン


「はーい、こんにちは」

「どうもぉー」


「はぁ……」

 

 と、インターホンが鳴り、出てみれば独特な雰囲気を醸し出した中年の女二人組。親父が死んで三十分も経っていないのに、もう直営業ときた。追い返すも次から次へと蛇のような列をなし、誰も彼もお悔やみの言葉を吐くその口に似つくかわしくないギラついた目をしている。またその口も列の崩壊とともに唾を飛ばすようになり、まさに蛇。


「ぜひ葬儀はうちで!」

「いやいやうちで! 無料です! 無料!」

「こっちはお金を支払います!」

「うちはその道、四十年の一流の僧侶が心を込めて――」

「こっちは三ツ星シェフです!」

「こちらはご家族様に多めに振る舞わさせていただきます!」

「せめて右足だけでもうちで!」

「じゃあ左足はうちが貰う!」

「おい、引っ込んでろよ!」


 まったく世も末だな……。おれは家の前で取っ組み合いを始めた宗教家どもを眺め、そう思った。

 牛肉禁止。豚肉禁止。鶏肉……とこれらは戒律ではなく、法により禁じられている。

 そう、豚インフルエンザに鳥インフルエンザ。さらに牛にと次々と伝染病が流行り、ある時、政府によって肉を食うことが禁止されてしまったのだ。

 それらは人にまでうつり大勢が死に、世はこのように荒れに荒れた。ゆえに砂金をかき集めるがごとく弱った人間たちを束ね、力を増した宗教団体がその生き残りをかけ、日々こうして醜い争いを繰り広げているのだ。

 宗教団体からも税金を取るようになってからというもの政府は奴らの蛮行も団体の立ち上げも黙認、素通り。むしろ選挙の票と上納金を頼りにしている。

 神も仏もない世の中だ。……が。



「うせな! うちは家族葬なんだよ!」


 と、涎を垂らし血走った目の母の一喝で項垂れる宗教家たち。ぼそぼそ呟きながら、また媚びるような目を向けるも逸らし、トボトボと立ち去る連中。……と、その中から一人、こそっとおれに近寄り言った。


「お母さまはぜひうちで……これはほんの心づけでございます。いやぁ、元気でいいお味をしていそうだぁ」


「これはどうもどうも……」


 動物の肉を食うことを禁じられた世の中で彼ら宗教団体が掲げる教義、それはカニバリズム。無論、死者。それも伝染病にかからずに死んだ者限定である。今のところは……。

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