第37話 魔王覚醒
「カ……ズキ……くん……」
スカートの中に手を突っ込まれたクリスが、涙を流しながらカズキの名を呼んだ。
私と違い素直に涙を流し彼に助けを求められるのね……。私がふとそんなことを思った刹那。
パアン! と風船が割れるような音を立てて、クリスのスカートに手を入れていた男の頭が弾け飛んだ。
「え?」
私は何が起きたのか分からず間抜けな声を上げてしまう。
パンッ! また破裂音が響いた。今度は別の男の首が飛ぶ。
そして、次々と市民たちが倒れていく。
市民たちは悲鳴を上げ逃げ惑う。
一体、なにが起きているの……!? 私はただただ混乱していた。
そして、私を踏みつけていた男も弾け飛び、血肉が私へと降り注ぐ。
「う……」
込み上げてくる吐き気を堪えながら周囲を見回す、そして、これを引き起こしたであろう存在へと目を向ける。
カズキ……いつの間にか立ち上がっていた彼は、その口元に邪悪な笑みを湛えて立っていた。
姿かたちそのものは確かにさっきまでのカズキのはずなのに、その全身からは邪悪そのものとしか表現しようがないオーラを放っている。
瞳の色が元の黒から血のような真紅に変わっていた。
私はこの姿を知っている、あの日、血の海と化した教室で見た魔王の姿だった。
「カズキ……あなた……」
私は震える声で呟く。
「ずいぶんと、回りくどいやり方をするじゃないか、えぇ、メチルよ?」
カズキは――『魔王』は私の言葉には答えず、ただただ不敵な笑いを浮かべている。その視線の先には先程まで市民を扇動をしていた盲目の女がいた。
「申し訳ございません。シルフィアの仕掛けた封印が思いのほか強力でして、このような手段を取らざるを得ませんでした」
女――メチルと呼ばれたそいつは膝を折り頭を下げ謝罪する。
「ふん、まあいい、おかげで久しぶりに表に出てこられたのだからな。褒美として後でたっぷりと可愛がってやる」
『魔王』の言葉にはメチルは頬を染めた。
「ありがたきお言葉。今回の器の筆おろしを担当できるかと思うと、今から興奮してしまいますわ……」
「ああ、楽しみにしていろ」
「なんだよ、あんた、なんなんだよ、これはどういうことなんだ……?」
その時、生き残った市民の一人が声を上げた。
「ああ、皆さんご苦労様でした。おかげでこの町は救われます。魔王様の導きにより皆さん仲良く地獄へと旅立つのです!」
メチルが満面の笑顔で答える。
「な、なにぃ……。騙したのか!?」
「騙してなどいませんよ、私は嘘は一つも言っていません。あのカズキという少年に魔王様の魂が宿っていたのは事実、怪しげな旅人が魔族を手引きしたのも事実」
そしてここで彼女は一旦言葉を切ると、ニタアと嫌らしい笑みを浮かべる。
「ただ、その怪しげな旅人というのは彼らの事ではなく、他ならない私、魔族四天王メチルのことですが、ね」
私は思わず息を呑む。
魔族四天王……この女が……?
魔王軍には普通の魔族の数百倍の力を持つ超大物魔族が数人いるという。その一人が目の前にいる。私は恐怖で体が動かなかった。
メチルは私たちや市民全員に聞こえるような大きな声で朗々と語る。
「聖女シルフィアの手により封印された魔王様の魂を解き放つには、激しい憎悪の感情が必要でした、そこで私は占い師に扮し皆さんを煽りカズキ少年一行を襲わせたのです。結果は御覧の通り、見事封印は解かれました。これで魔王様は復活され、世界は魔王様に平伏するでしょう。ほほほ、ご協力感謝します」
そう言うとメチルは驚愕の表情を浮かべたままの市民に向けて手刀を繰り出した。
市民の首が宙を舞う。
私はあまりの光景に声も出なかった。
「さて、そう言うことだ、メチルの計画通りとはいえ、オレの『器』をよくも好き放題痛めつけてくれたものだ。覚悟は、出来ているんだろうなぁ?」
『魔王』がまだ生き残っている市民たちに語りかける。
市民たちはその言葉で我に返ったのか、一斉に悲鳴を上げ逃げ出した。しかし、『魔王』がさっと手を振るっただけで、彼らの身体が内部から破裂し血肉となって周囲に飛び散っていく。
「や、やめ……なさいっ……! カズキの身体で、これ以上罪を重ねないで……!」
私は恐怖を押し殺しながら立ち上がり叫ぶ。『魔王』はチラリと私の方に顔向けると、手をかざす。
死……その文字が私の頭に浮かぶ。それは先ほどの狂乱の中で感じた絶望感よりも強く激しい決定的な死の臭いを伴ったものだった。
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