第35話 恐るべき扇動者
私達が駆けつけた時、すでに町は戦場と化していた。
炎が燃え上がり、煙が立ち込める中、そこかしこで戦闘が繰り広げられている。
思った以上に数が多い! 私は心の中で舌打ちをする。
これでは私たちはともかく、無力な市民たちが犠牲になってしまう。
しかし、状況に怯むこともなく飛び出す者がいた。
「はああああっ!!」
カズキだ。彼は雄たけびを上げながら、手にした剣で目の前の魔物を切り裂いていく。
その姿は勇猛果敢そのもので、平常時の優しいカズキからは想像もつかない姿だ。
カズキは次々に襲い来る魔族たちを、まるで舞うかのように軽やかに斬り伏せていく。
相変わらず戦闘となると彼は凄い……戦闘に関して天才的センスを持っていると言っていいだろう。もしかしたら、その力は人を畏怖させるものかも知れない。しかし、これは断じて魔王の魂の影響というわけではない、何故なら彼がこの力を発揮して見せるのは誰かを護るときだけだからだ。
それを感じるたびに私は、彼は――私のカズキは魔王になどならない、魔王の呪いなどに負けない、負けるはずがないと確信するのだ。
「アリッサ~、カズキに見惚れるのはいいけどね、手が止まってるよ」
カズキの活躍ぶりに思わず手を止め見入っていた私に向け、手近な魔物を消し飛ばしながらラルクが茶化すように言ってくる。
「み、見惚れてるわけじゃないわよ! それよりあなたこそ、よそ見してると怪我するわよ!」
私は少し顔を赤らめながら彼に反論すると、魔物の方に向き直り呪文を唱え氷の術を解き放つ。
放たれた青白い光弾は、狙いたがわず魔物に直撃すると、体を凍り付かせ粉砕する。
「やるわねアリッサ! わたしも行くわよ、セイント・シュート!!」
クリスの右手から放たれた聖なる光が数体の魔族をまとめて薙ぎ払う。流石は勇者の聖術、魔族には効果絶大のようね。
本人は謙遜していたけど、彼女のパーティー加入は本当にありがたい。何しろ彼女は攻撃魔法も回復も補助も使えるオールラウンダーなのだ。それはいいけど――
「くそっ、倒しても倒してもキリがねぇぞ、親玉でもいればぶっ飛ばしてやるんだけどなぁ!」
一向に数が減る様子のないことを愚痴りながらも手近な敵を殴り飛ばしていくリューヤ。そんな彼を横目でみながら私は考える。
親玉……親玉か……。この襲撃がどんな意図で行われているものであれ、これだけ大量の魔族が一度に押し寄せてくるというのは考えにくい。おそらくどこかに指揮系統が存在しているはずだ。そして、それを潰さない限りはこの襲撃は終わらない――裏を返せば『親玉』を倒せば終わる可能性が高いということでもある。……しかし、どこを探せばいいのか……。
私は焦燥感に駆られ、思わず唇を噛む。その時だ、突如街に朗々たる声が響き渡る。
「さあ、みなさん。いよいよ終わりの時がやってきました、私の予言の通り街は悪鬼羅刹どもに蹂躙されています」
声の方に私が目を向けると、そこには昼間遭遇したあの盲目の女占い師が逃げ惑う人々に向けて大仰な身振りで演説を始めていた。
「このままでは町は滅びます、それを回避する方法はただ一つ、この町に入り込み魔族を呼び寄せた『魔王』を討伐することしかありません」
なっ……彼女の言葉に私は思わず絶句する。この女、何を言っているの?
女の言葉に市民がざわつき始める。
「ま、魔王!? 魔王ってどういうことだよ?」
「この町に魔王がいるっていうのか?」
「そんな馬鹿なことあるわけないだろ?」
口々に叫ぶ市民たち。
「信じられないもの無理はありません、しかし、それは事実なのです。二度にわたる魔族の襲撃も、すべては魔王がこの町に潜伏していることが原因。邪悪な波動によって引き寄せたからなのです!」
私はカズキに視線を向ける。まずい……このままじゃ……!
「魔王が誰かはわかりません。しかし、みなさんでも推測は出来るのではないですか? この町に一週間も滞在している怪しげな者がおりましたわよねぇ」
女はチラと私たちに視線を向ける。
こ、こいつ……どういうつもり? 市民の憎悪を煽り彼らに私たちを襲わせようとでもいうの!? ただの占い師や恐怖や混乱を煽り楽しんでるだけの愉快犯では、ない? まさか、最初から私たちが目的だった?
混乱する私だったが、事態は思考がまとまるのを待ってくれない。
「そうだ……確かにあいつらがこの町に来てから魔族が攻めてきた!」
「元・魔王城の情報を集めてたぞ。魔族と繋がりがあるってことだ!」「そうよ、きっとアイツらよ!」
「あいつらを追い出せば町は救われるのか?」「そうだ、そうに違いない!」
「追い出せ……! 排除しろ……!」
「いや、それだけじゃまた来るかもしれないぞ!?」
「なら、どうする……?」
市民たちの怒りの声が聞こえてくる。
くっ、どうすれば……。どうしたらいいの……。
私は必死で頭を回転させるが、この状況を切り抜ける方法が見つからない。
再びカズキに視線を向けると、彼は青ざめた表情で立ち尽くしている。
「ふざけるな! 俺たちはこうして魔族と戦ってるんだぜ! 街を守ってるんだぜ! この町を害する意志なんてあるわけないだろ! それに……お前らの言う魔王なんて、し、知らねえよ!」
リューヤが叫ぶ。
「そうよ! 魔王が街にいるなんて証拠はあるの!? 私たちがそれだと主張できる証拠はあるの!? その女の発言や思考、あなたたちの考えも突飛すぎるでしょ!」
私もリューヤに便乗する。
そうだ、私たちは魔王なんか知らない、魔王なんて存在しないのだ。そういうことにするしか……ない。カズキは魔王じゃない、カズキなのだから……!
そんな私たちの訴えを、しかし、盲目の女は鼻で笑い飛ばす。
「自らの疑いを晴らすために自作自演で魔族討伐、なかなか上手い手ですが、この町の聡明な市民の皆さんは騙されたりはいたしませんよ」
「次から次に口から出まかせを……! だから……決定的な証拠を見せなさいって言ってるのよ!」
「すべての状況が告げているのです、私の主張が正しいと。何故平和なこの町が、魔王城の情報を探るあなたたちが現れた途端二度も襲われたのでしょう? そんなの魔王があなたたちの中の誰かで、その気配に誘われ魔族が現れた以外にありえないでしょう?」
ぐっ……確かに、状況証拠としては完璧だ。言い訳のしようがない……。それに、ここまでの推測だけなら当たっている可能性は高いのだ。私の中にも以前からずっと燻っていた懸念――カズキから漏れ出す『魔王の気』が魔族を呼び寄せる可能性――それが現実となってしまった可能性は自分でも否定しきれない。
だけど、やはりそれはただの可能性の話にしか過ぎない。仮にそうだったとしてもそれは不可抗力。この女の主張する悪意を持った街への加害や、それを誤魔化すため自作自演で街の防衛をしているという話が正しいことにはならない。
つまりこの女は正解かもしれない一つの事柄を過度に強調することによって全体の真実を捻じ曲げようとしているということだ。それに気づけば単純なロジックに過ぎない。だが、恐怖と混乱、憎しみに支配された市民たちにとっては絶大な効果を発揮する論理展開なのだ。
「それに、そこの方。朝方私による町のみなさんへの警告を批判し、止めていましたね? ふふふ、今考えればあれは真実を語る私の口をふさぎたいという願望の表れだったんでしょうねぇ」
女はそう言ってリューヤを指差した。
「何をバカな! 俺はただいたずらに不安を煽ろうとするお前の妄言を……!」
「仮にあの時点で市民の皆さんが私の言葉を聞き入れあなたたちを排除する方向に動いていたらどうでしたか? 今宵の襲撃は未然に防げたのではないですか? ほら、また一つ私の正しさが証明されました。すべては繋がっているのです、あなたたちがこの町の不幸の元凶だという証拠が」
違うっ! そう叫びたい、でもこの女は人の心を揺さぶるのが異常に上手い。
事実、私たちに向けられる怒りや憎しみ殺意はすでに手に負えないレベルにまで膨れ上がっている。もはや事態を収束させる手立てがない。
そして、女は両手を広げ天を仰ぐとついに決定的な台詞を放つ。
「さあ、皆さん。今こそ立ち上がるのです! 悪しき者どもに『正義』の鉄槌を下しましょう」
その瞬間、私を含めた全員が戦慄した。
――正義。
私たちがどんなに否定しようが弁解しようが無駄なのだ、我々が語ることはもう決して届かない。
届いたとしても、それは悪あがきにしか過ぎず、そこに正しさはなく、正義に基づく行為はたとえ歪であったとしてもそれは決して間違いではないのだ。
人は理性を持って行動する生き物だと思っていた。けれども違った、彼らの本質は醜い怪物だったのだ。
もし仮に私たちが本当に正しかったとしても、この瞬間の彼らにとって私たちは倒すべき悪。
そして、これから起こるであろう惨劇を止める手段を私は持たない。
いや、持つべきではなかったのだ。私たちはすでに悪になっているのだから……。
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